犯罪捜査や裁判のため、人の身柄を拘束する「勾留」。その勾留が一時的に「執行停止」されている間に、被疑者が逃走するという事件が起きた。
報道によると、この被疑者は9月11日に恐喝容疑で静岡県警に逮捕され、その後勾留されていた。しかし、同県内で行われた父親の葬儀に出席するため、9月27日午後1時から午後2時40分までの間、勾留の「執行停止」が認められた。この被疑者は、葬祭場で警察官から弁護人に引き渡され、葬儀に出席したが、隙を突いてトイレから逃走した。その後、9月29日に神奈川県内で身柄を確保されたという。
今回は大きな騒動となってしまったようだが、この「勾留の執行停止」は何のための制度で、どんな時に認められるのだろうか。小野智彦弁護士に聞いた。
●「親族の結婚式への出席は認められない」とした判例がある
「勾留の執行停止とは、被疑者または被告人の勾留の執行を一時的に停止して、その身柄の拘禁を解くという制度です。保釈と異なって起訴前の被疑者にも適用されることになっています」
それでは、勾留の「執行停止」は誰がどのように決めるのだろうか。
「刑事訴訟法95条は、《裁判所は、適当と認めるときは、決定で、勾留されている被告人を親族、保護団体その他の者に委託し、または被告人の住居を制限して、勾留の執行を停止することができる》と規定しています」
執行停止は、裁判所の権限で決定できることなのだ。具体的にはどんな場合に認められるのだろうか。
「具体例をあげると、執行停止は被疑者(被告人)の病気や負傷、出産、近親者の危篤、死亡による見舞いや葬儀の出席のため、などの理由で認められています。
一方で、少し意外な感じがするかもしれませんが、親族の結婚式への出席は認められない(大阪高裁S60.11.22判時1185-167)とされています」
勾留を執行停止するかどうか、その判断基準は、次のような考え方らしい。
「裁判所が『適当と認めるとき』とは、勾留の目的が阻害されたとしても、その執行を停止して釈放すべき緊急あるいは切実な必要がある場合をいいます。
勾留期間の満了あるいは保証金の納付を条件とする保釈を待てず、勾留を継続することで、勾留の目的以上に被疑者および家族等に不当な苦痛あるいは不利益を与える場合、とされています(東京地裁S42.2.21判時475-62)」
思い切ってかみ砕くと、執行停止が認められるのは、勾留継続によって被疑者・被告人らが被る不利益が、勾留の必要性を上回った場合、ということだろうか。
●執行停止中の被告人と飲み交わしたことも……
小野弁護士は続けて、自らが弁護人として「勾留の執行停止」を申し立てた時の、こんなエピソードを披露してくれた。
「弁護士になって2年が経ったころの話です。恐喝事件で起訴された後、勾留されていた被告人の父親が亡くなりました。長男である被告人は、喪主を務めなくてはなりませんでした。
裁判所に掛け合ったところ、『弁護士が葬儀に付き添い、留置所まで送ってくれるのなら、午後5時までに限り許可しましょう』と、執行停止を認めてもらえました。
ところが、都心の留置所から郊外にある葬儀場までは約2時間かかります。午後5時に戻るためには葬儀後、親戚への挨拶もそこそこに、帰路に就かねばなりません。
困っていたところへ助け船を出してくれたのが、留置所の人たちでした。事情を話すと、彼らは『我々が午後5時にお迎えに上がりましょう。そこで身柄を渡してもらえれば、午後5時に留置所に戻ったという扱いにします』と、温かい言葉をかけてくれたのです。
当日、葬儀はつつがなく終わり、被告人も無事、喪主をつとめあげることができました。その後の食事会では、陽気だったお父様を偲びつつお酒も進み、午後5時にお迎えにきていただいたときには、被告人も私もすっかりできあがってしまっていました……」
小野弁護士は「今となっては、懐かしい思い出です」と、当時を振り返る。全ての勾留執行停止が、このほっとするエピソードのように、何事もなく終了すれば良いのだが……。