坂本 博之 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
司法試験を受験した頃は、自由業でそれなりに自分で自由に時間を使えるだろうと思ったことと、ある程度の収入も約束されているだろうと思ったこと、それから会社に就職したくなかったという、単純な理由でした。
その後、修習生になってからは、法曹三者の中で、仕事をある程度意識して選べるのは弁護士だけだと思ったからです。時間が自由であり、仕事も幅も広いという点が弁護士の魅力だと感じます。
今までの経験と現在の仕事内容
地方の小規模な事務所なので、仕事の内容は、広く浅く、という感じです。
ただ、弁護士になりたての頃から環境問題に関心を持っており、ほかの事務所よりも環境問題(特にゴミ処分場問題)に関する事件が多いと思います。
仕事をしている中で、大変だと思うことは、日々勉強だということです。ゴミ処理場の建設地の環境汚染の問題等を扱う場合、化学や地学の知識が必要となります。そのような知識をつける為に勉強は常にしています。ゴミ処理場問題を扱っている弁護士は少なく、茨城県だけでなく、県外の仕事をすることも多くあります。
弁護士になって良かったと思うことは、事件を解決した時です。自分が努力した成果がでると嬉しいと感じます。
仕事をする上で意識していること(弁護士としての信条・ポリシー)
あまり意識したことはありませんが、自主独立、できるだけ諦めない、信念を貫く、ということです。
自主独立とは、何事も自分で考えてみるということです。例えばある事件の判例を自分で考えることによって、自分の意見を持つことができます。このように自分の意見、考えをしっかり持つことは大切なことだと考えています。
自分の考えを持ち、最後まで諦めずに、仕事するように心がけています。
関心のある分野
環境問題、戦争責任問題については、生涯関わっていこうと思っています。その他、現在関わっているのは、児童虐待問題、動物愛護問題です。
戦争問題のような、歴史関係の事件に関心があります。例えば、1932年9月16日に起こった「平頂山事件」です。平頂山事件(へいちょうざんじけん)とは、1932年9月16日、現在の中国遼寧省北部において、撫順炭鉱を警備する日本軍の撫順守備隊(井上小隊)がゲリラ掃討作戦をおこなった際に、楊柏堡村付近の平頂山集落の住民が多く殺傷された事件です。この事件に、弁護団の一員として関わっています。
事件の被害者の方々の代理として、国を相手に裁判を行いました。敗訴が確定していますが、私たち弁護団は解散せずに、現地まで赴いて被害者の方とコミュニケーションを取っています。この「平頂山事件」とは一生関わっていきたいと思っています。