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財布拾ったお礼「クレカの価値も考慮しろ」 ネットで話題の“ご意見”  実際はどうなってる? 
(izumousagi / PIXTA)

財布拾ったお礼「クレカの価値も考慮しろ」 ネットで話題の“ご意見”  実際はどうなってる? 

2023年9月、香港メディアの記事で掲載された日本の「落とし物」制度に疑問を呈した留学生の意見が、SNSなどで話題になりました。

キャッシュカードやクレジットカードが入った財布を拾って届けたので、お礼である「報労金」はこれらカードの価値も考慮すべきだ、という主張です。この意見に対し、同記事は現地のSNSを中心に批判が殺到したと報じたようです。

しかし、あらゆる業界でキャッシュレス化が進み、現金を持ち歩かない人も増えているので、キャッシュカードやクレジットカードの価値について考えさせられる興味深い事例だといえるかもしれません。

日本の法律では落とし物の「報労金」について、どのように定めているのでしょうか。(ライター・元警官/鷹橋公宣)

●落とし物を拾ったときの「報労金」に関する基本的なルール

落とし物に関するルールを定めているのは「遺失物法」です。

この法律では、落とし物の持ち主を「遺失者」、拾った人を「拾得者」と定義し、落とし物を拾った人の義務や落とし物の扱いなどが定められています。

落とし物を拾った人がもらえるお礼を「報労金」といい、報労金に関する基本的なルールは法律に定められています。

報労金に関する基本的なルールは次のとおりです。

・拾得者には物件(落とし物)の価値の5~20%を請求する権利がある
・駅など施設内での拾得は施設と権利を折半するため、2.5~10%に減率される
・受け取る権利は、落とし物を拾って7日以内に警察に届けないと消滅する ※駅など管理者がいる施設で拾った場合は24時間以内
・報労金の請求は遺失者への返還から1か月以内

また、現場での運用は次のようになっています。

・報労金請求の権利は、拾得届の時点で「する・しない」を決めて記載する、「後で決める」も可能
・報労金を請求する権利を維持する場合は、遺失者に対して氏名や連絡先などを通知することに同意しなければならない
・報労金の請求は当事者間での話し合いによる

●落とし物を拾った場合の報労金はどうやって請求する?

画像タイトル (Haru photography / PIXTA)

落とし物を拾って警察に届けると、警察官が拾った場所や時間、中身の確認などを聴き取りながら代筆するかたちで「拾得届」が作成されます。その際に「報労金を請求しますか?」と尋ねられます。

対応した警察官によっては、もう少しわかりやすく「持ち主が見つかったらお礼をもらいますか?」と尋ねてくれるかもしれません。

ここで「報労金を請求したい」との意向を示すと、遺失者が判明して警察が返還する際に「拾った人が報労金を求めているので連絡して」と連絡先を明かし、遺失者がみずから連絡して金額や支払方法を話し合うという流れになります。

報労金を請求する権利は遺失物法によって保障されており、遺失者は拾得者に対して報労金を支払わなければなりません。

ただし、これらの権利・義務は民事上のものです。たとえば、落とし物の返還を受けた持ち主が約束どおり報労金を支払わなかったり、拾得者に連絡しなかったりしても、警察が代わりに取り立ててくれるわけではありません。

警察にできるのは、届け出をした警察署の会計課を経由して「きちんと話し合いをしてください」と連絡を促す程度です。

●報労金の判断にクレジットカードの価値は含まれるのか?

報労金は、落とし物の価値に対して5~20%です。ここでいう「落とし物の価値」とは、現金であれば額面で、金銭的な価値があるものは時価(市場価格)で判断します。

キャッシュカードやクレジットカードは、口座残高や利用可能額が残っていたとしても基本的には本人しか使用できないものであり、他人が取得しても金銭的な価値はありません。

また、これらのカード類は、たとえ持ち主が現れなかったとしても拾得者が取得する権利のない物件なので(遺失物法35条2号)、報労金の面では考慮しないというのが基本です。運転免許証などのように重要な証明書類も同様です。

たとえば、現金1万円とキャッシュカード・クレジットカード、運転免許証が入った財布を拾って警察に届けた場合、報労金は原則として現金1万円と財布の時価だけで判断されるでしょう。

●多額の小切手を拾って届けた場合はどうなる?

本人でなければ使用できないのだから金銭的な価値はない…と言われても、やはり納得できないという人もいるかもしれません。

たしかに、数千万円の預金残高がある口座のキャッシュカードを拾ったのなら、落とし主としては大変に焦っているはずです。“それなり”の報労金が支払われるべきだとの考え方もあるでしょう。

拾われた物が違いますが、報労金に関する興味深い裁判例を紹介しましょう。1980年9月、路上の公衆電話のキャビネットに銀行員が手提げカバンを置き忘れたという事案です(東京高裁昭和58年6月28日判決)。

カバンの中には「額面総額78億円分の日本銀行小切手」などが入っていましたが、その後にカバンを拾ったAさんがただちに警察へ届けました。

このケースの日銀小切手には午後3時にだけ決済される意味をもつ「最終勘定」という表示があり、しかも当日の午後2時過ぎには銀行側から日本銀行に「紛失した」という連絡が入っていたこともあって、不正利用は不可能でした。

この小切手を拾ったAさんは「少なくとも78億円の5%にあたる3億9000万円の報労金を受け取る権利がある」と主張しましたが、当事者間での話し合いでは解決できなかったので、裁判へと発展しました。

この事例でポイントになったのは「小切手が返還されなかった場合に被る損害」です。

日銀小切手は、日本銀行と取引のある金融機関などの間で資金決済のために利用されるものなので、一般の商取引に利用されることはありません。

換金までの手続きも複雑で、通常の手形交換所で交換されることはほとんど考えられないものです。つまり、誰にも拾われず紛失してしまったり、悪意がある人によって不正に換金が企てられたとしても、落とし主が被る損害は額面どおりではなかったことになります。

裁判所は、本件小切手の遺失物としての価値は「額面の2%」にあたる約1億5741万円ほどであると判断しました。

さらに、カバンのなかには時価総額1758万円分の株券も入っていたので、これらを合計すると落とし物の価値の総額は約1億7499万円であるとし、落とし物としては極めて高額であることを考慮するとして、報労金は「最低額の5%=約874万円」が妥当とし、支払い命令を下しました。

●報労金は「感謝の気持ちに代えたお礼のひとつ」

報労金を受け取る権利や支払う義務は法律で定められていますが、あまり難しいことを考えなければ、報労金の本質は「本当に助かった、ありがとう」という気持ちに代えたお礼のひとつです。権利・義務といっても、商取引や相続などと同じように考えるのは不相応でしょう。

キャッシュカードやクレジットカードを拾ったとき、落とした人の気持ちとして高額の報労金が支払われる可能性もゼロではありませんが、金銭的な価値は認められていないので、過度の期待は禁物です。

「大事なものを落としてしまい困っている人を助けたい」「大切なものを拾ってもらったので感謝を示したい」という思いで、お互いが気持ちのよいやり取りができるように心がけたいものです。

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