井原 正則 弁護士 インタビュー
弁護士を目指した理由
高校生の時に、大学の法学部で少年法のゼミに入っている姉から、議論をふっかけられたことがありましてね。その時に法律って面白いなと思ったのが、法学部に入ったきっかけです。
あとは、自分にとって何か大切なものを提供しなければ他の人からも大切なものを提供してもらえないという考えがあって、その「自分にとって大切なもの」を法律にしようときめました。
司法試験を目指すきっかけになったのは、獨協大学の司法試験研究室(準備室)を荷物置き場として提供してもらうことになり、そこで先輩方からの話を聞いているうちに、深く法律を学び、法律実務家を目指そうと思いました。事前に何か熱い志があったとかではなく、いろいろなことの玉突き衝突のような形で、弁護士を目指すことになったということですね(笑)。
業務内容
私の場合は、いわゆる「町弁」という形の仕事ですので、特許・著作権のような特殊な分野を除いては、それこそ国賠訴訟からペットの訴訟まで、あらゆる領域の仕事を引き受けています。
印象に残っている事件
国賠の事件で印象的なものがあります。山道の道路の横に県の管理する注水槽という、山から流れる水を溜めて道路の下を通して、崖下に流す施設があるのですが、ある車が夜間運転している時に、そこに落ちてしまって、炎上して焼け死んでしまったという大変悲惨な事件がありました。
そこにはネットや柵が設置されていなくて、遺族を原告として国賠訴訟を提起したのです。 この裁判のときの県の側の主張が酷いもので、「自分で車に火をつけて飛び込んで自殺したんだ」というような主張をしたのですね。私はそれが許せなくて裁判所で大喧嘩しました。
そのような悲惨な事故でご遺族の方がものすごく苦しんでいるのにも関わらず、そのような気持ちも考えないで、なりふり構わない主張をされたということ、そしてそのような主張に対して裁判所が適切な指導しなかったということで、裁判所、訴訟代理人にあり方を考えさせられ、大変印象に残っている案件ですね。
結局一審は過失相殺7:3でとられて、こちらには賠償額の3割しか支払われなかったわけですね。そこで控訴をしました。
控訴をした際の裁判所で和解の指揮がなされたのですが、当初の裁判官の方がとても理解のある方で、もうすこしこちらの賠償額が上がるのかなと思っていたのですが、その裁判官の方が途中で転任になってしまったんですね。そして、その後の方が酷くて、それまでの和解の経緯を無視して、訴訟指揮の方向を180度変えてしまったのです。
私は許すことができず、「こんなやり方では国民の裁判への信頼が損なわれる」と主張したのです。そうしたら、次の期日にその和解担当の裁判官が別の裁判官に変わっていました(笑)。
この裁判は、以前所属していた事務所のボスの城口順二という弁護士の指導のもとで行っていたのですが、そのボスからは裁判所のご機嫌を伺うのではなく、きちんとモノを言うべき時には言うべきであると教わりました。
市民の人は、おかしいと思っても裁判所に対してはなかなか主張するのは難しいと思います。だからこそ弁護士が言うべきときにはしっかり言って、必要があるときにはケンカをしなければならない、そして主張すれば裁判官が実際変わることがあるんだということを学んだ事件で、とても印象的でした。
仕事で嬉しかったこと
依頼者に感謝の言葉をいただけることですね。「先生のおかげで助かりました」「今の自分があるのは先生のおかげです」といった年賀状などの手紙を頂いた時はうれしかったですね。
あと事案は詳しくは言えないのですが、親子関係不存在の事案を引き受けたことがありまして、その事件を解決した時に、7歳のお子さんが「将来は弁護士になりたい」と言っていたそうなんですね。7歳の子どもが自分の仕事をそのように評価してくれているんだというのはとてもうれしかったです。
大変だと感じること
勝ってあげなければならないときでも勝てない時ですね。明らかに無罪なのに有罪になってしまう時です。現在の裁判はほとんど無罪を出しません。高裁で絶対ひっくりかえらないぐらい、それこそ120%無罪だと示さなければ無罪にならないのが実態です。
警察などの捜査機関に比べれば、弁護士の捜査能力は限られてしまい、そこまで立証するのはとても難しいのですね。裁判が終わった時に「先生はよくやってくれたよ」と依頼者に逆になぐさめられるということもあります。「もう少しこうすれば良かったな」という悔いが残りますね。
休日の過ごし方
基本的には子どもの世話です笑。妻も仕事をしているので、平日は保育園に子どもを預けています。私も朝、子ども2人を自転車の前と後ろに乗せて、後ろの座席に荷物を3つぶら下げて、更にリュックを背負って保育園に通っています。なので、休日は少しでも子どもたちと一緒に過ごすようにしていますね。
弁護士としての信条・ポリシー
これは城口順二弁護士からその生き方を通して教わったのですが。「逃げないこと」です。つらくても、怖くても、めんどくさくても逃げない。そしてとにかく誠実であることです。時間と能力が限られている私にできる、唯一で、一番大切なことだと思っています。
依頼者に対して気をつけていること
依頼者と一緒に悲しみつつも、専門家として、ほんの少しでも先に立って方向性を示してあげることです。一緒に悲しめない人はこの職にあまり向いていないと思いますが、泣きっぱなしでもいけません。涙を拭いて、ほんの少しだけ、先にたって歩き始めることを目指しているつもりです。
関心のある分野
子ども関係の事件には関心があります。刑事の少年事件が一応専門です。現在は埼玉弁護士会の子どもの権利委員会の委員長もしております。
今後の弁護士業界の動向
本来弁護士というのは、自由に動いていろいろな問題を解決していく職業だと思います。しかし、これまでは自分が事務所でドンと構えていれば、高額の事件が転がってきてたんですね。それがなくなって、適正な価格で適正なサービスを提供する方向になっていくのだと思います。弁護士はまだまだ足りてないという印象ですね。
弁護士というだけで人は真剣に話を聞いてくれるし、説明をしっかりしようとしてくれます。このような特権のある職業は他になかなかないし、これをうまく使えば自分が未開拓の分野でも仕事をしていくことができると思います。ただ、このような状況は過去の多くの先輩方が作ってくれたものなので、それに甘えたり、これを汚さないようにやっていくべきだと思っています。
今後のビジョン
うちの事務所は子ども関係の事件を扱って立派な建物の中にあるのですが、これは元々子ども関係の事件に対して大学間で連携して解決していこうという趣旨があったんですね。
電話相談が入ってくるリーガルセンターという施設があるので、その相談内容が法律関係だったらうちの事務所、心理関係だったら文教大学の臨床心理の方に、医療関係だったら獨協の小児科医の方にと協力して解決していく、というように様々な専門家が共同し解決していこうという狙いがあります。
未開拓の分野なので、まだ本格的に実働はしていないのですが、動いているところもあります。将来的には埼玉の大学だけではなくて、いろいろな大学の専門家と共同しながら様々な問題を解決できるような施設にしていきたいという構想があります。弁護士はその辺りは自由で縛られず、「あの先生とあの先生を組み合わせて・・」ということができるのです。
ページを見ている方へのメッセージ
困ったことがあったら是非、早い段階で相談しにきてほしいですね。相談した段階で何も問題なく笑って帰れるのが一番です。早い段階ならそれだけ早く対応ができますので。弁護士も普通の人ですから、気軽に顔を出してもらえればと思います。