江戸時代の浮世絵の一種で、男女の性愛を描いた「春画」。その大規模な展覧会が今秋、イギリスの大英博物館で開かれる。その巡回展が日本で企画されているが、国内の主要美術館が「春画展」の開催に難色を示し、開催場所を決めるのに苦労していると、東京新聞が報じている。
春画とは、男女の性行為などを題材とした浮世絵作品のことで、葛飾北斎や喜多川歌麿などの絵師が手がけた。性器の細かい部分が描かれるなど、過激でエロチックな作品も多いが、専門家の間では「春画を抜きにして浮世絵は語れない」という見方も強い。海外では「アート」として支持されているという。
ところが、国内の主要美術館は「子どもへの配慮」などを理由に、巡回展の開催に二の足を踏んでいるようだ。はたして、春画は「アート」なのか「ポルノ」なのか。その線引きは、法律的にはどうなっているのか。国内で春画を展示する際には、何らかの配慮が必要なのだろうか。犯罪関係の法律にくわしい萩原猛弁護士に聞いた。
●今回の「春画」が「わいせつ」とされる可能性はまずない
刑法は175条で「わいせつ図画」を公然と陳列することを禁じているが、そもそも「わいせつな図画」とは、どんなものをさすのだろうか。
「『わいせつとは、いたずらに性欲を興奮または刺激させ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものをいう』(最判昭和32年3月13日・チャタレー事件)という最高裁判決があります。このような定義をみると、あいまいに感じる方が多いと思いますが、何が『わいせつ』かは、時代とともに変わりつつあると言えます。
たとえば、最高裁は上記の判決で、『わいせつかどうかの判断には、作品の芸術性は関係ない』としていましたが、1980年の判決(最判昭和55年11月28日・四畳半襖の下張事件)では、作品の芸術性や思想性などの社会的価値も踏まえて、全体的・相対的に判断し、主として、読者の好色的興味に訴えるものと認められるかどうかの点を検討することが必要であると、基準を変えました」
――では、今回の「春画」は?
「浮世絵の『わいせつ性』の判断に際しては、東京地方裁判所平成16年1月13日判決が参考となります。この裁判は成人向け漫画のわいせつ性が争われた裁判ですが、判決の傍論で『浮世絵ないし江戸時代や明治時代の春画は、それぞれに、著名な浮世絵作家の作品として、あるいは懐古趣味に応える歴史的文物として、興味を抱かせるものであり……専ら読者の好色的興味に訴えるものとはいえない』としています。
今回のように著名な浮世絵作家の作品で、大英博物館に展示され、芸術的価値が高いとの評価を得ている春画であれば、『専ら読者の好色的興味に訴えるもの』とは言えないでしょう。つまり、裁判所が刑法上のわいせつ図画と判断する可能性は、『まずない』と考えて良いでしょう」
さらに萩原弁護士は「インターネットの普及によって、露骨な性的画像も簡単に見ることができます。現代社会では、人々の価値観や性意識が多様化し、社会通念も一律とは言えません」と指摘する。
アートを展示する側にとっては、より難しい判断が強いられる環境になってきたと言えそうだが、美術館が春画の展示に二の足を踏むという現状は健全とは思えない。実際のところ、館内のみの展示であれば、「作品を見たくない人」の目に否応なく入るという状況ではないだろう。社会も過剰反応せず、おおらかに見守るべきではないだろうか。