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子どもの性被害、立件に高いハードル  「証拠がない」「日時の特定」どう乗り越える?
(miyuki ogura / PIXTA)

子どもの性被害、立件に高いハードル 「証拠がない」「日時の特定」どう乗り越える?

ジャニーズ事務所の創業者・ジャニー喜多川氏(享年87)による性加害問題を受けて、子どもの性被害に注目が集まっている。元ジャニーズJr.が被害を告白するにつれて、世間からは「なぜジャニー氏は逮捕されなかったのか」「処罰されないのか」という声も聞かれる。

性犯罪をめぐる刑法の規定はこの6月に大きく変わった。ただ、子どもの性被害が立件されるには、いくつかの構造的な問題があるのが実情だ。どうすれば、子どもたちを守る仕組みを作れるのだろうか。子どもの性被害に携わる専門家に聞いた。

⚫︎証拠がない「子どもの性被害」

NPO法人「子ども支援センターつなっぐ」の代表理事をつとめる飛田桂弁護士は、医療機関や捜査機関などと連携しながら、性被害などを受けた子どもたちのサポートをおこなっている。

飛田弁護士によると、子どもの性被害の立件に立ちはだかる壁は、大きく2つあるという。1つ目は客観的な証拠が乏しいということだ。

性暴力は密室でおこなわれるため、証拠が残りにくい。大人の場合は周りに相談したり、自分で日記やメモなど記録を残したりしていることもあるが、子どもの場合は「まず証拠がない」と飛田弁護士は話す。

また、身体的虐待と異なり、体に損傷が残らないこともある。性暴力を受けた子どもの診察をおこなう神奈川県立こども医療センターでは、2014年から2021年度に診察した43人の中で、陰部に異常が見つかったのは5人だった。

海外では、アメリカでも診察で異常があった子どもは全体の4%のみという調査結果がある。

性暴力があったかどうかを診察だけで判断するにも限界がある。同センターの小児科医・田上幸治さんは「被害を告白するまでに時間が経ったりすると、粘膜が修復するため、所見では異常がないことが多い」と話す。

⚫︎日時が特定できず起訴できない

2つ目は、日時を特定することが難しいことだ。子どもへの性暴力は被害が長期間にわたる傾向がある。特に、家庭内で起こる性暴力は、一度でおさまることはほとんどなく、被害が発覚するまで最長15年かかったという調査結果もある

画像タイトル 潜在化していた性的虐待の把握および実態に関する調査報告書サマリーより

このように虐待が日常的に繰り返されると、子どもの記憶は一つにまとめられるため、個別の出来事を特定することは難しくなるという。

ただ、刑事訴訟法では、起訴するにあたり、できる限り犯罪の日時や場所、方法を特定しなければならないと定められている。被害者が子どもであっても、大人であっても、同じルールだ。

飛田弁護士が子どもの性被害に関わる弁護士を中心におこなった調査では、「日時の特定がないため、起訴や逮捕も難しいと言われた」という声が上がっている。アメリカでは、子どもに対する性加害の事案について、検察官が日時を特定する責任が軽減されているという。

京都産業大学の増井敦准教授(刑事法)は、子どもの供述から性被害があったこと自体がわかる場合、ある程度の幅でしか日時を特定できなくても、理屈上は起訴できると話す。

「たとえば6歳〜8歳の子どもは、事実関係は認識できても性的な知識はない年齢と考えられています。性的な行為の意味などわからないはずなのに、そうした状況を説明してくれれば、その供述は信用性が高いと考えられます。

これまで日本では、起訴が難しいという判断が積み重なってしまった。ただ、新しい法律を作らなくても、新しいやり方を積み重ねる形で変えられるはずです」(増井准教授)

⚫︎子どもに負担のない形で話を聞き取るために

子どもの性被害を立証するうえで、子どもの供述は非常に重要だ。ただ、つらい体験を警察や児童相談所、病院など、あらゆる場所で繰り返し話すと、子どもにとって大きな負担となってしまう。

そこで、日本では2015年から、刑事事件として立件が想定される場合に、警察と児童相談所と検察官とが連携し、代表者一人が話を聞き取る方法が取られている。「司法面接」「代表者聴取」とも呼ばれ、2020年度には2124件実施された(法務省の統計より)。

「司法面接」の様子は録音録画されていることがほとんどだが、その記録を刑事裁判で証拠にするには制約があり、これまで証拠として採用されたのは27件だった(2018年4月1日〜21年3月31日に判決が言い渡された刑事裁判における件数)。

画像タイトル 特例認定NPO法人子ども支援センターつなっぐの司法面接室の様子(提供)

そんな中、2023年6月に刑事訴訟法の一部が改正され、条件つきで面接の様子を録音録画した媒体に証拠能力を認める規定が新設された。附帯決議でも、聴取の場所や方法についてさらなる検討を進めることなどが盛り込まれている。

京都大学大学院の田中駿登特定助教(刑事法)は「誘導を避けるなど必要な措置が採られた状況であれば、一定の場合に記録媒体を証拠とすることができるようになった。どういう場合に証拠採用すべきか、子どもの供述に関する議論や実践が深まっていくのではないか」と今後に期待する。

⚫︎子どものワンストップセンターを日本にも

加害者の処罰だけでなく、被害にあった子どもたちをケアするシステムも必要だ。飛田弁護士は「日本には子どもたちがおかしいと思った段階で、相談できる相談窓口や専門機関がない」と指摘する。

アメリカには虐待を受けた子どもたちに対応する専門家を1カ所に集めた「Children’s Advocacy Center」(通称CAC)が900カ所以上ある。警察や検察、医療専門家、心理職などがチームで協力しあい、被害の聞き取りから診察、司法手続きまで一括でおこなうものだ。

診察は虐待の痕跡がないか見るだけでなく、子どもを安心させる目的もある。中には「体が汚れてしまった」と思っていたり「被害に遭ったことが見た目でわかってしまう」と誤解していたりする子もいるという。そんなときに「大丈夫だよ」と声をかけると、顔がパッと明るくなる子もいると医師の田上さんは話す。

ただ現状、日本にCACのような施設は2カ所しかないという。田上さんは「日本は欧米から30年遅れていて、まだまだ子どもの声を聞けていない。まずは各地域で子どもを診察できる医療機関を増やし、子ども病院などの虐待に関心の高い医療機関を中心にワンストップ機能を持たせていきたい」と仕組みづくりの必要性を訴えている。

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