蒲田 孝代 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
加害者の立場の人でも、社会的には被害者といえる立場にある人がいることを知ったことが直接のきっかけです。これは私の中学校時代の経験からです。
私の伯母夫婦は養護施設をしていてそこには色々な問題を抱えている子ども達がたくさんいました。心の荒れた子達もいました。学校ではいつも色々な意味で特別でしたが、彼らの悲しい表情や暗い表情、辛い表情などにたくさん接してきました。
その中で、彼らが自分の力では何ともできない社会的な背景を抱えて生きていることを知りました。その友人達に繋がる人たちに弁護士という仕事を通じてささやかな支援ができないものかと考えました。
弁護士という仕事は高校生の時に放映されていた「判決」というドラマで知りました。
今までの仕事経験と現在の仕事状況
刑事事件、少年事件の弁護活動。労働者の解雇事件、医療過誤事件、いじめ問題などの事件をこれまでに取り扱ってきました。担当したN高校放火未遂事件では少年事件においても、反対尋問権行使が保障されるべきということを当時の最高裁判所判事であった団籐重光さんから意見を戴いたことは、何よりの喜びでした。
これがきっかけで実務において少年事件において反対尋問が保障されるようになったことはうれしい限りでした。少年事件だからといって、無罪を争っているときに、重要な証人に対してきちんと反対尋問ができないということはおかしな話です。今は当たり前のように行使されていますが、このN高校事件の最高裁の決定が少年事件を大きく変えました。
刑事事件は多く担当してきました。その中で障害者や高齢者が抱える課題にも気付くようになりました。現在はとりわけ虐待や後見にかかわる分野の仕事に力を注いでいます。
仕事をする上で意識していること
弁護士は基本的に表だって行動する立場には無いと思います。ご本人を応援し、支えていく仕事だと思います。助けてあげるとか、救ってあげるという気持ちはありません。基本的に一緒に考えて一緒に解決に進んで行くという姿勢でありたいと考えています。
課題を抱えるのはご本人ですから、ご本人が自分の問題として自ら解決するという気持ちになるように、一緒に解決していこうという姿勢でありたいと思います。その時に私がもっている知識や経験などを活用し、時にはご本人のために必要とあれば正面に立ちますが、ご本人が専門的な力を頼みとしつつ自分の頭と力で解決していただけるようにと願います。
民事事件においては、基本は適正に筋を通すこと、一方で互譲の精神も失わないようにと思っています。自分が正しいからといってどこまでも相手を追いつめるやり方は好ましいとは思いません。
冤罪事件について現在の司法の問題点
最近はあまり議論をしなくなっていますが、まず第一に代用監獄という警察の留置場を無くしていくことが大切だと思います。ここでは調べられる場所と寝起きをする場所が同じですから、必要以上の苦痛を強いてしまいます。無実を訴える人にとってはとりわけ大変だと思います。えん罪の温床といわれるゆえんです。
死刑制度も文化国家の制度とは思えません。最近、社会全体が益々応報的になっていると思えます。被害者の方が応報的な感情になるのは十分理解できますが、社会全体が被害者の意識になってしまって、冷静さを失っていると思えることもあります。
人の命を奪えばまた、自分の命を奪われて当然だと、本当にそのように言い切れるものなのでしょうか。辛い面があるのですが、でも・・・と思います。人は複雑で人は弱く、人はたくましいばかりではありませんし、恵まれている人ばかりでもありません。
裁判員制度には疑問をもっています。司法に国民参加は必要無いと思います。司法は被告人を証拠に基づいて裁く権力行為です。多数決が機能してはならない権力部門だと考えています。
布川事件で印象に残っていること
大学時代に仁保事件という冤罪事件の支援をされている方と知り合い、色々と教えられることがありました。弁護士になった時に、弁護士会の人権擁護委員になり、ここで布川事件に関わるようになりました。
布川事件は第二次再審事件で無罪が確定しました。ほとんどの人生を奪われ、えん罪との闘いに費やさざるをえなかった残酷と罪深さを、お二人のご親族と親しく交流させて頂いていた私としては、深く考えざるを得ませんでした。改めて、弁護士も含め、司法に関わる者の職責の重さを自覚させられます。
関心のある分野
最近はいじめ問題や虐待問題にかかわることが多くなりました。しかし、弁護士にとって、弁護士活動の基本は刑事事件であると思っています。刑事事件での弁護士活動の期間は多くは短い期間に過ぎませんが、そのわずかな関わりの中で、将来にむけて、何らかの再起のヒントや励みを持っていただけるならばこれに過ぎるものはありません。ささやかな関わりの中でも、本当にうれしい出会いもあります。ささやかな喜びを感じることも多々あります。少年事件などで関わった子供達が立派な社会人に成長して、会いにきてくれることもあります。そういうときは、本当に嬉しく思います。
いじめや虐待問題については社会の歪みが深く関わっています。根底から解決することがあるわけではありませんが、これまでよりは何かが少しでも明るい方向にいければいいという思いがあります。少しでも展望を見出すことができて、前に向いて生きていく力がつくことに少しでも関われるとすれば、仕事としては喜びといえます。