「すごく近いんですけどいいですか」。タクシーに乗る際、初乗り運賃の範囲内で降りそうな距離だと、このようなことを言って乗車する人もいるでしょう。「大丈夫ですよ」と快く乗せる運転手もいれば、「そうですか」と残念そうに冷たい反応を見せる運転手も一部にいます。また、ごく一部と信じたいですが、「それなら他の車に乗って」と乗車を断られるケースもあるようです。
タクシー運転手としては長時間、「空車」の表示で客待ちをしていたり、道路を走行したりしているときに、せっかくつかんだ客が初乗り程度の距離で降りてしまうのはがっかりするのかもしれません。ただ、道路運送法はいくつかのケースを除き、「運送の引受けを拒絶してはならない」(13条)と規定しています。
タクシー運転手は具体的にどのようなケースなら断っても問題ないのか、中村憲昭弁護士に聞きました。
●近距離乗車は拒めない
「ご指摘のとおり、タクシー運転手は特定の場合を除き、運送の引受けを拒絶出来ません。これは、タクシー事業が国土交通大臣の許可事業であることから、運送の引受義務を法律として定めたものです。
ーー例外はないのでしょうか
「法律上、運送の引受けを拒絶出来る場合が例示されているほか、タクシー業務の適正化のための特別措置法にも規定があります。
具体的には、タクシー乗車禁止地区の指定がなされている地域において、タクシー乗り場以外の場所から乗車の申し込みがなされた場合は、乗車を拒否することが出来ます。運送に適した設備がないとき、あるいは運送に関し、申込者から特別の負担を求められたときも乗車を拒否出来ます」
ーー仮に速度制限を大幅に無視して走るようなことを求められたら乗車拒否できますか
「はい。法令の規定又は公の秩序若しくは善良の風俗に反する運送を求められた場合や、天災その他やむを得ない事由による運送上の支障があるときも乗車を拒否できます」
ーー近い距離を乗る場合はいかがですか
「近距離乗車については、法律や政令で認められた乗車拒否理由に含まれていません。そもそもタクシーが許可事業とされたのは、タクシー業界の保護もさることながら、主な目的は利用者の利益保護にあります。新規参入を制限して業界を保護している以上、顧客選択の自由は一定程度制限されるのもやむを得ないことです。
許認可事業であるタクシー業界には、苦情申立てを受け付ける適正化機関が設けられています。例えば東京なら、『公益財団法人 東京タクシーセンター』という機関があります。乗車拒否等があれば、そちらに苦情申立てをするのも一つの方法でしょう」