科学的証明では、法的に認められた父子関係を取り消せない――。DNA鑑定で血縁関係がないことが証明された場合、父子関係が取り消されるかどうかが争われた訴訟の上告審で、最高裁第1小法廷(白木勇裁判長)は7月17日、「科学的に明らかであっても、子どもの身分を法的に安定させる必要性はなくならない」として、父子関係を取り消せないとの初判断を示した。
報道によると、今回は、北海道、関西、四国の3件の訴訟について、判断を下した。北海道、関西の訴訟については、母親が子どもの代理人として、DNA鑑定をもとに父子関係の取り消しを求めたが、認められなかった。四国の訴訟については、DNA鑑定で子どもと血縁関係がないことが判明した父親が、父子関係の取り消しを求めたが、認められなかった。
DNA鑑定の活用が今後さらに進む可能性がある中、今回の判決をどうみればいいのだろうか。また、制度を改める余地はないのだろうか。家族関係の法律にくわしい田村勇人弁護士に聞いた。
●今回の判決は「親子関係の安定」を重視
「今までの最高裁判例の流れを踏襲した判決です」
田村弁護士は今回の判決をこう評価する。具体的にはどういうことだろうか。
「これまで最高裁は、民法772条に基づいて、遠隔地での別居など、夫婦間の肉体関係が全く存在しない客観的事情がない限り、婚姻中に生まれた子どもは『妻と婚姻関係にある男性の子』であると推定しています。
そして、その男性が子どもの出生を知ってから1年が経過した後には、たとえDNA鑑定で血縁上の父親でないと証明されても、法的に推定される親子関係を否定できないと判断してきたのです。
つまり、婚姻関係にある男女(正確には結婚してから200日経過後、離婚してから300日以内)の間に産まれた子どもの『法律上の父親』とは、『血縁上の父親』ではなく、『出産した女性の夫』としてきたのです。
もし疑問があるのであれば、『法律上の父親』は、1年以内に申し出ないと父子関係を否定できません(民法777条)」
今回の裁判では、この例外にあたるかどうかが争われたが、結局、最高裁は従来の考え方を踏襲したというわけだ。
「今回の判決自体は、従来通り『親子関係の安定性』を重視した判断となっています。
つまり、生後1年が経過するまで親子関係が疑われるような問題が生じなかった以上、その後『血縁上の親子関係』が否定されたとしても、それまで安定していた親子関係は否定できないということです」
しかし、「血縁上の親子関係」でないことが判明したのに、関係者は納得できるのだろうか。
「結局のところ、子どもの『安定した親子関係という利益』を重視するか、父親とされた男性の『血縁上つながりのない子どもを育てなければいけない不利益』を重視するか、という価値判断をして、子の利益を重視しているだけなのです。
父親とされた男性の利益を優先すると、『血縁上の父親が見つからない』というよくあるケースの場合に、ある日突然、子どもから父親を奪うことになってしまいます。
『妻対夫』や『嘘をついて育てさせた妻が許されるのか?』という問題とは別問題であることに注意すべきです。
そうすると、難しい価値判断ですが、『子どもの利益』を重視する判決は、現在の法律の範囲内では妥当ではないかと思われます。特に今回、北海道と関西のケースでは、父親側が、これまで通り父親であることを希望しています。その意味でも、妥当な判決だと思います」
なるほど、あくまで、子どもにとって法的に「安定した親子関係」をもたらすことを重視した判決のようだ。
●裁判官5人中3人が「立法的措置」に言及
ただ、今回の判決が、現在の法律の範囲内で妥当なものだったとしても、DNA鑑定が今後も活用されることを考えると、明治時代に作られた法律そのものに問題はないのだろうか。
最高裁の判決文では、5人の裁判官のうち3人が、補足意見として「立法的措置」に言及している。たとえば、櫻井龍子裁判官は「国民の意識、子の福祉、プライバシー等に関する妻の側の利益、科学技術の進歩や生殖補助医療の進展、DNA検査等の証拠としての取扱い方法、養子制度や相続制度等との調整など諸般の事情を踏まえ、立法政策の問題として検討されるべき」と述べている。
では今後、どんな政策が必要なのだろうか。
「この問題は、他の法制度や判例、家族関係をめぐる現状も考えなければ、答えは出ません。
まず、家族関係については、次のような現状があります。
(1)通常、出生から1年が経過しないと、DNA鑑定や血液型の検査は行わない
(2)血縁上つながりのない父親の場合、母親に支払った『養育費』を不当利得として取り返せない(最高裁判例)
(3)不倫などの不貞行為の『慰謝料』が比較的安い
そうなると、子どもが生まれてから1年が経過した後になって、自分の子どもと『血縁上のつながり』がないことが判明したとしても、その父親を待ち受けているのは、次のような事態です。
(1)子の出生から1年を過ぎてしまうと『法的な親子関係』を否定できない
(2)『養育費』も支払わなければならない
(3)母親から受け取る『慰謝料』では養育費をまかなえない
こうなると、父親としては『踏んだり蹴ったり』ですよね」
●出生と同時に「DNA鑑定」すべき
どうやって、この問題を解消すべきなのか。
「このような事態を避けるために、次のような対策が考えられます。
(A)子の出生と同時に『DNA鑑定』を行うことを常態化する
(B)民法777条(夫が父子関係を否定する場合、子どもの出生を知った時から1年以内でなければならない)の期間を『3年程度』に延ばす
(C)『養育費』として支払った金額を妻や血縁上の父親に請求できるよう、法律を改正するか、判例で認める
(D)このような事案については、母親から支払われる『慰謝料』の額を大幅に増やして1000万円単位にする
Dについては、実際に慰謝料の請求が認められたとしても、支払いが本当に可能なのかという問題があります。そこで、私としてはA、B、Cの3つによって解決を図るべきだと考えます」
●立法的措置に関する議論を深めるべき
では、Aのように「DNA鑑定」の実施を前提とすることで、どう変わるのだろうか。
「DNA鑑定によって父親との血縁上のつながりがあることがより明確になれば、父子関係がさらに強固になります。もし、つながりがなければ、父親にはその子を自分の子として養育するかどうかの選択肢が与えられます。
子どもにとっても、『血縁上の父』を早期に探すきっかけになります。子どもの『血縁上の父親に育てられる』という利益も考慮すべきです。
母親としては反対する理由はないでしょう。反対するのは、何か思い当たる節がある母親だけです。
なお、出生前にDNA鑑定することも考えられますが、胎児や母体への危険性を伴うので、避けるべきです。なかには『夫の子でないことがばれたら産みたくない』という女性もいるかもしれませんが、そのような身勝手な主張は無視していいでしょう」
出生と「同時」にDNA鑑定を行うことがポイントになりそうだ。そうすれば、父子関係の否定も可能になる。
では、B(父子関係の否定が可能な期間を1年間から3年間に延長)やC(支払った養育費を請求できる)は、どんなものなのだろうか。
「Bについては、父子関係が安定するまで現状よりも時間を要するようになりますが、父親の利益に配慮して、期間を延長するという解決法です。
Cは、経済的な点だけの救済になりますので、AやBとあわせて改正を考慮すべき内容だと思います」
今回の判決を受けて、さらなる混乱を招かないためにも、新たな立法政策の論議を活発化させてほしいところだ。