長野県安曇野市の特別養護老人ホーム「あずみの里」で2013年、入所者の女性(当時85歳)がおやつを食べた後に亡くなった事故で、介助中に十分な注意を払わなかったなどとして、業務上過失致死罪に問われた准看護師の山口けさえ被告人の控訴審判決。
東京高裁の大熊一之裁判長は7月28日、罰金20万円の有罪判決とした一審判決を破棄し、無罪を言い渡した。
判決後に都内で開かれた報告集会で、支援者を前に山口さんは「真実が証明されました。6年半という長い時間、支えていただきありがとうございました。検察は真実を受け入れて頂きたいと思います」と涙ぐみながら挨拶した。
挨拶する山口さん(左)
医療や福祉関係者からは、高裁判決までに無罪判決を求める計73万筆もの署名が集まった。弁護団は「全国の介護現場で働くみなさんの尊厳を守った。高齢者の人間性を前進させる介護のために、この判決が役立つことを心から願う」と話し、検察側に上告しないよう求めた。
●弁護団「判例としても参考になる立派な判決」と評価
地裁判決は、女性に対する窒息の危険性を抽象化し、「施設の利用者に間食の形態を誤って提供した場合、特にゼリー系の間食を配膳するとされている利用者に常菜系の間食を提供した場合、誤嚥や窒息などにより、利用者に死の結果が生じることは予見できたというべき」としていた。
これに対し、高裁判決は「広範かつ抽象的な予見可能性では、刑法上の注意義務としての結果回避義務を課すことはできない」とし、女性に対するドーナツによる窒息の可能性や死の結果に対する具体的な予見可能性を検討すべきだとした。
木嶋日出夫弁護士は「全国の過失論について戦っている人を励ますような、判例としても参考になる立派な判決だ」と評価した。
また、間食の形態を確認せずドーナツを提供したことについては、
・女性はドーナツによる窒息の危険性の程度が低かったこと、
・女性に差し迫った兆候や事情があって形態が変更されたものではなく、間食について窒息につながる新たな問題は生じていなかったこと、
・日誌に間食の形態を変更した記載がなく、通常の業務の中では容易に知り得ない程度のものとして取り扱われたこと、
などから、「ドーナツで女性が窒息する危険性や死の結果の予見可能性は相当低かった」と指摘。
さらに、間食を含めた食事について、「精神的な満足感や安らぎを得るために有用かつ重要」「幅広く様々な食物を摂取することは人にとって有用かつ必要」と示し、餅など窒息の危険性が特に高い食品の提供はのぞいて、食事の提供は医薬品の投与などの医療行為とは大きく異なるとした。
これらの事実関係から「刑法上の注意義務に反するとは言えない」と結論づけた。
●異例の訴追「大変けしからん」
弁護側は「死因はドーナツによる窒息ではなく脳梗塞によるもの」と主張していたが、判決は、過失論の部分で速やかに原判決を破棄すべきで、起訴から5年以上が経過していることから「検討に時間を費やすのは相当ではない」とし、判断しなかった。
上野格弁護士は「起訴された時に、死因は窒息という医師の診断書はなかった。裁判が始まり証人尋問の段階で、初めて窒息とする意見書が出た。それで起訴することがひどい」と捜査の問題を指摘した。
木嶋弁護士は「捜査当局が安易に起訴したことが大きな誤りだったということを今日の無罪判決が示した。介護業界の実情も知らず、たまたまおやつを配った山口さん介護者個人に対して、犯罪として異例の訴追をしたことは大変けしからん」と強く抗議。
「日本社会は安全第一、結果責任の社会になり始めているが、法律論として、大きな歯止めをかけた。刑事事件としての過失責任を断ち切った意義はものすごく大きい」と話した。