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性犯罪の刑法改正、欠けた視点 伊藤和子弁護士「日本は性的自由が軽く見られている」
伊藤和子弁護士(2019年9月、弁護士ドットコム撮影、東京都)

性犯罪の刑法改正、欠けた視点 伊藤和子弁護士「日本は性的自由が軽く見られている」

2019年3月、性犯罪事件の無罪判決が相次いで4件報じられ、批判が広がった。性犯罪の規定が大幅に変わった刑法改正から約2年。「誰が見ても、この実態はおかしい」。性被害の当事者団体からは、現在の刑法についてこう声が上がる。

このほど出版された『なぜ、それが無罪なのか!? 性犯罪を軽視する日本の司法』(ディスカヴァー携書)の著者である伊藤和子弁護士は、「2017年の改正で少しは改善されたが、依然として性被害の立件には高いハードルがある」と指摘する。

4件の無罪判決のうち2件は、男性側に故意はなかった(同意があると誤信した)として、無罪になっている。

伊藤弁護士はより良い制度として、「不同意の定義を定め、不同意性交を処罰する」「抵抗ができない事情として、深刻な恐怖、薬物の影響などの規定を入れる」などの提言をしている。現在の法律にはどのような点が欠けているのか、法改正はどうあるべきか。話を聞いた。

●見直されなかった「暴行脅迫要件」

ーー4件の無罪判決とその反響を、どう見ましたか

4件の無罪判決も劇的ですが、過去にもこうした裁判例はありました。メディア側にも問題意識が共有されてきて、ようやく報道されるようになったことは一つの変化だと思います。これまで沈黙させられてきた人たちも、「ようやく言ってもいいのかな」と思えるようになってきたと思います。

ーー性暴力被害者を待ち受ける高いハードルとして、強制性交等罪の「暴行または脅迫を用いて」という要件があると指摘しています

日本では、13歳以上の男女に対して「暴行または脅迫」を用いて性行為をした場合、刑法の強制性交等罪(13歳未満の男女の場合、暴行脅迫要件はない)、「心神喪失または抗拒不能」となった人に性行為をした場合、刑法の準強制性交等罪が成立します。

過去の判例では、この「暴行または脅迫」が「被害者の反抗を著しく困難ならしめる程度」である必要があるとされています。

刑法が作られた明治時代から、刑法は謙抑的であるべきで、厳格な構成要件のもと、犯罪と非犯罪の境目がしっかりしているべきだという考え方があります。

しかし、いまや現行規定は性犯罪や性暴力の実態とあっていません。2017年7月の刑法改正でもこの「暴行脅迫要件」が見直されず、現在にまで至っています。

●暴行ランク、「強制性交等罪」はもっとも強い程度を求められる

ーー著書では「公務執行妨害罪が成立するには広義の暴行があれば足りるのに対し、強制性交等罪は最狭義の暴行がなければ成立しない」と述べています。これはどういう意味ですか

刑法では同じ「暴行」という用語でもランクがあり、最広義、広義、狭義、最狭義と程度が分かれています。

最狭義の暴行は、人の反抗を抑圧するのに足りる程度の人に対する有形力の行使とされ、強制性交等罪のほか、強盗罪などに適用されます。強制性交等罪においては、被害者の抗拒を著しく困難ならしめる程度と若干緩和されますが、これも最狭義暴行の範疇であると考えられています。強制性交等罪では、暴行が非常に強い程度であることが求められているのです。

ーー強制性交等罪の構成要件とされている「暴行または脅迫」は、暴行罪における暴行よりも強い暴行がなければ成立しないということですか

そうなんです。法律家の常識は、世間の非常識。一般の人からするとびっくりする部分だと思います。難しい話ですが、あえて書いてみました。

この要件がいかに厳しいかは、窃盗など財産犯と比較してみるとより分かりやすいと思います。

人の財産を奪う罪は、暴行脅迫の程度によって3段階あります。

窃盗罪は承諾なく他人の財物を窃取することで、暴行脅迫は不要です。恐喝罪は人を怖がらせて財産を取り上げることで、暴行脅迫の程度は反抗を抑圧するに至らない程度で足りるとされています。そして、強盗罪が、相手の反抗を抑圧する程度の暴行脅迫を用いて、他人の財物を強取することです。

強制性交の場合、窃盗罪や恐喝罪と同じ類型の犯罪はなく、暴行脅迫を用いて行われたものしか、犯罪が成立しません。

これは、性的自由が軽く見られていることの裏返しではないでしょうか。せめて財産並みに性的自由を保護し、最狭義の暴行、強迫がなくても性的自由を侵害する行為を犯罪とすべきだと思います。

●暴行脅迫要件は、加重要件にすべき

ーー暴行脅迫要件を撤廃することには反対意見もあり、2015〜16年にかけて開催された法制審議会でも議論になりました

反対論の中には「単なる性行為が違法になるのか」という誤解がありますが、そういうことを言いたいわけではありません。

少なくともドイツの性的強要罪(刑法第177条1項)は、不同意性交について「他の者の認識可能な意思に反して」性的行為した場合と定めています。これは相手が分かるようにNOと言っているなど、明示・黙示的に拒絶の意思がはっきりしているときに有罪とすべきだというものです。

相手が嫌がっている、無理やり性交されたことが証拠上明らかな時は、救済すべきだと思います。そして、暴行脅迫要件は、加重要件にすべきです。これは日本でも、財産に関する罪で既にやっていることなのです。

●諸外国では?

