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座間9遺体事件「その実名報道に信念はありますか」被害者支援弁護士からの問いかけ…報道現場でも議論続く
産経新聞の一面(11月10日付:一部加工しています)

座間9遺体事件「その実名報道に信念はありますか」被害者支援弁護士からの問いかけ…報道現場でも議論続く

座間9遺体事件で、被害者の実名や顔写真が報道され、議論を呼んでいる。3人の被害者が出た神奈川県の弁護士会は11月17日、「犯罪被害者には、遺族には、プライバシーはないのですか」と問いかける声明を発表した。

警視庁によると、記者向けの「公式」発表は、被害者の氏名、年齢、住んでいる市・郡のみ。全遺族が匿名報道を希望していることも伝えたという。

つまり、実名報道は各メディアの判断、被害者の顔写真やプロフィールなどは、独自取材で仕入れたことになる。中には、遺族に直接取材した上で、実名を出したメディアもある。

●「かえって注目される」誤報への訂正も求められない被害者側

「遺族の個人情報にかかわる部分もあるため、遺族にこそ、被害者の情報をコントロールする権利があるともいえるのではないでしょうか」

こう語るのは、神奈川県弁護士会の上平加奈子弁護士。犯罪被害者支援に力を入れており、今回の声明にもかかわった。

法律的には、亡くなった人にプライバシー権はないとされる。それでも、死者の尊厳が傷つけば、遺族の悲しみはより深くなる。特に今回は未成年の被害者がいて、性的暴行を受けた疑いもあるセンシティブなケースだ。

「一切報道するなとは言いません。遺族がやめてほしいと言った場合でも、『これは報道すべきだ』という強い信念があるのなら、それを止める術はないとも思います。ただ、一分一秒を争って、被害者の情報を報じる必要はあるのでしょうか」(上平弁護士)

取材源と時間が限られた中では、間違いが発生する可能性もある。だが、上平弁護士によると、記事に間違いがあっても、訂正を要求すれば、さらに注目を集めるからと、遺族が泣き寝入りしてしまうことがあるという。

●なぜ実名か、マスコミ「再発防止や事件・事故の風化を防ぐ」

マスコミ内部でもためらいはある。西日本新聞の社会部長は、11月14日の朝刊で、顔写真の掲載に当たり、社内で「かなりの議論」があったことを明かした。それでも、名前と顔写真にこだわったのはなぜなのか。記事ではこう説明されている。

「1枚の顔写真は、生身の人間がこの凄惨な事件の被害に遭った、という現実を何より訴え掛けてきます。どうすればこの種の犯罪を防ぐことができるかと、社会を動かす力にもなります」

日本新聞協会も、今年5月に発表した「改正個人情報保護法の全面施行にあたっての声明」の中で、実名報道の意義を訴えている。

「事実の重みを社会に伝え、当事者の苦しみや怒りを社会で共有し、再発防止や事件・事故の風化を防ぐことにつなげることができる」

確かに、被害者の属性が事件に対する怒りを一層喚起させることは少なくない。今回の事件では、自殺問題をめぐる議論をより深める可能性もあるだろう。

しかし、弁護士会の声明は、こうした「マスコミの論理」に反論する。

「そこには、犯罪被害者、遺族のプライバシーがなぜ暴力的に奪われるのか、なぜ本人や遺族の同意なしに生活状況を書き立てられ、勝手に写真を使われるのか、なぜ自宅を報道陣に囲まれて帰宅できないような生活を強いられるのかについての答えはありません」

もちろん、重大事件の被害者や遺族のすべてが、匿名を望んでいるとは限らない。昨年起きた、相模原市の障害者施設殺傷事件で、神奈川県警は被害者を全員匿名とした。一方で、マスコミが取材の目的を説明し、信頼関係を築いたことで、実名で語り始めた家族もいる。

被害者・遺族の理解を得るために、どんな努力をするのか、実名にしてでも伝えるべき価値や信念を示せるかが、改めて問われているのではないだろうか。

●マスコミが匿名報道すれば、遺族は傷つかないのか?

事件の関係者を知りたいという需要は強い。仮にマスコミが匿名報道したところで、被害者や遺族の被害が防げるのだろうか。

今回、ツイッターで容疑者や犠牲者のアカウントを特定しようとした人は少なくない。被害者である可能性が高いとして、氏名公表前から、情報提供を呼び掛けるポスター画像や友人の声がネットで拡散されていた事例もある。被害者の名前を検索すれば、新聞記事だけでなく、報道やネット情報をまとめた「トレンドブログ」なども多数ヒットする。

もし匿名で報道されても、被害者の知人から情報が漏れたら、あるいは未確定情報やデマが拡散されたら…。これまで、いわゆる「4マス」(新聞、出版、テレビ、ラジオ)において、実名にすべきか、匿名にすべきかといった論争が繰り広げられてきたが、今では、この弁護士ドットコムニュースのような新興ネットメディアもあれば、個人でも簡単に発信できるブログやSNSもあり、「マスゴミガー」と言っていれば、それで片付く時代でもない。

神奈川県弁護士会の声明は、マスコミに限らず、「社会の人たちすべてに、被害者や遺族のプライバシーを尊重するよう求めます」と結ばれている。(園田昌也)

(弁護士ドットコムニュース)

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