弁護士になる前、白鳥秀明さんは保健師であり、看護師だった。いまは、それらの経験を活かしながら、法的観点から医療・福祉業界をサポートしている。
「保健師の仕事は社会との接点が多く、現場では常に法的な問題も絡んできます。ただ、行政職員としてできることには限りがあります。個々の問題を法的に解決するサポートができればと、弁護士を目指しました」
保健師を退職後、法科大学院へ進学。そして挑戦した司法試験に合格した。現在は東京弁護士会が支援する法律事務所で活動しながら、医療・福祉分野の研修や執筆にも取り組んでいる。
全国でも数少ない「弁護士・看護師・保健師」のトリプルライセンス。その稀有なキャリアは、どのように形づくられたのだろうか。(取材・文/塚田恭子)
●「意義のある仕事がしたい」 看護大学へ進学
自分の一生で、意義のある仕事がしたい──。そう考えて、白鳥さんは看護大学への進学を決めた。その背景には、学生時代に関わった「あしなが育英会」のボランティア経験があったと話す。
「私は中学のときに父を亡くしているのですが、母の意向で、父の葬儀でいただいた香典の一部を、あしなが育英会に寄付したんです」
あしなが育英会は、街頭募金など一般からの寄付を、遺児らの奨学金に充てている民間の非営利団体だ。
「私自身は、母の実家の援助や母の努力もあって、経済的に困ることなく進学できました。でも、そうではない家庭の子どもはどうなるのか。そのことがずっと頭にあって、学生時代の数年間、あしながの活動を続けました」
ボランティアには、白鳥さんと同じように肉親を亡くした学生も多かったという。
「親を失う辛さを知っているからか、参加者には看護師を目指す人が多かったように思います」
●保健師として感じた「制度の隙間」
聖路加看護大学(現:聖路加国際大学)を卒業後、2008年、横浜市で保健師として働き始めた。
「看護師として目の前の患者さんをケアすることももちろん大事なことです。ただ、現代の病気の多くは生活習慣病に起因しています。病気になるリスクそのものを減らすには、予防医学が欠かせない。そう考えて、保健師の道を選びました」
地域の健康課題に幅広く関わる保健師は、各家庭を訪問する機会も多い。
高齢者担当として働く中で、白鳥さんは虐待や金銭搾取を受けるケースを目の当たりにした。
「問題が見えても、行政職員として個別にできる対応には限りがありました。もっと別の法的な支援もできないかと思うようになったんです」
だが、保健師から弁護士に転身するという決断は、決して小さなものではない。
この問いに、白鳥さんはこう答える。
「看護大学に進んだときも、保健師を選んだときもそうですが、自分は人生の節目で“迷わず挑戦”するタイプなんだと思います」
●司法試験に活きた「人生で一番ハードな半年」
司法試験の勉強では、「自分に適性があるか、一度で見極めようと思っていた」という。
「それでダメなら諦められるくらい、集中して勉強しました」
その土台になったのが、看護学生時代の実習経験だった。
「看護実習では、毎朝7時半に病棟へ行き、実習後も深夜まで記録の記述と勉強が続きます。しかも、高齢者、小児科、急性期、慢性疾患、訪問看護と、実習先が2〜3週間ごとに変わるんです」
環境が変わるたび、初対面のスタッフと信頼関係を築かなければならない。
「たとえるなら、新入社員が2〜3週間ごとに別の会社へ移り、そのたびにゼロから人間関係をつくるようなものです」
振り返れば、人生でいちばんハードな時期だったが、その経験は、司法試験にも活きたという。
「ストレスをどう乗り越えるか。限られた時間でどう集中し、合理的に勉強するか。看護実習で鍛えられたことが、司法試験合格にもつながったと思います」
●「法律だけでは見えない部分」がある
司法修習を終えた白鳥さんは、東京弁護士会が支援する弁護士法人東京パブリック法律事務所に入所。今年で13年目になる。
「いくつか事務所を見学しましたが、東京パブリック法律事務所は、前職が公務員だった自分には親和性が高いと感じました」
法律事務所には、離婚や破産など、さまざまな相談が寄せられる。その背景には、メンタル面や知的な部分、身体面で何らかの疾患を抱えているケースも少なくないという。
「法律だけでは見えない部分があります。相談者の状態を総合的に見る感覚は、保健師や看護師の経験が活きていると思います」
所属する事務所について、同じ志を持つ仲間がいることも大きいと白鳥さんは続ける。
「同僚たちが親切に、丁寧に仕事をしている姿を見ると、自分もしっかりやろうと思えます」
●声をあげられない「看護師」を支えたい
現在は、通常業務に加え、医療・保健・福祉分野の雑誌への寄稿や研修活動にも力を入れている。
最近依頼の多いテーマのひとつが、医療・介護現場のカスタマーハラスメント対策だ。
「医療・介護は統計的にハラスメントの多い現場です。声をあげられない、あげにくい看護師の皆さんが、どうハラスメントに対応していくべきなのかを考えています」
研修では、ハラスメント対策だけでなく、日々の看護の質にも直結する「看護記録」の重要性なども伝えている。
「現場の人たちが自分のこととしてイメージできるよう、できるだけ具体的な事例を使って話すようにしています」
白鳥さんは、公共訴訟プラットフォームのCALL4にも参加しているが、そのベースにあるのも、自分の知識や経験を活かして社会貢献できればという考えなのだろう。
「社会課題の解決というビジョンに共感して参加しました。社会が対応するべきイシューを見極め、把握するために、自分の知識や経験を、少しでも社会に役立てられたらと思っています」
●40歳を過ぎて意識するようになった「残り時間」
看護師、保健師、弁護士。3つの専門資格を持つ白鳥さんだが、意識しているのは「経験年数」ではなく、「改善を積み重ねること」だという。
「研究論文では、漠然と経験を積むだけでは専門性は高まらないと言われています」
弁護士でも、医師でも、スポーツ選手でも同じで、一つひとつの仕事に課題意識を持ち、改善を重ねることで、専門性は磨かれていきます。
40歳を過ぎてからは、人生の残り時間を意識するようになりました。だからこそ、1日1日を無駄にせず、クオリティとスピードをどう上げるかを常に考えながら仕事をしています」
保健師として“支援を必要とする人たち”に向き合い、いまは弁護士として“相談に来る人たち”を支える。白鳥さんのキャリアを貫いているのは、「人を支えたい」という思いなのかもしれない。
【プロフィール】
しらとり・ひであき/東京都生まれ。2008年聖路加看護大学(現:聖路加国際大学)を卒業後、横浜市に保健師として入職。明治大学法科大学院を経て、2013年に弁護士登録し、弁護士法人 東京パブリック法律事務所に入所。看護師・保健師としての知識と経験を活かし、医療・保健・福祉分野での執筆や研修をおこなっている。