死者59人、負傷者500人以上という米国史上最悪となったラスベガスの銃撃事件。報道によると、容疑者の男は10月1日、中心部のホテルから隣接するコンサート会場を狙って銃を乱射、人々がパニックに陥る中、警察が男の居場所を突き止めて部屋に突入したという。
この事件では、現場にいた多くの人々がInstagramやTwitter、Facebookなどで事件の様子を動画や写真をリアルタイムで投稿する一方、地元のラスベガス警察はTwitterで「警察や特殊部隊の位置をネットで中継したりシェアしたりしないでください」と呼びかけた。SNSで容疑者が警察の戦略を知ることで、危険な状態に晒されることを恐れたためだ。
2015年11月に起きたパリの同時多発テロでも、容疑者の捜索が続くベルギーの首都ブリュッセルが厳戒態勢に置かれる中、ベルギー警察がTwitterで警察の動向をSNSにアップすることを自粛してほしいと投稿した。
これを受けて、ネットユーザーたちはブリュッセル厳戒態勢のハッシュタグを使い、警察とは無関係の猫画像を次々と投稿。容疑者が警察に関する情報にアクセスすることを妨害しようと協力した。
もしも、国内で同様の事件が起きて、警察からSNSで中継や投稿をしないよう呼びかけがあったにも関わらず無視した場合、どのような法的問題に発展しうるのか。清水陽平弁護士に聞いた。
●警察の呼びかけに応じないと公務執行妨害罪になる?
「警察がSNSへの投稿を自粛するように呼びかける事態は、今のところ日本で聞いたことはありませんが、今後、そのような呼びかけがされる可能性はあると思います。しかし、これに法的に応じる必要があるかというと、基本的に『ない』という結論になると思います」
例えば、SNSの投稿によって、警察の緊急対応に支障をきたした場合、何か罪に問われる可能性はないのだろうか。
「警察の指示等に従わないことで成立が考えられる罪としては、公務執行妨害罪や偽計業務妨害罪などが考えられます。しかし、公務執行妨害罪は、公務員が職務を執行するにあたって、『暴行又は脅迫』を加えた場合に成立するものです。SNSへの投稿をするということは、『暴行又は脅迫』に当たらないため、公務執行妨害罪が成立することはありません。
また、偽計業務妨害の成立には、『虚偽の風説を流布し、又は偽計を用い』ることが必要であり、『偽計』とは、人を欺罔(きもう=だまして人を錯誤に陥れること、または人を欺く行為)し、または人の錯誤や不知を利用することとされます。
SNSに投稿される情報は、『ここに警察がいた』『警察がこういったことをやっていた』というものと推測され、こういった投稿によって警察の動向等が一定程度分かるという側面はあるものの、虚偽の風説とはいえず、また、個々の投稿内容は、一般人から観測できる程度の情報に過ぎず、秘匿性が高いものともいえず、これを指摘しても『偽計』が用いられているともいえません。したがって、偽計業務妨害罪の成立も難しいように思われます」
●SNSの投稿によって、犯人が逃げてしまったら…?
SNSの投稿によって警察の動向を知った犯人が逃走したらどうなる?
「犯人隠避(いんぴ)罪の成立が考えられます。『隠避』とは、場所を提供して犯人を匿う以外の方法で、官憲の逮捕、発見を妨げる一切の行為を指すとされます。そのため、たとえば犯人がSNSから情報を得て、捜査がされていない方に向かうといったことになれば、発見を妨げる行為に当たり得ることになります。
そして、同罪は故意犯ですが、犯人が発見されにくくなることを認識していれば(未必の)故意もあるとされそうです。したがって、状況によっては犯人隠避罪が成立する可能性があります。もっとも、SNSへの警察の状況を投稿しただけで犯人隠避罪として摘発されるという事態は、あまり考えがたいところです。したがって、実際にこれが適用されることはないのではないかと想定されます」
では、SNSの運営事業者に当該の投稿を削除してほしいと警察が要請したら?
「法的には誰かの権利を侵害しているというわけではないので、事業者側に削除する義務があるとすることは難しいでしょう。もっとも、犯人隠避罪が(形式的には)成立するような状況があれば、協力するべきといえます。
このように、警察がSNSへの投稿を自粛するように呼びかけたとしても、それによって違法とされたり逮捕されることは、現実的にはあまり考えられないところです。しかし、捜査機関の要請に協力することで犯人逮捕が早くなる可能性があるなど、市民にとってもメリットがあることを考えれば、要請には協力するべきだろうと考えます」