一度放棄してしまった求償権を再度主張したい。不倫経験のある男性からこんな相談が弁護士ドットコムに寄せられています。
例えば、夫が不倫した場合、夫と不倫相手は共同で妻に対し、不法行為をしたことになります。そのため、二人とも慰謝料を支払う義務を負いますが、仮に妻が不倫相手にだけ慰謝料請求をした場合、不倫相手は夫に対し一部負担を求めることができます。これを求償といいます。
相談者の男性は元不倫相手の夫との示談書に「元不倫相手への求償権を放棄する」と記載しました。しかしその後、数百万円という多額の慰謝料を請求され、「元不倫相手にも慰謝料を支払ってもらいたい」と考えるようになりました。
騙されたり脅迫されたりしたことはありませんでしたが、男性は「私自身、求償権の放棄の意味をしっかり分かっていませんでした」とこぼします。相手方は簡単に求償権の放棄の撤回を認めるとは思えないので、裁判になっても良いと相談者は言っています。
男性は「裁判になってもいい」と話していますが、一度放棄してしまった求償権をもう一度主張することはできるのでしょうか。鳥生尚美弁護士に聞きました。
●書面をもって明確に放棄した求償権を主張することは難しい
——詐欺や脅迫ではなくても、一度放棄した求償権を主張することはできますか
まず、合意書の作成は紛争の全体的な解決を見据えた上で行うべきで、慰謝料の金額が決まっていない状況で、元交際相手への求償権だけを放棄するという内容の合意書に署名をするというのは、避けるべき対応です。
そして、今回のような特異な合意書が作成された経緯にもよりますが、基本的に、一度、それも書面をもって明確に放棄した求償権を主張することは難しいというべきでしょう。
不貞行為の慰謝料がどの程度になりうるか、求償権というのがどういうものなのかということを「知らなかった」というのは、自分がした意思表示の効果を否定する理由にはなりません。
——訴訟になった場合でも、同じでしょうか
経過からして話し合いでの解決が難しく、訴訟になった場合について考えてみます。裁判では、今回の不貞行為に対する慰謝料として相当な金額がいくらかということを双方から主張立証していくことになります。
その際、作成済みの合意書の内容や交渉経過の記録などからして、「求償権の放棄」を内容とする書面が、不貞行為による慰謝料請求権のうち、自身の配偶者に対する慰謝料請求をせず、交際の相手方固有の負担部分についてのみ請求をすることを内容とするものだということがはっきりすれば、その範囲の額での慰謝料が認められる可能性があります。