金庫には16万円残っていた「判決文に載らない無罪判決の理由」弁護士語る ピザ店泥棒事件(♯2)
取材に応じる松渓康弁護士(本人提供)

金庫には16万円残っていた「判決文に載らない無罪判決の理由」弁護士語る ピザ店泥棒事件(♯2)

宅配ピザ店の金庫から現金約63万円を盗んだとして、店の元バイト玉木公一さん(仮名=30代)は窃盗などの疑いで逮捕され、300日以上も身柄拘束された。京都地裁は「犯罪の証明がなされていない」として、無罪判決を言い渡している。

記事の第1弾では、判決文を通じて裁判官の判断を紹介した。玉木さんは、事件があった月に極端な出費をしているなど、犯人と疑われるようなところも否めなかった。

玉木さんの弁護人をつとめた松渓康弁護士は、このように話す。

「判決文に必ずしも大きく表れていない主張が、無罪判決に意味を持っていたのではないでしょうか。弁護士は、依頼者と向き合いながら、何が真実かを考え、ストーリーを見出します。それは、民事・家事事件であっても刑事事件であっても変わりありません。

今回、私の考えていたストーリーが、裁判官の心証形成に少なからず影響したのだと思います。しかし、それは、判決文からなかなか読み取れないかもしれません」

松渓弁護士は普段は民事・家事事件に注力し、刑事事件は国選弁護しか引き受けていない。続編(♯2)では、無罪判決獲得までに至る道すじを弁護士本人が説明する。(編集部・塚田賢慎)

(事件の概要がわかる判決文の解説♯1はこちらから)

●弁護士が被疑者と対面して初めに何を考えるか

玉木さんに会ったのは、当番弁護士として出動した2020年10月2日です。初回接見で「なぜ逮捕されたのか」「あなたはやりましたか。やっていませんか」と最初に聞きました。

玉木さんは、逮捕された事実について話し、「やってないです」と答えました。資料も何もないので、本当のことはわかりません。

逮捕・勾留から起訴されるまで最大23日間身柄拘束されます。起訴されるまで警察・検察側にどんな証拠があるのかもわかりません。

弁護士にとって重要なのは、この早期の段階で、いかに被疑者から話を聞いて、自分なりに犯人か、犯人でないかのストーリーを描けるかどうかだと思います。

玉木さんの事件では、この初回接見で、大きな疑問が生まれました。店に入り金庫の現金を盗んで店から去るまでのプロセスです。

店の機械警備(センサーによる警備システム)の機器は、従業員出入り口の中にありました。たしかに、カードキーで機械警備を解除しないと警備会社へ通報されるのですが、出入り口の鍵と金庫の鍵を開けて、中の現金を盗み去るまで1分もかかりません。

ただ、カードキーを使うと、警報を止めるかわりに、そのカード番号と時間が記録されます。つまり、誰が持っているカードキーが使われたのか判明してしまうわけです。

だとしたら、おかしいと思いました。もし玉木さんがカードキーを預かっていたままだったとしたら、わざわざそのカードキーを使ってまで犯行する必要はないじゃないですか。

続いて、店の防犯カメラについて聞くと「3カ所ほど店内にありました」ということでしたが、警察はカメラについて何も触れていないことがわかりました。とても重要な証拠となるのに、何も聞かれないのは変です。

玉木さんについて、私は、初回接見から起訴されるまでの21日間で「やっていないんじゃないか」と考えていました。

刑事弁護は、有罪を無罪にするようなものではないと私は考えています。罪を犯した人がいたら、被害者への謝罪や将来に向けた反省をしようと説得することも弁護士の仕事だと思います。

ただし、やってもいないことで有罪になるのは絶対にあってはなりません。だからこそ、証拠が見えない起訴前の段階で、犯人性を見極めるのは弁護士にとって重要なのです。

●弁護士が最終弁論で訴えた「真相」、金庫にはまだ16万円入っていた

ここから先は判決文であまり触れられない内容についてお話します。

私は最終弁論で「そもそも今回の事件でカードキーを使う必要はない」と述べています。玉木さんが逮捕されて、最初に話したときに得た感触を主張しました。

店を辞めるまで管理していた「5番のカードキー」を使えば、自らが怪しまれることになる。先述の通り、金庫を開けるまでのプロセスを知っている者ならば、カードキーを使わずに金庫の現金を盗むことが可能です。

むしろ、わざわざカードキーを使うことで、玉木さんに犯行をなすりつけることもできます。玉木さんは店をやめる際、カードキーを店の机に置いたと言っています。それを持ち出すことは他の従業員ならできたわけです。

金庫からは、ポーチの中に入った現金63万4000円が盗まれています。玉木さんに借金があったことは確かです。しかし、実は金庫の中には釣り銭用の現金16万円もあったんです。もし玉木さんが犯人だったとしたら、16万円に手を出さないのはおかしいでしょう。

おかしいといえば、事件が起きた日時もおかしい。玉木さんが外で同僚とバッタリ会って、「店長が鍵を返してほしいと言っています」と伝えられたのは1月29日のことでした。そんなことを言われたのですから、玉木さんは自分がまだ鍵を持っていると疑われていると知っていたわけです。疑われている玉木さんが、数日後の2月3日未明にわざわざ事件を起こすでしょうか。

