自分の口座に誤って振り込まれた「給付金4630万円」の一部を決済代行業者の口座に振り替えたとして、山口県阿武町の20代男性が5月18日、電子計算機使用詐欺罪の疑いで逮捕された。
報道によると、男性は取り調べで「ネットカジノで使った」と話しているという。不可解なことが多い事件だが、そもそも電子計算機使用詐欺罪とはどんな罪なのだろうか。今後の展開はどうなるのか。元検事の西山晴基弁護士に聞いた。
●電子計算機使用詐欺罪とは?
刑法は、コンピューターなど「電子計算機」に「虚偽の情報または不正な指令」を入力して財産上の利益を得る行為を電子計算機使用詐欺罪と規定しています。
たとえば、架空の入金データを入力して利益を得たり、偽造したプリペイドカードや窃取したクレジットカードを使用して利益を得たりする行為があげられます。
●自分の預金口座にある金銭であっても犯罪になるの?
自分の預金口座にある金銭であっても、「正当な権限なく」利用する場合には、(1)詐欺罪、(2)窃盗罪、(3)電子計算機使用詐欺罪のいずれかが成立する可能性があります。
たとえば、振り込め詐欺などの犯罪行為により振り込ませた金銭を利用する行為は、正当な権限がない利用行為といえ、犯罪になります。
そして、正当な権限なく、(1)窓口係員から金銭を受け取る場合には、詐欺罪、(2)ATMで出金する場合には、窃盗罪、(3)ATMやインターネット上で送金する場合には、電子計算機使用詐欺罪となります。
詐欺罪は、人をだまして財物の交付を受ける犯罪です。
そのため、窓口係員という「人」に正当な権限があると誤信させて、金銭を受け取る行為は、詐欺罪になります(窓口係員は正当な権限がないとわかっていれば金銭を渡すことはないので、その点で金銭をだまし取っていると評価されます)。
それに対して、ATMで出金する場合には、「人」から財物をだまし取ることにはならないため、詐欺罪にはなりません。
次に、窃盗罪は、万引きなどのように、財物を占有者(管理者)の意思に反して(譲渡する気がないのに無断で)移転させる犯罪です。
ここでポイントになるのは、過去の裁判例では、預金口座の名義人を窃盗罪の占有者としているわけではないことです。
なぜなら、金庫内にある金銭とは異なり、預金口座の金銭は「記録」(債権)として存在するものにすぎないからです。
つまり、ATMで引き出す金銭は「物理的」には各ATM内に存在するので、各ATMを管理する銀行支店長などが窃盗罪の占有者であると解釈されています。
ですので、正当な権限なくATMで出金する行為は、ATMの管理者である銀行支店長などの意思に反して金銭を移転させる行為と評価され、窃盗罪が成立するわけです。
一方で、預金口座の金銭を送金する行為は、「人」から金銭をだまし取ることにはなりませんし、そもそも金銭を「記録」上で移転させるにとどまり、「物理的」に金銭を移転させるわけでないため、詐欺罪や窃盗罪として刑事責任を問うことはできません。
そのため、刑法は、「人」を介した取引であれば詐欺罪に当たるような不正な行為(人をだます行為)を電磁的「記録」を操作して行う場合(コンピューターをだます行為)について、補充的に電子計算機使用詐欺罪として処罰の対象としているわけです。
それぞれの罪の違い
●誤って振り込まれた金銭を利用する行為は刑事責任を問えるか?
判例に照らすと、誤振込された金銭についても、名義人には利用する「正当な権限」は認められず、犯罪になると考えられます。
最高裁は、被告人が誤って振り込まれた金銭であると知りながら、自己の借金の返済に充てようと考え、窓口係員に対し、誤った振込みがあった旨を告げることなく、払戻しを請求して現金88万円の交付を受けた行為について、誤振込があった場合の紛争予防手続きが設けられていることなどを根拠に詐欺罪の成立を認めています。
「銀行にとって、払戻請求を受けた預金が誤った振込みによるものか否かは、直ちにその支払に応ずるか否かを決する上で重要な事柄であ(り)」「受取人においても…誤った振込みがあった旨を銀行に告知すべき信義則上の義務がある」「社会生活上の条理からしても、誤った振込みについては、受取人において、これを振込依頼人等に返還しなければならず、誤った振込金額相当分を最終的に自己のものとすべき実質的な権利はない」(最高裁決定・平成15年3月12日)
この決定は、窓口係員から金銭を受け取る行為についてのものにとどまるので、解釈論に争いはあるかもしれませんが、ATMでの出金や送金も「正当な権限なく金銭を利用する」という点で実態は変わりありませんから、誤振込金をATMで出金する行為には窃盗罪、誤振込金を送金する行為には電子計算機使用詐欺罪が成立すると考えられます。
阿武町の事件については、男がすでに町の職員から誤送金であったことを理由に返還を求められたにもかかわらず、それを拒否して決済代行業者に送金していることから、より悪質であり、電子計算機使用詐欺罪が成立する可能性は高いといえます。また、仮に銀行窓口で受け取っている場合は詐欺罪、ATMで出金している場合は窃盗罪が成立することになるでしょう。
●今後の捜査の展開
男性は誤って振り込まれた4630万円のうち、決済代行業者に400万円を送金した疑いで逮捕されました。
今後、捜査機関は、残りの送金行為についても、男性を再逮捕するなどして捜査を進めていくと思われます。
量刑のポイントは被害金額の大きさであり、起訴される被害金額が数千万円単位ともなれば、刑事責任は重く、懲役3年〜4年前後の求刑がなされる可能性があります。弁済されなければ、前科がなくても実刑判決になる可能性もあります。
●そもそもネットカジノの利用は問題ないのか?
日本では、公営ギャンブルを除く賭博は法律で禁止されており、刑法では賭博罪として処罰の対象とされています。
ですが、日本の刑法は、あくまで国内において罪を犯した者に適用するとされているため、日本人がラスベガスなどの海外のカジノに行ってプレイすることは違法にはなりません。
一方で、海外で合法に運営されるネットカジノを利用する行為については、(ⅰ)カジノの場(サーバ)は海外にあり、(ⅱ)利用者は日本にいるという状況であり、この場合に、現在の日本の刑法が適用されるかは定められていません。
過去には、海外で合法に運営されるネットカジノの利用者が逮捕された事例がありますが、争われた結果、不起訴とされた事例もあり、グレーゾーンになっています。
ただし、日本でネットカジノを運営することは当然違法ですから、それを利用すれば賭博罪として刑事責任を問われる可能性があります。
また、海外で運営されるネットカジノであっても、その一部が国内で運営されている場合には刑事責任を問われる可能性があるので、注意が必要でしょう。