ーードイツの話が出ましたが、諸外国では、どのように性犯罪の規定を定めているのでしょうか

相手の同意がないまま、相手が拒絶しているのに性行為することそのものを犯罪として処罰する国が増えつつあります。イギリスの性犯罪法、アメリカのニューヨーク州法、カナダの刑法、スウェーデンの刑法などです。

カナダでは、同意とは「性的行為を行うことについての被害者の自発的な合意」を意味し、被害者が言葉や行為で合意の欠如を示したり、一旦同意した後に同意がないことを示したりした場合にも、同意が認められないとされています。

●不同意以外の要件も具体的に

ーー法制審議会では、不同意を要件とした場合、「外形的な証拠がない場合に被害者の主観を証明するのはかなり難しい」との意見もありました

諸外国でも、不同意以外の要件を課している国はあります。ただ、日本のように非常に強い「暴行脅迫」「抗拒不能」の要件ではなく、幅広く抵抗できない状態を例示しています。

フィンランドでは「意識の喪失、疾患、障害、畏怖状態、又は他の抵抗できない状態に乗じて」性交をした場合、レイプ罪になります。

スウェーデンでは、被害者が自発的に参加しているかどうかがレイプ罪としての認定に関わりますが、被害者が「無意識、睡眠、深刻な恐怖、酩酊その他薬物の影響、疾患、身体障害、精神障害もしくはそのほかの状況」の場合は自発的関与がないとしており、非常に明確です(刑法第6章第1条)。

何が抗拒不能かあいまいなままでは、何をやったらいけないのか、というのが明確に行為者に示されませんし、「故意がない」と被告人の認識という部分で無罪になる可能性が広がります。抗拒不能要件を改正して明確化することにより、そうした事態を防げると思います。

「疑わしきは被告人の利益に」という無罪推定を守るのと同じくらい大切なのは、構成要件は明確でなければならないという罪刑法定主義の要請です。しかし現在の日本の性犯罪の構成要件は、明確なのでしょうか。特に、抗拒不能の定義はあいまいで、要件の認定が個々の裁判官に任され、ばらつきが生じていると思います。

ーー2017年の刑法改正で、親などの監護者性交等罪が立場を利用して18歳未満の子どもと性交などをした場合、暴行脅迫がなくても「監護者性交等罪」に罪に問われるようになりました。さらに対象を広げるべきだと思いますか

これまでは実の親からのレイプにも、暴行脅迫要件があり、非常に大きな問題でした。実父からの性暴力を受けた山本潤さん(一般社団法人Spring代表理事)ら当事者が訴えて変わりましたが、改正後も諸外国から見ると立ち遅れています。

たとえば、他の国では、親だけでなく幅広く地位が上の関係にある人による性的行為を処罰しています。

韓国では「業務、雇用そのほかの関係により、自らの保護または監督を受ける者に対し、偽計又は威力により」姦淫した場合の処罰規定があります(刑法第32章303条)。

台湾では家族や後見人だけでなく、家庭教師、教育者、指導者、後援者など「自身の監督、支援、保護の対象となっている者に対する権威を利用した者」について、刑法第228条に処罰規定があります。

日本は遅れていることを自覚すべきだと思います。

●中高生への性教育も不可欠

ーー日本では性行為における同意という概念が、あまり広がっていません

私が事務局長をしている国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」のインターン学生から、興味深い話を聞きました。アメリカの大学に留学した際に、アメリカでは「無理やり性行為したら犯罪」という認識が当たり前になっていると知ったそうです。

ところが、日本に戻ってみると、日本でそうした教育がないことがわかり、「勝手に同意と受け止められて、性的暴力の対象になるのではないか」とショックを受け、日本は安全だと感じられないと言うのです。教育の落差は大きいですね。

「嫌よ嫌よも好きのうち」が広まっている日本人にこそ、言葉にするコミュニケーションが必要だと思います。「言わないのが普通」「言葉にしないほうがいい」ではなく、「嫌です」と言い、言われた側は「嫌なんですね」と引き下がればいい。

中学生や高校生への教育も大事だと思います。

ーー被害を打ち明けた人に対してバッシングする風潮も未だ根強くあります

自分の性暴力被害を話すと、この社会では「あなたがいけなかったんじゃないか」という意見が目につきます。「なぜそんな服を着ていたのか」「なぜついていったのか」と落ち度を責める風潮は今も変わっていません。

しかし悪いのは加害者で、被害者が責められるべきではありません。この点の認識を変えていく必要は大きいです。そうしないと結局、責められるのがつらくて誰にも言えないまま被害が続いていきます。

被害にあった人たちをこの社会が守っていくというメッセージを発信していかなければなりません。

(2019年10月7日21時05分:伊藤弁護士と協議のうえ、最狭義の暴行の部分について、表現を改めました)

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