救世主はロースクールだった。旧司法試験に7連敗、30代を目前にした時に開設されたローに入学し、仲間との学びを力に変えて弁護士資格を得た。
失敗だったと批判されることも多いロースクール制度だが、今西隆彦弁護士にとっては、途絶えかけた夢をつないだ制度だった。
● 過渡期のロースクール、学生が訴えて授業を変えた
今西弁護士が法曹を目指したのは高校生の頃。新聞やテレビなどで殺人事件のニュースを目にするうちに、「犯罪の被害に遭った人の力になりたい」と考えるようになった。当時は、被害者の代理人をする支援については知らなかったので、被害者の支援ができる検事になりたいと考えた。
明治大学法学部在学中に、法曹の職業を紹介するイベントに参加。これまで漠然と目指していた検事の仕事が具体的になり、司法試験合格を目指した。
20歳の時に旧司法試験をはじめて受験。結局、7回受けた。周りが社会に出る中、親にも顔向けできないと思い始めたころ、ロースクールが開校。28歳で日本大学ロースクール既修者コースに入学。自分と同じ旧試浪人生が多かった。
ある時、教員が授業中に学生を馬鹿にしたり怒鳴ったりするなどの態度を取ることがあった。言動が目に余るので、クラスメイトと話し合って、その半数以上を巻き込んで、大学に教員を変えるよう異議を申し立てた。その際の申立書は仲間と協力して作成した。
「大学としては恐らく学生からの異議申し立ては初めてだったわけですよね。びっくりしたでしょうね」
それは大きな問題として扱われ、教員の態度はすぐに変わった。その後も図書室をはじめとする設備の利用方法について、仲間と一緒に大学にしばしば意見した。船出したばかりのローは、教員も学生も手探り。目標とされた合格率には到底及ばず、司法試験に本当に受かることができるのかと不安も渦巻いていた。
結果、70校以上乱立したローは、その後20年間で半減した。今西弁護士ら初期の学生は、自らの人生をかけた場を、学生自身で変えた。
そこまで必死になれたのは、金銭的な理由でロー入学を諦めた仲間や、ローで出会った社会人経験者や旧試浪人の存在だ。みな「次こそは絶対に司法試験に受かるんだ」という並々ならぬ思いがあった。
ローでの何より大きな収穫は、2人の仲間と自主ゼミで学び合えたことだという。
今は検事になった年下の同級生に刑事訴訟法の問題で「全く明後日の方向の答案を書いている」と指摘された。刑事法は得意という自負があったので苛立ったが、自分の間違いに気づかされた。「あの時の指摘がなかったら弁護士になれていなかったのではないか」と振り返る。
仲間からの助言もあり、ロースクール卒業後の新司法試験には一発合格を果たした。
●ローがあったから弁護士に、ローに救われた
「旧司法試験を受け続けていたらたぶん駄目だったんですよね。ローがあったから弁護士になれたし、そういう意味ではローに救われた」。旧司法試験の勉強を続けた8年間と、ローの2年間を経験して思う。
実際に、ローの授業が実務に直接役立ったわけではないが、「法律や判例の知識、法律の適用や解釈の勉強は実務のベースになった」という。また、ローが予備校と提携していて、模試を受けられたのは費用面でも有益だった。
クラスメイトの中には、法曹になれなかったが法律の知識をいかして裁判所書記官や事務官になった人もいる。ロースクール制度は悪くないと今西弁護士はいう。もともと、ロースクールは受験勉強する場所ではなく、実務の基礎を勉強する場所だと考えていた。仲間に出会い、世界は広がった。
●弁護士は自由で面白い仕事、裾野を広げてほしい
今もOBとして明治大学法学部のゼミに行く今西弁護士は、法曹を目指す学生は減っていると感じている。「クラスに20人いても弁護士を目指しているのは1人いればいいほう。みんな最初から就職を目指しています。7〜8年くらい前はクラスに5人はいた。人気がなくなり寂しい気持ちです」
神奈川県座間市で街弁として活躍する今西弁護士は、依頼があれば土日でも対応する。少年事件に注力していて土曜日は鑑別所に行くことが多いという。その他にも、刑事事件で再度の執行猶予や示談を獲得してきた。
人と接する仕事なので嫌な思いをしたり、それでストレスが溜まることもある。ただ「基本的には仕事を選べるんです。昔と比べたら、お悩みを抱える人からの問い合わせは増え続けているから食えないということはない」という。
「ワークライフバランスのことをいう人もいますけど、結局やりたい仕事があったら土日でも予定を入れなきゃいけなくなるんですよね。でも1人でやっているから自由ですよ」とあくまでも軽やかだ。
法曹志望者減を防ぐためにも、この仕事の魅力を伝えるとともに、自分のように再起が図れる制度があれば、と望む。
弁護士は縁の下の力持ち。一般の人にはまだまだ馴染みがない。弁護士会を挙げて、小中学校に出前授業というかたちで赴き、法曹の仕事を知ってもらう機会を増やして裾野を広げていくべきではないかと考えている。
ロースクールでも、予備試験でもいい。法曹を目指す人には国が様々な間口を用意する。「法曹になって良かったと思ってもらう人が1人でも増えればいい」と今西弁護士はこれからも次世代を担う若者のチャレンジを応援する。