渥美 雅子 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
大学1、2年の時、演劇研究会で芝居に熱中していました。その頃は放送関係や台本作家になりたいと思っていましたが、女性の就職は思った以上に難しく、大学の就職志望課に足を運ぶと、女性の支援はできないなどと言われました。
また、ちょうどその頃、大学の政治学の授業のレポート課題を提出した後、その講義の先生から声をかけられ、「君みたいな人に弁護士になってもらいたい。是非司法試験を受けるべきだ」と後押しされて、半信半疑で研究室に入って勉強するようになったのがきっかけです。先生の一言が大きな影響を与えてくれましたね。
印象に残っている案件(事件)
弁護士になって10年目の時、ある嬰児殺人の被告人の弁護をしたことがありました。集団就職で上京してきた20歳の女性で、当時千葉に女性の弁護士が私しかいなかったものですから警察署から連絡が来たのです。近くの川に産まれた子を女性の彼が放り投げて逃げたという事件でした。
結局女性は自首し、殺人罪で起訴されましたが、執行猶予付きで法廷で釈放という判決でした。マスコミ報道をどうにか抑えることができて、その女性は無事生まれ育った地で結婚をすることができたと伺いました。
数年後に、彼女から娘の写真と共にお手紙をいただきました。感謝の気持ちの最後に、「娘には勝手ながらに先生からお名前をもらって雅子と名付けました」と書いてありました。とても嬉しかったですね。
これまでは男性弁護士に追いつけ追い越せの張った気構えでしたけど、自分にできる仕事がある、とこの事件は目を覚まさせてくれたといいますか、自信をもらうことができました。
仕事の中で嬉しかったこと
弁護士はすごく良い仕事ですよ。「ありがとうございました」という感謝の気持ちと一緒にお金をいただけるだなんて他の仕事にはありませんから。また、悩みを抱えてくるご依頼者様がどんどん良い顔になっていくのを見れるのは、人の役に立っていることを実感できて嬉しい限りです。
ヨハン・ホイジンガーが「人は人に必要とされることを必要とする存在である」という言葉を残しているのですけれど、私にとって生きる張り合いになっている言葉です。
弁護士になって大変だと感じること
弁護士の仕事は格闘技だと思っています。常に5人の敵と闘っていなければ良い仕事はできないのです。相手の弁護士・検察官、裁判所(官)、自分のクライアント、そして自分自身ですね。
自分自身には見栄や体裁、プライドもありますから、プロ意識を持って自分と闘わなければならないのでやりがいを感じられる分、大変ですね。
休日の過ごし方
私は、休むときは休むようにしているので暦通りではないのです。長野に別荘があるので雪があればスキーを楽しんでいます。アウトドア派なので登山やテニスなどもしていました。最近では、講談塾を開講したので、その集まりやお稽古などをしていて忙しい毎日を送っています。
弁護士としての信条・ポリシー
法律は弱者の権利を守るための第一の役目ですから、法律家として常に弱者の側に立って物事を考えることです。
依頼者に対して気をつけていること
相談にいらっしゃったお客様というのは被害意識を強く持たれているので、すごいコンプレックスを抱えているのですね。法律家としての関与で、その劣等感だとかコンプレックスの真っただ中にいる彼らに自信をつけさせて、自己決定ができる本来の姿に戻すようカウンセリングするように心がけています。
単に法律的処理をするだけではなく、あくまで最後に決定をするのはお客様自身であることをお伝えしています。
関心のある分野
DVだなんていうのは弱者の典型ですよね。そういったところにフォーカスして自分の余力を注いでいこうと思っています。
今後の弁護士業界の動向
弁護士という職業はもともと専門的な職業だけれど人数が増えることによって更に専門化していくでしょうね。あまり専門化しすぎてしまうことは避けなければならないと思いますけれども。その中で、隣接分野の取り入れだとか色々な人と関わるだとか、同じ弁護士の中でも+αを備えることで社会の要請に合う弁護士になっていけるのではないでしょうか。
今後のビジョン
今後一層付加価値のある弁護士が求められる時代になってくると思います。ですからそういった付加価値のある弁護士を育てていけたらいいな、そして自分自身がそのモデルになれたらいいな、と思っています。
ページを見ている方へのメッセージ
どうぞお気軽に弁護士にご相談下さい。むしろ、どうぞお気軽に弁護士をお使い下さい。