競馬やスポーツの試合など、さまざまなイベントを対象にして賭けを行う民間業者「ブックメーカー」。日本では認められてないが、イギリスなど海外では「合法」とされている国もある。最近では、東京に決まった「オリンピック開催地」のオッズ(賭けの倍率)がニュースをにぎわせていた。
ブックメーカーはもとをたどれば18世紀末、イギリスの競馬場で始まったようだが、現在では、各国の大統領選の結果や、クリスマスに雪が降るかなども賭けの対象だという。ノーベル賞の発表前には例年、ブックメーカーのオッズがニュースとなる。今年の文学賞は村上春樹さんのオッズが一番いいらしい。
かつては日本人がブックメーカーで賭けをしようと思ったら、イギリスなどの現地に行くしかなかった。しかし今は、インターネットを使った「オンラインブックメーカー」も存在していて、技術的には日本にいながら賭けに参加することが可能になった。はたして、海外のブックメーカーに日本から参加するのは、合法なのだろうか。賭博罪にくわしい津田岳宏弁護士に聞いた。
●判例はまだないが「違法とされる可能性はある」
「刑法上は、犯罪を構成する事実の一部が日本で行われれば刑法が適用されます。したがって、日本から賭博に参加している以上、賭博罪(刑法185条)が適用される可能性があります。しかし、実は難しい論点があります」
難しい論点とは、どんな内容なのだろうか。
「賭博罪は、犯罪の性質上、必ず複数の人間が関わる『必要的共犯』とされ、胴元と参加者という向かいあう関係の者たちが共犯となることから『対向犯』と呼ばれています。ところが、胴元であるブックメーカーは合法なので処罰できません。対向犯の一方である胴元を処罰できないのに、もう一方である参加者のみを処罰できるのか、という問題があるのです」
かみ砕いていえば、《必ず相手方がある犯罪で、片方だけを処罰していいのか》という問題といえるが、どう考えればいいのだろうか?
「この点について、まだ判例はありません。したがって、現状での回答としては『違法となる可能性がある』ということになります」
つまり現時点では、大手を振って参加できる――というわけではなさそうだ。
●賭博罪の違法性と「公然性」は密接に関連している
ところが、津田弁護士はこのように述べる。
「とはいえ、現実問題、自宅のパソコンからこっそり海外のブックメーカーを利用しても、逮捕される可能性は限りなくゼロに近いでしょう」
いったいなぜ、そんなことが言えるのだろうか。
「賭博罪は風紀に対する罪とされています。その違法性の多寡は『公然性』の多寡に関わります。
日本国が明治時代、刑法を作る際に参考にしたドイツ刑法では、非公然の単純賭博は不可罰でした。そして、日本でも明治23年の刑法草案段階では『公ノ場所』でされる賭博のみを処罰する案でした」
現在の刑法にそう書かれているわけではないが、刑法が作られた時の背景も、法律の運用にある程度、影響があるということだろうか……。津田弁護士はこう続ける。
「自宅でこっそり参加する分には、公然性は皆無です。また、上記のように違法かどうかも明確でないので、いきなり逮捕される可能性はほぼゼロといっていいでしょう」
●日本に事実上の胴元がいるようなケースは話が別
そのあたりの判断はずいぶん難しい話に思えるが、確かに、個人で参加するだけなら風紀を乱す恐れは比較的少なそうだ。それでは国内からのブックメーカー利用で、その方法によっては《完全にアウト》というケースもあり得るのだろうか。
「国内から海外のブックメーカーを利用する場合でも、たとえば、日本国内にいる人が取りまとめて、場代を取ったり、勝ち分を現金で渡すなど、事実上胴元の役割を果たしているようなケースなら、その『胴元役』は賭博開張図利罪で処罰され、参加した『客』も逮捕・処罰されます」
なるほど、日本に事実上の胴元がいるようなケースなら、話は全く別だということだ。それにしても、日本では民間のブックメーカーが規制される一方で、競馬や競輪といった大規模なギャンブルが公的な団体によって運営されている。外国人からみたら、いかにも不思議な状態といえるのではないだろうか。