「記事を読ませていただきました。今まさに被害者です。内容が自分とほぼ同じなので驚いております。私の場合、ロマンスも存在しないのにロマンス詐欺です」
先日、国際ロマンス詐欺師と思われる人物とのやりとりを3回に渡り寄稿した。直後に、その記事を読んだという一人の女性から、私のFacebookに冒頭のメッセージが寄せられたのだ。
聞けばこの女性、約2週間でなんと1250万円を騙し取られてしまったという。一体なぜ、どのようないきさつで被害に遭ったのか。 女性の言う“ロマンスも存在しないのに”とはどういうことなのか。急遽、詳細な経緯を取材した。(エッセイスト・紫原明子)
●Q&Aサイトでできた外国人の「友達」
被害に遭った女性は静岡県在住の61歳。ここでは仮に田中さんとする。田中さんは自営業の夫と、成人した息子の3人で暮らす専業主婦だ。
2022年4月上旬。田中さんは国内外の多くのユーザーが利用する、とあるQ&Aアプリ(ユーザーが投稿した質問に、他のユーザーが回答を寄せるサービス)で、その男と知り合った。
「いつものようにアプリを立ち上げると、外国人の質問者が日本について質問を投稿していました。私が何気なく回答を寄せると、直後に質問者からダイレクトメッセージが届いたんです。質問者はアジア系のイタリア人、ビリーと名乗りました。来日して日が浅く、知り合いも少ないので、私に友達になってほしいと言うんです」
自称「ビリー」の自撮り写真(女性提供)
訪日中のエンジニアで、アメリカの名門イェール大学での留学経験をも持つリッチなエリート。それがビリーの語るプロフィールだった。
「なぜ私なのかと聞くと、他の人にもメッセージを送ったものの、誰からも返事が来なかったと言うのです。可哀想に思った私は、ある意味人助けのような気持ちでやりとりを始めました」
今や国際ロマンス詐欺は、SNSやマッチングアプリのみならず、オンライン英会話や今回のようにQ&Aアプリなど、さまざまな場所に罠を張りターゲットを探している。アプリ内でアカウントが強制停止されると連絡が途絶えてしまう恐れがあるため、ターゲットが見つかれば早いうちにLINEでのやりとりに移行するというのが常套手段だ。
●定番の「鍛え上げられた筋肉を誇示するような自撮り写真」
例によって田中さんも、その日のうちにビリーからLINEでの会話に誘導された。
「ビリーとは毎日10分から15分くらいLINEのやりとりをするようになりました。彼からは仕事の話や、海外旅行の話をしてくることが多かったです。いつも翻訳機を使っているようで日本語は片言。話の内容も全然面白くありませんでした。ただ私自身、しばらく前に病気になって仕事を辞めたことや、コロナのこともあり、最近は一人で過ごす時間が多くなっていました。それでつい、話し相手をしてしまったんだと思います」
田中さんの出会ったビリーもやはり、鍛え上げられた筋肉を誇示するような自撮り写真や、高級リゾートを思わせる旅行の写真をよく送ってきていたという。
あるとき田中さんが何気なく施設に入所している親の話をビリーに打ち明けると、ビリーは自分の親もシンガポールの施設にいること、施設に多額の寄付をしていること、そしてその資金は暗号通貨の取引で得ていることを話してきたという。
「やりとりを始めて1週間ほどでした。あなたは大事な友達だから、あなたのために暗号通貨取引のノウハウをプレゼントしたいと言ってきたんです」
●もちかけられた暗号通貨取引
田中さんは当初、その申し出を断った。が、「自分の言う通りにすれば必ず利益がでる」「友達だから助けになりたい」としつこく食い下がるビリーに根負けする形で、言われるままに取引に着手してしまった。
「最初に、Aという仮想通貨取引所に口座を開設するように言われました。そこでアカウントを作り、50万円分の暗号通貨を購入しました。その後、ビリーが新たに指定してきた取引所Bにも口座を開設、Aで買った暗号通貨をBに全額入金しました。全ての過程をスクリーンショットに撮ってビリーに送るように指示されました」
言葉巧みに入金を迫ってきた(女性提供)
田中さんは当時、「国際ロマンス詐欺」と呼ばれる手口の詐欺が存在すること自体知らなかった。そのためビリーを疑うことなく、せっかくなら勉強してみようという気持ちだったという。すると入金から3日後、当初50万円だった田中さんの資金は、驚くことに58万円にまで増えた状態で取引所Aに入金された。なんと利益が出たのだ。
思わぬ成功体験に後押しされ、田中さんはその数日後、やはりビリーに言われるままに、今度は再び20万円分の暗号通貨を購入し、Bに入金した。
「すると直後にビリーが、やっぱり20万では足りない、安定した利益を生むためにあと180万、合計200万が必要だと言ってきたんです」
突如提示された大金。田中さんは悩んだものの意を決して、追加の180万円を入金してしまう。お金は、わけあって預かっていた父親の預金通帳から無断で引き出したものだった。すると入金を確認したビリーから、この取引は7日間解約できない定期取引であり、この条件をのまなければ契約違反になると告げられた。
寝耳に水の話に田中さんは驚いたが、「契約違反になる」という強い言葉に、抵抗すれば父の200万円が戻ってこないかもしれないと恐怖を感じ、言われるままに従ってしまった。以降ビリーはこのように条件を後出しにしていくことで田中さんを追い詰め、とめどなくお金を騙し取っていくのだった。
●専用アプリにログインできない
200万の取引を始めて数日後、ビリーは田中さんに、目標とする利益を生むには資金がまだ足りないと告げた。
「もう私にはお金がないと言うとビリーは、友達は助け合うものだから、今度は自分が支援すると言い出したんです」
ビリーは田中さんに、取引所Aの送金用QRコードのスクリーンショットを撮って自分に送らせ、そこに約200万分の暗号通貨を送金してきたという。これを田中さんが再度、取引所Bに入金し、ビリーの言う「定期取引」の元本は400万ほどになった。
取引はすべて、取引所Aを通じて購入した仮想通貨を、取引所Bに入金する形で行われた。田中さんは7日間、資産の動きをBのサイト上から確認した。
「あるときこのBという取引所に専用のアプリがあることを知りました。そこでAppストアからアプリをインストールし、ログインしようとしましたが、何度やってもエラーになり、ログインできないんです。そのことをビリーに告げると、勝手なことをするなと珍しく強い口調で非難されました。その後、アプリならこれを使うようにと、ブラウザ上からインストールできるURLが送られてきました。取引所AのアプリはAppストアからインストールできたのに……」
ビリーに言われインストールした取引所Bのアプリは、田中さんがApple公式のAppストアからインストールしたものとは、デザインもテキストもまるで異なるものだった。それもそのはず、取引所Bは、実際に存在する仮想通貨取引所の名を騙り精巧に作られた偽サイトだったのだ。そうとは知らない田中さんは、徐々に膨らむ漠然とした不安を抱えながら、予定された7日間が過ぎるのをただじっと待つよりほかなかった。
しかし事態はこれで一件落着とはならなかったのである。
【筆者】 紫原明子(エッセイスト) 1982年、福岡県生まれ。男女2人の子を持つシングルマザー。 個人ブログ「手の中で膨らむ」が話題となり執筆活動を本格化。著書に『家族無計画』(朝日出版社)、『りこんのこども』(マガジンハウス)。またエキサイト社と共同での「WEラブ赤ちゃん」プロジェクト発案など多彩な活動を行っている。