両備グループ(岡山市北区)が2月8日、両備バスと岡電バスの赤字31路線の廃止届を国土交通省に届け出たと発表した。公式HPで「地方における公共交通の窮状を広く世間に知っていただくとともに、現行の路線バス行政に対する問題提起の趣旨で提出させて頂いた」と説明している。
問題視したのは、同グループの主力路線に新たに他社が参入申請したことだ。「黒字路線を狙い撃ちにした進出」と指摘し、2002年に行われた規制緩和で、バスの需給調整が廃止されて、参入が自由化されたことについて、「他社の新規参入や運賃値下げを余儀なくされる状況が発生し、何とか維持してきた路線の縮小、撤退をせざるを得ない状況」と説明した。
今回の問題をめぐっては、「規制緩和がやはり悪だった」、「新規参入者は適正な価格設定なのか」という意見や、「赤字路線をどうするのかという問題と規制緩和は別問題」、「沿線自治体や住民など、関係者間での議論が尽くされていない」、「自治体が調整の役割を果たしていない」など、様々な意見が出ている。
今回の問題を通じて、何が見えてくるのか。バス産業に詳しい、東京海洋大の寺田一薫教授に話を聞いた。
●2002年の規制緩和後に起きたこと
ーーまず「規制緩和の弊害」という問題について考えてみたい。もう16年も前のことになりますが、規制緩和をして何が変わったのでしょうか。
「バス事業の規制緩和については、2002年の路線バスの規制緩和がおこなわれる2年前の2000年に、貸切バスで規制緩和があり、大きな影響が出ました。価格競争が行われ、その結果、安全面が後回しにされ悲惨な事故が起きたという主張もされています。
ただ、2002年の乗合バスの規制緩和については、路線の休廃止が増えたとよく言われますが、休止・廃止キロの推移を見ると、それ以前と比較しても大きな変化は見られません。地方自治体などが運営するコミュニティバスや、廃止される路線を引き受ける形の新規参入を除いて、乗合事業への参入は少なく、新規参入したとしても数年後には撤退したケースも多いです」
ーー同じ規制緩和でも、なぜ貸切バスと乗合バスでここまで新規参入に差が出たのでしょうか。
「新規参入事業者が既存業者並みのバスネットワークを構築できるかどうかという点に尽きるでしょう。
例えば、事業を始める際に必要な最低車両数で比較すると、貸切バスは営業区域ごとに5両を持っていれば事業ができますが、乗合バスの場合は制度上最低車両数として5両の常用車と1両の予備車が必要です。ただ路線バスの場合、実際にやっていくには、その最低車両数の6両だけだと十分な輸送力も確保できず、良いサービスは提供できません。
バス利用者にとって影響が大きいのが本数です。結局安くしても使い勝手が悪いと、利用者は去っていきます。また、1路線だけ運行したとしても、それではバス運転手の時間が余ってしまう。ある程度多様な路線がないと、効率的な運行はできず、採算が取れないのです。新規参入が難しいからこそ、地方都市において既存のバス会社のシェア率が高い傾向にあります」
ーー今回の両備の問題は、規制緩和に大きな原因があるのでしょうか。
「新規参入があるということは、その路線で利益を確保できるという見込みがあるからでしょう。両備が主張する『新規参入者は適正な価格設定なのか』という論点はありますが、事業計画認可申請が行われ基準に適合していれば制度上は認可がなされます。不適正とまで言えないのであれば、これは単純に価格競争の問題です。
バスを規制する道路運送法には、ライバルと大きく重複する運行に対して変更を命じる『クリームスキミング』の規定があります。しかし適用が難しいのが現状です。今回と同じような混乱があちこちで起きるならば、発車時間が5分ずれていれば参入を認めるなどのわかりやすいルールにすべきです。
今回の両備の主張の特徴は、赤字路線の廃止を持ち出してきたことです。黒字路線の利益を赤字路線にまわしてきたから、黒字が減れば、赤字路線も支えられない、という考え方のようですが、黒字路線の競争をどうするのかという問題と、赤字路線をどうするのかという問題は本来は別の問題であり、切り分けて考えた方がいいでしょう。
今回の問題でも、さっそく自治体が要望活動などに動き出しました。赤字路線をどうするのか、という問題は、規制緩和の問題としてではなく、自治体との間でどうするのかを考えた方がいいでしょう。少子高齢化の時代で、こういった問題は各地で起きています」
●地方路線のサポート、自治体によって温度差
ーー2月16日に岡山市内で開かれた衆院予算委員会の地方公聴会において、両備グループ代表の小嶋光信代表は「需給バランスが崩れた地方路線を根本的に支える仕組みが必要」と話したそうです。(山陽新聞digital 2月16日)。利用者が少ない地方路線は、どうしていくべきですか。
「こうした地方路線については、自治体が運行を補助したり受託したりする方法で対応するしかないと思います。ただ、自治体によって温度差があり、まだまだ自治体がバックアップするという意識が低いのが現状です。今回の両備グループが提出した廃止届も、自治体への強いメッセージでしょう。
例えば鉄道駅と住宅地を結ぶ支線バスが廃止になった場合、自治体が乗合タクシーやコミュニティバスなどで補完したり、一部を買い戻したりするやり方があります。ただ、自治体は市町村にまたがった路線の廃止への対応が不得手な傾向にあります。
今回の両備グループの件についても、岡山市を含む4市にまたがっています。市町村が主催で都道府県や運輸局、事業者、住民などで連携計画を策定する「法定協議会」で議論されることになると思います。
バス会社と自治体は協力して住民の足の確保に取り組むべきですが、ときには今回のような利害対立もおきます。自治体自身も、運行費用や利用者のニーズを知り、バス会社の主張を冷静に受け止めるなくてはなりません。解決のために岡山市周辺の3市が連携に向かっているようですが、常日頃から自治体が広域的に情報交換や交通計画の調整をしておくことも大事です」
【プロフィール】
寺田一薫(てらだ・かずしげ)。1957年生まれ。慶應義塾大商学部卒。東京海洋大学大学院海洋工学系流通情報工学部門教授。専門は交通政策、都市交通、港湾経済など。著書に「地方分権とバス交通―規制緩和後のバス市場」(勁草書房)など。