罪はあるが、刑は免除するーー。接触事故で女性に怪我をさせたとして、自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致傷)に問われていた70代女性に対して、横浜地裁が4月中旬、そんな珍しい判決を言い渡した。
報道によると、女性は交差点を車で左折しようとした際、自転車に乗った女性を転倒させ、首などに全治1週間のけがを負わせた。判決では、軽傷を認めた上で、傷害の軽さ、裁判への対応を長期間強いられたことから「刑の免除」を認めたという。
刑の免除は無罪とは異なるのか。今回はなぜ免除されたのか。この裁判の弁護人をつとめた増田智彦弁護士に話をきいた。
●「異例中の異例の判決」
「刑の免除とは、無罪と異なり、有罪ではあるが刑を科さないということです。刑の免除事由はさまざまです。たとえば、犯罪を自分の意思で中止する『中止未遂』(刑法43条ただし書き)や、正当防衛をやり過ぎてしまった場合の『過剰防衛』(刑法36条2項)などが刑の免除の理由にあたります」
増田弁護士はこのように述べる。今回のケースはなぜ刑が免除されたのか。
「判決の中で裁判所が最も重視したのは、ずさんな捜査と安易な起訴です。裁判所は、判決の中で『検察官において、被害者にうつ病等の精神症状があることも踏まえて、関係証拠をより慎重に検討していれば、いったん不起訴処分となった本件が、そのまま起訴されなかった可能性も否定できない』と述べ、検察官のずさんな捜査と安易な起訴を強く非難しています」
刑が免除されることは珍しいことなのか。
「刑の免除判決は、そもそも年に0~2件程度しかないとされています。そのうえ、公開されているものの多くは、親族間の犯罪であることを理由とするものです。検察官の起訴が不当であることを理由とする本件のような判決は、異例中の異例です」
●「捜査機関の捜査のあり方に警鐘を鳴らす、社会的意義ある判決」
「本件は、事故直後の診断で被害者の傷害の程度が極めて軽いと診断されたこと等から、一度不起訴処分とされました。にもかかわらず、被害者の執拗な働きかけを鵜呑みにした検察官が、十分な捜査をすることなく『症状固定までに約244日間を要する肋骨骨折等の傷害』を理由に公訴提起をしたという、本来あってはならない事案です。
検察官の証拠構造に異変を感じた弁護人は、期日間整理手続に付してもらったうえで、徹底的な証拠開示(事実上の補充捜査)を求め、本来であれば検察官が収集しなければならない客観的な証拠を入手して分析し、立証(反証)活動を行いました。
その結果、そもそも検察官が公訴事実の中心としていた重い傷害結果である肋骨骨折が存在しないこと(正確には交通事故よりも後に骨折が生じていること)、被害者が訴える痛みは交通事故ではなく、うつ病に起因している可能性が極めて高いこと等が判明しました。
もしも、被告人が勇気をもって全面的に争わなかったら、被告人は、自らの行為が原因となっていない肋骨骨折やうつ病による痛みを理由に処罰され、えん罪が生まれていたことになります。
検察官は、弁護人による弁護活動により明らかになった事実を受けて、証拠調べが終わった段階で、自ら、『加療約2週間を要する頚椎捻挫等の傷害』に訴因変更をしてきました。
証拠調べが終わった段階で、このような内容に訴因変更すること自体、極めて異例であり、検察官が誤って起訴をしてしまったことを認めたことの何よりの証左です。
裁判所も、事の重大性を認識し、『検察官が証拠を慎重に検討していれば、そもそも被告人が起訴されなかった可能性もある』という踏み込んだ判断をして、実質的には無罪ともいえる刑の免除判決を言い渡しました。
横浜地方検察庁が控訴を断念したため、判決は確定しています。本判決は、捜査機関の捜査のあり方に警鐘を鳴らす、社会的に意義のある判決であると考えています」