11月に再選した斎藤元彦兵庫県知事が、PR会社に選挙運動の報酬を支払った疑いがあるとして、元東京地検検事の郷原信郎弁護士と上脇博之神戸学院大教授が12月2日、公職選挙法違反(買収と被買収)の疑いで、告発状を神戸地検と兵庫県警に送りました。
その翌日、「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首は3日、Xで「これは郷原弁護士による完全な虚偽告訴罪だと思料します!よって本日、郷原弁護士を被告発人、立花孝志と石丸幸人弁護士を告発人とする、刑事告発状を東京地検と麻布警察署に郵送します!」と投稿しました。
これについて郷原弁護士は次のように話しています。
「私たちの告発は、Xへの投稿や斎藤知事の代理人弁護士の説明など客観的な事実に基づいており、虚偽はありえない。立花氏が虚偽告訴と主張するなら、虚偽告訴が行われたという根拠が必要になる」
立花党首は、郷原弁護士側の告発が「虚偽告訴罪」に該当するとの主張ですが、そもそも「虚偽告訴罪」とはどんな罪なのでしょうか。
●告訴と告発の違いは
まず、「告訴」と「告発」の違いをみておきます。
告訴と告発の違いは、「告訴」が被害者等が、捜査機関に対して犯罪の訴追を求めるものであるのに対し、「告発」は、犯人や被害者等にあたらない第三者がこのような訴追を行うものである点にあります。
大ざっぱにいえば、「告訴は被害者」「告発は被害者以外の第三者」がするものだ、と理解しておけば足りるでしょう。
本件では、
1)郷原弁護士が、斎藤元彦知事とPR会社の女性社長を公職選挙法違反で「告発」し、 2)立花孝志氏が、郷原弁護士を、上の郷原弁護士による告発が虚偽であることを理由として、虚偽告訴罪で「告発」した、
ということになります。いずれも、自身が被害者というわけではないので、告訴ではなく「告発」となります。
●虚偽告訴罪が成立するための要件とは
では、郷原弁護士の「告発」は、虚偽告訴(告発)罪となるのでしょうか?
虚偽告訴罪(刑法172条、3カ月〜10年以下の懲役)の構成要件は、「人に」「刑事または懲戒の処分を受けさせる目的」で、「虚偽」の「告訴、告発」等をすることです。
本件では、郷原弁護士が、斎藤氏とPR会社の女性社長という「人に」、公職選挙法違反という「刑事‥処分を受けさせる目的」で「告発」をしていることには問題はありません。
では、この告発が「虚偽」といえるでしょうか。
「虚偽」にあたるかどうかは、判例上は申告内容をなす事実が客観的真実に反することをいいます(最高裁昭和33年7月31日判決)。
この「客観的真実」かどうかは、あくまでも申告する事実が本当か嘘か、という判断ですから、その後結局、告訴・告発された犯罪が有罪となったのか、無罪となったのかとは、直接の関係はありません。
ただ、公職選挙法違反が有罪と判断された場合に、虚偽告訴罪が成立することはありえないでしょう。
●斎藤氏やPR会社社長が不起訴や無罪となった場合
では、その告訴に従って捜査が進められたが、結局不起訴や無罪となった場合には、虚偽告訴罪は成立するのでしょうか?
先に書いたように、告訴・告発した犯罪が有罪か否かと、虚偽告訴罪が成立するか否かとに直接の関係はありませんが、たとえば告発対象となった犯罪が無罪となった場合に、翻って告訴・告発した事実が虚偽だったのではないか、と考える余地は出てくるでしょう。
ただし、その場合でも、だからといって当然に、「最初から虚偽の告発をしていたのだ」ということになるわけではありません。
また、犯罪の成立には「故意」が必要であり、郷原弁護士に、虚偽告訴の故意がなければ、犯罪は成立しません。
虚偽告訴罪の故意は、申告した事実が虚偽であることを、告訴・告発時に認識していた場合に認められます。
本件でいえば、郷原弁護士が、告発の段階で、斎藤氏やPR会社社長が公職選挙法に違反しない事実を認識していたことが認定された場合に、故意が認められます。
なお、この故意は、未必的な故意でも足りるとするのが判例です(最高裁昭和28年1月23日判決)。
そこで、「公職選挙法違反にはあたらない」事実を確定的に認識しながら告発した場合だけでなく、「公職選挙法違反ではないかもしれないが、それでもかまわない」と考えて告発した場合も、本罪の故意は認められうることになります。
故意があるかどうかの具体的な判断は、本人(郷原弁護士)の言葉だけでなく、客観的な状況、たとえば、告発段階でどの程度の資料を有しており、告発という判断に至ったのか等の点も考慮してなされます。
上に挙げた昭和28年判例でも、噂話の真偽について何らの調査もしていない、等の事情から、虚偽告訴罪(※当時の呼び方では誣告(ぶこく)罪)の故意を認めているのであって、告訴・告発にあたって客観的な調査を十分に尽くしている場合には、虚偽告訴罪の故意は否定されると考えられます。
本件では、立花氏の動画では、証拠がかなり薄いという立花氏自身のコメントもあるのですが、元検察官で弁護士である郷原弁護士が両者を告発するにあたって、十分な調査をしていないとは考えにくいため、斎藤氏やPR会社社長が公職選挙法違反となるかどうかはともかくとして、郷原弁護士の告発につき、虚偽告訴罪が成立する可能性はかなり低いと思われます。
●立花氏に、郷原弁護士を告発したことに対する虚偽告訴罪は成立しないのか
逆に、立花氏が郷原弁護士を虚偽告訴罪で告発したことも、虚偽告訴罪になるかどうかも問題にはなり得ます。
しかし、立花氏はこれまで斎藤氏に関連する情報を相当収集していると思われ、郷原弁護士による公職選挙法違反の告発の証拠関係が非常に薄いという主張をしているわけです。
したがって、立花氏に虚偽告訴罪の故意が認められる可能性は低いと思われます。
【追記】 12月4日16時55分 記事を一部、加筆しました。