2023年10月6日、長崎県警察が警察官の懲戒処分を発表しました。事件や事故などの現場に急行する「緊急走行」にあたらないのに、パトカーで法定速度の時速60キロメートルを大幅に超える時速141キロメートルで県道を走行した40代の男性警部補を書類送検し、減給100分の10(6か月)の懲戒処分を下した、という内容です。
さすがに時速80キロメートル超の違反は「やりすぎ」と判断されても当然ですが、そもそもパトカーが制限速度どおりに走っていては、事件が起きている現場に急ぐことも、制限速度を無視して猛スピードで逃走する車を追いかけることもできないでしょう。
パトカーでも制限速度は守らないといけないのでしょうか? 制限速度があるなら時速何キロメートルで、どんな状況でもこれを守らなければならないのかを解説します。(ライター・元警察官/鷹橋公宣)
●パトカーの制限速度、実は一般車両と同じ?
ミニパト(清十郎 / PIXTA)
一言で「パトカー」といっても、街中で見かけるパトカーには「パトカー」と「ミニパト」という区別があります。
警察署の自動車警ら班などが使用している、主にクラウンなどの大型セダン車のものは「警ら用無線自動車」という名称です。こちらは「パトカー」と呼ばれます。
もうひとつ、見かける機会が多いのは、交番や駐在所で使用される「警ら用小型自動車」です。使用される車両はさまざまですが、コンパクトカーが中心で「ミニパト」と呼ばれます。
いずれも交通取り締まりや捜査といった日常的な警察活動に活用される車両ですが、実は制限速度は一般車両と同じです。
一般道では標識・標示による制限速度を守り、指定がない場合は法定速度の時速60キロメートルを超えてはいけません。高速道路でも扱いは同じで、指定がない場合は時速100キロメートルが法定の制限速度になります。
パトカーだからというだけで制限速度を破ってもいいわけではありません。むしろ、パトカーだからこそ、制限速度を遵守しなければならないのです。
もし制限速度を超えて走行していることが発覚し、違反の日時や場所、違反した内容などが特定できれば、今回のケースのように交通違反として処理されることになります。
●パトカーに認められている制限速度の特例とは?
パトカーも指定・法定の制限速度は遵守しなければなりませんが、制限速度を守っていては警察の責務を果たせないシーンも存在します。
たとえば、高速道路で制限速度を大幅に超えた違反者を検挙するには、後ろから追随してスピードを測定する必要があるので、パトカーも制限速度を超えて走行することになります。 一時不停止や携帯電話使用などの違反でも、違反者を追跡するためには一時的に制限速度を超える場面もあるでしょう。
このようなシーンでは「緊急走行」の条件を満たしていれば、制限速度が緩和されます。 緊急走行とは、警察や消防・救急などの緊急用務を遂行する目的でおこなわれる特別な走行です。
ただし「パトカーだから」というだけで緊急走行に該当するのではありません。緊急自動車に指定されているパトカーでも、赤色灯の点灯+サイレンの吹鳴という2つの条件を満たしている必要があります。
緊急走行時の制限速度は、一般道で時速80キロメートル、高速道路で時速100キロメートルです。一般道では制限速度が時速20キロメートルほど引き上げられ、高速道路では規制にかかわらず法定速度の上限で走行可能になります(時速100キロメートルを超える制限速度の区間は、その制限速度が上限)。
さらに、スピード違反を取り締まるために違反者の後方から追随して測定する際や、違反者が逃走したので追跡するといった状況では、速度の制限を受けません。このような状況下になると、緊急走行の要件であるサイレン吹鳴が除外されるケースもあります。
●パトカーに乗務している警察官はスピードを守っている?
今回、時速81キロオーバーというとんでもない違反をした警察官が送検・懲戒処分されたというニュースが流れたわけですが、ここまで突飛なケースは別としても、日ごろから街中で見かけるパトカーは「ちゃんと制限速度を守っているの?」と疑問を感じてしまうでしょう。
すべてのパトカーが時速1キロメートルたりともオーバーせず制限速度を守っているのかといえば、現実としてパトカーでも違反をしている場面はあるはずです。標識・標示を見落としてしまったり、下り坂で思いがけずスピードが出すぎてしまったりといった「うっかり」もあるでしょう。
しかし、パトカーに乗務している警察官は、常に「見られている」という感覚をもっています。
SNSで画像や動画を添えて「パトカーが違反をしていた」と投稿されてしまう可能性も高いご時世なので、制限速度を含めてあらゆる交通ルールを遵守し、手本になる運転を心がけています。
高速道路なみに整備されているバイパス道なのに、法定速度ギリギリの時速60キロメートルで走るパトカーがいるせいで自然に全体がノロノロ運転になるといった風景もめずらしくありません。
実際に筆者も現職中は「自分たちのせいで交通の流れが悪くなっているな…」と感じたシーンが何度もありましたが、市民の目がある以上は仕方がないと割り切っていました。
●スピード違反で懲役を科せられることもある
スピード違反の取り締まりを受けると、一般道では時速30キロメートル未満、高速道路では時速40キロメートル未満までは、軽微な違反として点数・反則金で処理されます。
ただし、これを超える違反は刑事事件として処理されるので、たとえば窃盗や暴行・傷害といった犯罪と同じ扱いです。
取り調べなどの捜査を経て検察官が起訴・不起訴を判断し、起訴されれば裁判手続きを経て、有罪判決を受ければ刑罰が科せられます。スピード違反の罰則は6カ月以下の懲役または10万円以下の罰金です。
交通事件の多くは公開の裁判を開かない「略式手続」によって罰金が下されますが、悪質なケースでは、略式手続ではなく公開の裁判が開かれる公判請求を受ける可能性が高まります。
略式手続では懲役を科すことができないので「公判請求された=懲役を求める意向がある」と判断できるでしょう。
●警察官ならスピード違反でももみ消し可能? 今回の違反者はどうなる?
警察官だからといって、スピード違反が大目にみてもらえるわけではありません。
たとえば、プライベートで取り締まりを受けたとき、別の警察署が管轄している街ではもちろん、自分が所属している警察署の管内でもしっかり違反処理されます。
「大目にみてもらった」といった事態があれば、違反をもみ消した警察官は刑法の犯人隠避罪などで、そのお願いをした警察官は共犯として処罰されるので「首」をかけてまで違反のもみ消しを図るほうがバカバカしいというのが本音です。
もちろん、職務中でもこの考え方に変わりはありません。緊急走行で事件・事故の現場に急行しているといった事情がない限り、スピード違反が確認されれば違反として処理されます。
警察官の場合、禁錮以上の刑罰が科せられると懲戒処分の中で最も重い「免職」を受けます。たとえ執行猶予が付されたとしても、懲役が科せられれば禁錮以上の刑罰を受けたことになるので失職は避けられません。
今回のケースでは、減給100分の10という懲戒処分がすでに決定しているので、極めて悪質な違反にもかかわらず、懲役ではなく罰金で済まされる流れであると考えられます。
このように言えば「やはり警察官は違反をしても大目にみてもらえるんだ」と感じるかもしれませんが、実はそんな甘い話ではありません。
おそらく、処分後は自主的に退職することがすでに内々で決まっているのでしょう。40代警部補とのことなので、定年まで勤め上げたときに得られるはずだった退職金の逸失が大きく、十分な制裁を受けたと評価され、厳罰が見送られたのだろうと想定されます。
報道によると「パトカーの性能を試したかった」という理由でとんでもないスピード違反を犯したそうですが、好奇心の代償は大きかったと言わざるをえません。