10月28日、横浜市で、87歳の男性が運転する軽トラックが集団登校していた児童の列に突っ込み、1人が死亡、7人が重軽傷を負う事故が起きた。過失運転致死傷の疑いで逮捕された男性は、事故前日の朝に自宅を出てから帰宅せず、車で徘徊していた疑いがあることが報じられている。
朝日新聞の報道によると、男性は「ゴミを捨てに出た」と話す一方で、「どこをどう走ったか覚えていない」、「道に迷った」とあいまいな説明をしているという。3年前に運転免許の更新で認知症の検査を受けた際には問題がなかったが、警察は、精神鑑定のための留置を検討している。
もし今後の検査で認知症だと判明した場合、刑事責任はどうなるのだろうか。また今後、認知症の高齢者による事故を防ぐために、どのような仕組みがなのか。和氣良浩弁護士に聞いた。
●認知症が重度の場合、刑事責任を問われない可能性も
現状のドライバーの認知症対策はどうなっているのか。
「運転免許の更新の際に、75歳以上のドライバーは検査を受けなければならないとされています。検査の結果、記憶力・判断力が低くなっていると判定された場合、臨時適性検査(専門医の診断)を受け、その結果、認知症と診断された場合には、運転免許の取り消しや停止となります」
今回、もし認知症だった場合にどんな責任が発生するのか。
「車に乗って交通事故を起こした人の法的責任には、大きく分けて、刑事責任と民事責任があります(ほかに行政上の責任もあります)。
まず、自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気のうち、政令の定めるものの影響によって人を死傷させた場合、『危険運転致死傷罪』で処罰されます(自動車運転処罰法3条2項)。人を負傷させた場合は12年以下の懲役、死亡させた場合は15年以下の懲役が科されます。
認知症については、政令で特に定められていません。したがって、『危険運転致死傷罪』で処罰されることはなく、過失運転致死傷罪(同法5条)となります。7年以下の懲役・禁固または百万円以下の罰金に科されます。
ただし、認知症が重度の場合、責任能力がないとして、罪に問われない可能性も高いです(刑法39条1項)」
●民事の場合、加害者側が無過失を立証しないと賠償責任が生じる
では、民事責任はどうなるのだろうか。
「民事責任とは、被害者に対して、その交通事故によって受けた損害を賠償しなければならないという責任です。
少し難しくなりますが、一般的な損害賠償請求の場合、被害者側が加害者の過失などを立証しなければなりません。しかし、交通事故の場合には、被害者救済のために、過失の立証責任が転換されています(自動車損害賠償保障法3条)。
したがって、被害者側は、交通事故によって、生命・身体に損害を被ったことさえ立証すればよいのです。
これに対して、加害者は自らに過失がないことを立証しなければ、損害賠償責任が認められることになります」
認知症の影響で交通事故を起こした場合は、どうなるのだろうか。
「そのような場合、加害者側が『過失がなかった』と立証することは、ほとんどあり得ないため、自賠法によって、賠償責任が認められるでしょう。
ただし、重度の認知症の場合、責任能力がないとして賠償責任を負わないことになります(民法713条)。
また、加害者に賠償責任が認められたとしても、支払い能力がない場合が多いため、実際は自動車保険から補償を受けることになります。
なお、認知症の影響で事故を起こした場合については、加害者に重過失が認められるため、自動車保険は利用できないのではないかという不安の声を聞くことがあります。
しかし、自動車保険は被害者保護の意味合いが強いため、重過失では免責されません」
●高齢化にともなって交通事故が増えていく?
事故を起こした人の責任を問えない場合、遺族や被害者への賠償責任は誰が負うことになるのだろうか。
「もし仮に、重度の認知症患者が事故を起こした場合、本人に責任能力がないとして、刑事責任と民事責任のいずれも問えないことになります。
ただし、その認知症患者に監督義務者、たとえば配偶者がいる場合、その人が賠償責任を負うことになります(民法714条1項)」
今回の事件については、どう考えればいいのか。
「日本社会の高齢化が進む以上、今後も認知症の高齢者による事故は増えるでしょう。対策として、認知症と疑われる高齢者の免許の停止や取消しといった行政処分の強化に加え、運転をさせないために家族の協力も必要になるでしょう」