シンガポール発のびん詰めティラミス「ティラミスヒーロー」と酷似したブランドロゴを商用登録していたことが発覚して、国内のティラミス専門店「HERO'S」が大炎上した。「HERO'S」は1月22日、ホームページで謝罪したうえで、ロゴについて「使用権をお渡しする」という方針を発表した。
「HERO'S」は2018年6月に設立されて、同年8月に「ティラミスヒーロー」を商標登録。今年1月20日、東京・表参道に1号店をオープンさせていた。マント姿の猫のキャラクターが描かれたびん詰めのティラミスを販売。イメージキャラクターとして、俳優の三浦翔平さんを起用している。
一方、シンガポールの「ティラミスヒーロー」は2012年、創業した。こちらも、マント姿の猫のキャラクターが描かれているびん詰めのティラミスで、むしろこちらが「本家」といえるものだった。しかし、後発組ともいえる「HERO'S」による商標登録により、日本では「ティラミスヒーロー」から「ティラミススター」に変更せざるをえなくなったという。
本家「ティラミスヒーロー」は2018年12月、「私達のオリジナルブランドロゴがコピーされ、只今日本で使用できなくなってしまいました。私達が大好きな日本でこのような事が起きた事を大変残念に思っています」と声明文を掲載していた。
ネット上で「乗っ取りだ」と大炎上した「HERO'S」は、ロゴについて「使用権をお渡しする」と事態を収束させようとしているが、はたして、法的にはどう考えればいいのだろうか。冨宅恵弁護士に聞いた。
●『HERO'S』の商標登録については、無効になる可能性が高い
「今回の問題を考えるにあたり、日本の会社『HERO'S』によって登録されていた商標が有効なのかどうかという問題と、『HERO'S』のサービス表示やキャラクター使用に問題がないのかということを区別して検討する必要があります」
では、『HERO'S』によって登録されていた商標の有効性の問題については、どう考えればいいのか。
「商標が登録されると絶対的な権利として存続するかというと、そうではなく、登録された商標であっても、特許庁に請求することで、そもそも登録されなかった商標として無効にすることができます。
商標法では、登録された商標を無効にすることができる理由が多く定められていますが、それらの理由の中に、他人の周知な出所表示(一定の商標を使用した商品等は一定の出所から出たものであることを示すこと)に類似している、他人の業務に係る商品や役務と混同を生ずるおそれがある商標があります」
今回の問題に当てはめるとどうなるのか。
「今回、『HERO'S』によって登録された『ティラミスヒーロー』、『THE TIRAMISU HERO』、キャラクター『アントニオ』をあしらったロゴなどは、シンガポールの会社が、2013年8月以降、日本で瓶詰ティラミスを販売する際に使用していたものであり、シンガポールの会社の瓶詰ティラミスは、2014年1月から現在まで百貨店各店などでも販売されています。
シンガポールの会社の販売実績やネットなどでの取りあげられ方を前提とすると、先ほど説明した、他人の周知な出所表示に類似している、あるいは、他人の業務に係る商品や役務と混同を生ずるおそれがある商標であると判断され、登録が無効にされる可能性が高いと考えています。
また、商標の登録を無効にしなくても、商標権は、その商標が登録出願された際に、不正競争の目的がなく、登録された商標と類似の出所表示を使用していたとしても、その出所表示が需要者の間で広く認識されているときには、商標権の効力は及びません。
ですから、『HERO'S』が先回りして商標登録を行っていたとしても、シンガポールの会社が以前から使用していた出所表示の使用を差止めたり、損害賠償を求めることができない可能性が高いと考えています」
●キャラクターが類似しているとは考えにくい
では、「HERO'S」が現状のキャラクターを使用することには問題がないのか。
「商品やサービスの出所表示は、商標登録されることで全国的な保護を受けることができるわけですが、商標として登録されていなくても、周知な出所表示であって、それと類似する表示を使用することによって需要者に混同を生じさせるおそれがある場合には、表示が周知になっている地域では不正競争防止法によって保護されています。
シンガポールの会社は、日本で使用してきた出所表示を商標登録していなかったわけですが、周知となった出所表示に類似した出所表示の使用を差止める、類似した出所表示を使用している者に損害の賠償を求めることができます。
シンガポールの会社と、「HERO'S」が使用しているキャラクターは類似しているといえるのか。
「『HERO'S』が店舗展開で使用しているキャラクターと、シンガポールの会社の『ティラミスヒーロー』のキャラクター『アントニオ』との共通点は、瓶詰めティラミスの販売にあたり『ねこ』をモチーフとしたキャラクターを使用しているという点で共通していますが、具体的な表現は異なりますし、『ねこ』をモチーフとしたキャラクターは多く存在しますので、詳細な表現比較が行われることになります。
この結果、両社のキャラクターは出所表示として類似しないと判断される可能性が高いと思います。
なお、出所表示として使用されているキャラクターは、見方をかえれば著作物でもあり、著作権法によって保護されることになりますが、著作権は、アイデアを保護するものではなく、現実に存在する表現を保護する権利ですので、アイデアが共通しているというだけでは著作権侵害になりませんので、『HERO'S』が著作権を侵害していると判断されることはないと考えています」
●名称も類似しているとは考えにくい
両社のブランドの名称についてはどう考えればいいのか。
「シンガポールの会社は、『ティラミスヒーロー』や『THE TIRAMISU HERO』という名称を使用していますが、『HERO'S』は、『ヒーローズティラミス』、『HERO‘S TIRAMISU』という名称を使用しています。
出所表示が類似するかどうかは、『外観』、『呼称』、『観念』の3つの要素を総合的に評価して判断されます。
両社の名称で特に出所表示として強く機能する部分は、『ヒーロー(HERO)』、『ヒーローズ(HERO‘S)』の部分で、この部分が類似しているため両者の名称は類似すると評価することもできるのですが、『外観』の点で大きく異なりますので微妙な判断になるのではないかと考えています。
ただし、両社は、今回の騒動を受けて、互いに関係がないことを表示していますし、需要者の間でも両者が異なるものであるとの認識が広まっています。
このような事情も考慮するならば、両社の名称は、類似していないと考えてもよいのではないかと思っています」