玉木さんは、新聞配達のバイトをしています。2月3日午前1時半に配達の職場に着いています。検察官はピザ店から次のバイト先まで徒歩で行くことが可能だとして、玉木さんに特段のアリバイがなく、犯行が可能であったことを主張しました。

しかし、犯行可能性ということであれば、ここにも疑問が生じます。ピザ店は午後10時半に閉店するのですが、後始末をするので翌日0時頃までに人が残っていることもあります。午前1時過ぎに新聞配達店へ行かなくてはならないのに、あえてその日に犯行に及ぶのは疑問があります。特に、翌週の2月10日は新聞休刊日で、玉木さんの仕事は休みでした。その日なら、もっと余裕をもって犯行に及ぶことができるはずです。

●反対尋問では何を考えていたか

裁判では、証人尋問での証言によって認められる事実(間接事実)から玉木さんが犯人であることを推認できるかが判断の柱になっていました。

検察官が請求した証人は、店長、鍵返却を催促したバイト仲間、事件2日後に玉木さんに事件のことを詰問した会社役員、捜索差押えをした警察官の4名でした。

会社役員は、事件2日後の2月5日の午前3時過ぎから午前7時頃まで新聞配達を終えた玉木さんを車の中で詰問しました。検察官は、会社役員の質問の中で、玉木さんが鍵の管理について供述を変遷させたので、玉木さんの供述は信用できないといった趣旨の主張をしていました。

しかし、反対尋問では、そんな時間に3時間余りも詰問した状況を質問し、むしろ会社役員の記憶自体が曖昧で信用できないことを明らかにしました。

また、1回目の捜索差押えで玉木さんの部屋をくまなく探したが、タンス預金などなかったと証言する警察官に対しては、捜索はいい加減だったという玉木さんの主張に基づいて反対尋問をしました。

実は、玉木さんの部屋にはピザ店から貸与されていたトレーナーが2着あり、2回目の捜索で差し押さえられているのですが、1回目にそれを見つけていないという矛盾を突き付けました。

結果として、裁判所は、会社役員と警察官の証言は信用できないと判断しました。

玉木さんは判決が出るまで308日という長い期間、身柄拘束されました。

前科前歴もない方です。これほど長引いたのは、店の関係者など証人の供述が主な証拠だったことが影響しています。

警察が玉木さんに初めて話を聞いたのは、事件から約4カ月後の、家宅捜索(1度目)があった5月27日のことです。

判決では、警察が事件発生後すぐに玉木さんの家宅捜索をしなかった「理由の詳細は不明である」としています。これは最後まで不明のままでした。

仮に玉木さんが犯人だったとした場合、すぐに家宅捜索すれば、自宅から5番のカードキーが見つかったかもしれませんし、現金が出てくれば、指紋などから被害金かどうか立証できたかもしれません。

玉木さんが犯人かどうかわからなくなった場合でも、他の従業員が犯人となりうるか捜査できたはずです。

今回、無罪判決を得られましたが、玉木さんがつらい思いをした308日間は取り戻すことができません。また、結果として、事件の真相はわからなくなってしまいました。真犯人は、処罰されることなく、今でも世の中で過ごしています。

無罪判決が確定したことで、京都地裁は今年1月31日、刑事補償法にもとづき、308日分の抑留拘禁に対する補償を決定しました。日数に応じて、1日あたり1000円以上1万2500円以下の金額が支払われます。

ただ、無罪判決が確定しても、警察や検察が謝罪するわけではありません。無罪判決が確定したことは、官報や一部の新聞に小さく掲載されるだけです。

名誉の回復もなかなかなされません。

●玉木さんと出会った最初の印象が最後の最後まで活きた

刑事事件について、私は現在、国選弁護人しか引き受けていません。貧困等の理由で自ら弁護人を選任できない方であっても、適正かつ迅速な裁判を受けられなければなりませんので、私は社会的使命感を持って取り組んでいます。

業務の中心は企業法務や離婚・相続など民事・家事事件ですが、刑事でも民事・家事でも、依頼人の考えにいかに寄り添ってストーリーを考えていくかという姿勢に異なるところはありません。

私は、民間企業の勤務経験などを経て、弁護士になりました。社会人として周囲の方から色々と教えていただいたことで様々な依頼人の方に寄り添える感覚が身につきました。

今回、「この人は犯人ではないかもしれない」と見極められたのも、玉木さんの話を聞いて寄り添える感覚が活かされたからでしょう。結局、最初の見極めが、最後まで活きました。

●玉木さんはそれでも偏見に苦しむ

以上が松渓弁護士の解説になる。判決文に表れない弁護側の主張を通じて、玉木さんに抱いた「犯人性」への印象に変化はあっただろうか。次回では、無罪判決を得ても、偏見に苦しむ玉木さんから警察・検察への思いを聞く。

(判決文から読み解く「無罪の理由」♯1はこちら。玉木さん本人の告白♯3はこちら。全3回)

プロフィール

松渓 康
松渓 康(まつたに やすし)弁護士 あかとき法律事務所
民間企業で勤務後、地方自治体に招かれ、行政改革で実績を残す。仕事をしながら司法試験に合格して弁護士になった現在は、企業法務だけでなく、離婚・相続など個人の法律問題でも親身でスマートな解決策を提供している。今後、力を入れて取り組む課題は中小企業の事業承継。国の認定経営革新等支援機関、京都弁護士会の遺言・相続センター運営委員会委員。

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