スリが目的で、痴漢が目的ではなかったーー。そんな理由で迷惑防止条例違反に問われていた男性を無罪とした判決が報じられ、話題となった。
報道によると、男性(50代)は、4月にJR大阪環状線の大阪ー天満間で20代女性の下腹部を服の上からさわったなどとして、大阪府の迷惑防止条例違反の罪で起訴された。男性は捜査段階から痴漢について否認。公判になって、スリ行為の途中に電車が揺れ、女性の身体に当たったと証言した。
大阪地裁は11月15日の判決で、スリの目的で前にいた乗客のかばんを探っていた男性の手が、たまたま隣にいた女性に当たったのであって、痴漢の故意はなかったなどとして、無罪判決を言い渡した。
判決については、「これってスリについて裁判をやり直すことになるのかな」といった疑問の声があがっているが、結局有罪になる可能性があるのか。刑事事件に詳しい小野智彦弁護士に聞いた。
●理論的には起訴される可能性があるが・・・
「理論的には、改めて起訴されて窃盗未遂で処罰されることはあり得ます」
小野弁護士はこのようにのべる。
「再逮捕しても、その男性の自白に頼るしかないと言う点において、『自白以外の補強証拠がないのではないか?』『それでは有罪にできないのではないか?』との問題があります。
しかし、迷惑防止条例被告事件の法廷において、自ら『スリだった』と供述していること自体が、補強証拠となり得るものですので、特に問題はなかろうと思います。
ただ、現実問題として、窃盗未遂で被害がないということであれば、不起訴事案でしょうから、起訴されて処罰されることは、基本的にはないと考えられます」
●公判中に罪名を変更できなかったのか?
裁判中に、被告人がスリの事実を告白した時点で、罪名を痴漢から窃盗あるいは窃盗未遂に変更して裁判を続けることはできないのか。
「これは、『訴因変更』という問題になります。
公判中の審判対象(これを「訴因」といいます)の変更するためには、『公訴事実の同一性』という要件が必要になります。
審判の対象を検察官が自由に変更できると、もともとの訴因について反論の準備をしてきた被告人にとって不意打ちになってしまうことがあるからです。
ですから、被告人の防御権を保障するために、『公訴事実の同一性』が要件とされているのです」
公訴事実の同一性はどう判断するのか。
「被害法益、犯罪の日時・場所・手段・方法等を総合的に観察し、社会通念に照らして判断することになっています。
本件では、迷惑防止条例の被害法益が『性的自由』、窃盗の被害法益が『財産』ということで、被害法益の違いから公訴事実は同一ではないと判断されたものと思われます。
そのため、検察官からの訴因変更の申立もなければ、裁判官からの訴因変更命令もなかったものと考えられます」
小野弁護士はこのように述べていた。
ちなみに無罪判決から3日後の11月18日、男性は、電車内で財布を盗んだとして、窃盗容疑で現行犯逮捕されたと報じられた。