神奈川県相模原市で昨年2月、15歳の男子高校生が両親を殺害した。少年は親から虐待を受けていたが、これに似た事件は2023年にも九州で発生している。
相模原市の少年は少年院に送られることが決まったが、九州の事件では少年に懲役24年の実刑判決が言い渡された。
10代による両親殺害事件で、司法の判断が大きく分かれたのはなぜか。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●虐待を受けていた子どもが両親を殺害
はじめに、2つの事件の概要を紹介する。
相模原市の事件は、2024年2月に起きた。
当時15歳の高校1年生が自宅で父親(52歳)を刃物で何度も突き刺し死亡させ、その後帰宅した母親(50歳)も首を絞めたり刺したりして殺害。事件前の2月6日と同10日にはコンビニでおにぎりなどを万引きしていた。
一方、九州の事件は2023年3月に発生した。
当時19歳だった九州大学の学生が、佐賀県鳥栖市の実家で父親(51歳)と母親(46歳)をナイフで複数回刺して殺害した。
2つの事件に共通しているのは、10代の子どもが両親を殺したことに加えて、その子どもが被害者の親から虐待を受けていたという点だ。
相模原市の15歳と九州大学の19歳が起こした両親殺害事件を比較する表(判決文などをもとに弁護士ドットコムニュースが作成)
●共通する父への強い殺意
相模原市の少年は、小学生のころから父親から暴力や暴言を受けていた。母親には「産まなきゃよかった」などと言われて育ったといい、家では親の代わりに料理や掃除などの家事を任されていた。
九大生の少年も幼少期から父親による心理的、身体的な虐待を受けており、父親をいつか殺害するという思いで大学生まで耐え続けてきたという。
そして、事件の4日前、大学の成績が下がったことについて1〜2時間ほど正座させられ叱責されたことで父の殺害を決意したとされる。
いずれの事件とも父親が先に殺害され、強い殺意を持っていたことがうかがえる。母親については、父の殺害の発覚を免れようとしたり犯行を止められそうになったりしたために、巻き添えにする形で命を奪っている。
少年が両親と暮らしていたマンション(2025年2月16日、神奈川県相模原市で、弁護士ドットコムニュース撮影)
●少年「他の選択肢が見つからなかった」
2人の少年は警察に逮捕されたあと、検察官が家庭裁判所に送致。その後、家裁は「刑事処分が相当」として検察官送致(逆送)し、起訴された。
それぞれ横浜地裁と佐賀地裁で裁判員裁判が開かれたが、相模原市の少年には家裁への移送決定が出た一方、九大生には懲役24年の実刑判決が言い渡された。
相模原市の少年はその後、家裁で改めて審判が開かれ、少年院に送られることに。九大生のほうは控訴、上告までしたものの、結論は変わらずに刑が確定した。
2人の少年は法廷で、父に対して抱いていた強い恐怖心を明かし、「自分だけが死ぬか、父母を殺す選択肢しかなかった」(相模原市の少年)、「他の選択肢が見つからなかった」(九大生の少年)と述べた。
佐賀県鳥栖市の実家で両親を殺害した少年は九州大学に在籍していた(KAZE / PIXTA)
●判断の分かれ目は少年法の改正
相模原市の少年は遅くても20代前半には少年院を出ることが予想される。一方で、九大生だった男性が社会に復帰するのは20年以上先で、40代での出所となる見通しだ。
事件に至る経緯や背景に重なる点が多い2つの事件だが、なぜここまでの差が生じたのか。
要因は15歳と19歳という事件当時の年齢にある。
2人とも20歳未満だったため、少年法が適用される点は同じだが、大きな分かれ目となったのが2022年4月に施行された改正少年法だ。
この改正では、成人年齢の引き下げに合わせて、18、19歳を「特定少年」と位置付ける新たな規定が盛り込まれた。
当時は特定少年が起訴されたら実名報道が可能になることに注目が集まったが、今回の両親殺害事件を考えるうえで着目すべき改正のポイントは「特定少年は有期の懲役刑の上限が15年から成人と同じ30年に引き上げられた」という点だ。
少年でも死刑や無期懲役刑を受ける可能性はあるが、有期刑については改正前の少年法は最長でも15年までとしていた。
2023年に発生した九大生の事件は改正後の少年法が適用されるため、起訴された際にはこの少年の名前を報道するメディアもあった。
2022年4月に施行された改正少年法で、18、19歳は「特定少年」と規定された。写真はイメージ(Ystudio / PIXTA)
●検察、九大生に「懲役28年」を求刑
少年法改正の影響は、裁判で検察側の求刑に表れた。
相模原市の事件は少年が15歳だったため、適用できる有期刑の上限であるとはいえ、求刑は「10〜15年の不定期刑」だった。
一方、「特定少年」として扱われた九大生について検察官は、大人の有期刑の上限に近い「懲役28年」を求めた。
また、具体的な内容は明かされていないものの、2つの事件では、少年を調査した非行問題の専門家も異なる見解を示していた。
少年の弁護人などによると、相模原市の少年に対しては家裁調査官と少年鑑別所がともに「少年院送致が相当」との意見を出していたが、九大生の少年には家裁調査官、少年鑑別所ともに「刑事処分が相当」という意見だったという。
両親を殺害した相模原市の少年に少年院送致の決定を出した横浜家庭裁判所(コン太くん / PIXTA)
●裁判所「虐待がなければ事件は起きなかった」
「本件各犯行は、両親による長年の不適切な養育がなければ起こらなかったものだといえる」(横浜地裁) 「父親による虐待行為がなければ、被告人が本件犯行に及ぶことはなかったといえる」(佐賀地裁)
裁判所はそれぞれの少年について、親からの虐待が事件の背景にあったことを認定した。
しかし、犯行時19歳だった九大生の少年については、改正少年法によって20歳以上の大人と同様に裁かれるようになったことが影響したとみられ、長期の実刑判決が下った。
逆に、相模原市の少年は「改善更生していくには、相応の時間をかけて綿密かつ専門的な矯正教育を行う必要性が認められる」として、異例である家裁移送の決定が出た。
2人の弁護人はいずれも、少年法55条に基づいて家庭裁判所に移送し保護処分にすべきだと主張していたが、改正少年法の影響と裁判体の判断の違いが重なり、結果の差につながったとみられる。
なお、少年法が改正される前の類似のケースとしては、2005年に東京都板橋区で15歳の少年が鉄アレイや包丁で両親を殺害した事件がある。
1審の東京地裁は懲役14年としたが、2審の東京高裁は少年が虐待を受けていたことなどを考慮し、懲役12年に減刑している。
九州大学生の事件の1審で少年の弁護人を務めた松田直弁護士
●九大生の弁護人「わずかな年齢の差でここまで違いが出ていいのか」
1審・佐賀地裁の裁判員裁判で、九大生の少年の弁護人をつとめた松田直(すなお)弁護士は、相模原市の事件と比較したうえで次のように話す。
「わずかな年齢の差でここまで判断に違いが出ていいのでしょうか。(元九大生の)彼が出所するのは40代前半。まだ働ける年齢ですが、人生の一番重要な時期を服役して過ごすことになります。
彼は父の怒りを買わないよう、父の意向に沿うように生きていました。事件後、家族や親族など周囲の誰も彼に対して怒っていません。長期間服役させることが本当に相当だといえるのか。
社会復帰した時にサポートしてくれる人がどれほどいるのかも心配です。今後、もう少し年齢に応じた刑罰のあり方が検討されても良いのではないでしょうか」