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統合失調症の依頼者から「隣人に監視されている」と相談 医療につないだ弁護士の奮闘
岡本光樹弁護士(筆者撮影)

統合失調症の依頼者から「隣人に監視されている」と相談 医療につないだ弁護士の奮闘

幻覚や被害妄想が特徴の精神疾患・統合失調症の患者たちが探偵業者に法外な調査料金を支払わされるなど悪い業者にカモにされている問題。その背景には、統合失調症の患者たちが警察や弁護士に「集団ストーカー」や「電磁波攻撃」「思考盗聴」などの被害を相談しても対応してもらえず、悪い業者を頼るしかなくなっている現状がある。

そんな中、「宗教団体のしつこい勧誘」や「悪臭」「受動喫煙」の被害に遭っているという妄想にとらわれた統合失調症の患者たちから相談をうけ、医療につないだ経験を持つのが岡本光樹弁護士だ。その貴重な経験を聞かせてもらった。(ルポライター・片岡健)

●統合失調症の依頼者は10軒以上の弁護士事務所で断られていた

——宗教団体に対する被害妄想にとらわれた依頼者を医療につないだのはどんなきっかけだったのでしょうか

10年以上前のことになります。その依頼者からは「ある宗教団体からしつこく勧誘されて困っているので、勧誘をやめるように内容証明を送って欲しい」と相談されたのですが、すぐに統合失調症だとわかりました。「電車に乗っている時や仕事をしている時でも『××(宗教団体の名前)に入れ』『××に入れ』と勧誘してくる」「姿は見えないけど、声だけで勧誘してくる」などと言っていたからです。

私は司法修習生の頃、精神疾患で事件を起こした人の弁護を沢山されていた弁護士の先生のもとで修習しました。その経験から、「盗聴されている」「盗撮されている」「常につきまとわれている」などが統合失調症の特徴的な症状だと知っていたのです。

——その依頼を引き受けることに迷いはなかったのでしょうか

リスクはあると思いました。まず、この宗教団体は、その相談者との関係では何も悪いことをしていません。それなのに、濡れ衣を着せるような内容証明郵便を送るのは、弁護士として職業上問題があります。つまり、依頼者の依頼に応えられないので、本来は断るしかありません。

ただ、「なぜ、うちに相談したのですか」と聞くと、これまで10軒以上の弁護士事務所に相談したが、どこも依頼を受けてくれなかったとのことでした。これを聞き、このまま放置するのはかわいそうだと感じました。私が断っても、この人は弁護士事務所を渡り歩くしかないので、なんとか医療につなぎ、その連鎖を断ち切ってあげたいと思いました。

また、私は当時、独立したばかりだったのですが、イソ弁(勤務弁護士)をしていた頃に「日本全国の警察が私のことを盗撮、盗聴している」「警視総監が私に恋愛感情を抱いているからだ」などという女性の依頼者に対応したことがありました。

この時は依頼者の家族に伝えたほうがいいと思ったのですが、ボス弁(経営者弁護士)から「それは依頼者の意向に反する」「ただ話を聞くだけでいい」と指示され、依頼者の話をただ聞くことしかできませんでした。私としてはこの対応に違和感があったこともあり、今度は自分なりの解決を目指そうと思ったのです。

●被害妄想に苦しむ依頼者は親のことも疑っていた

——この依頼者を医療機関につなげられる勝算はあったのでしょうか

精神障害のために自傷・他害のおそれがあれば、医療機関に強制的に入院させる「措置入院」という方法(精神保健福祉法29条)もありますが、この依頼者の場合、問題を解決するために弁護士に内容証明郵便を送ってもらうという社会常識にのっとった方法をとろうとしていたので、その対象になりません。解決策としては家族につなぐしかないと思いました。

本人の年齢が20代後半でまだ若かったので、家族の協力は得られるだろうと予想していましたが、実際に家族につなぐまでには1か月ほどかかりました。

——なぜでしょうか

本人が当初、「親には一切連絡をとらないで欲しい」と言っていたからです。私は本人から家族の住所や連絡先を聞いてはいました。しかし、守秘義務(弁護士法23条)があるので、本人の同意を得ずに家族にありのままを伝えると、弁護士法上、問題がありますし、本人から逆恨みされ、弁護士法違反・守秘義務違反で訴えられるリスクもあると思いました。

あとでお母さんと話せた時にわかったことですが、本人は過去にも統合失調症になったことがあり、ご両親から薬を飲むように言われてきたようです。本人はそんなご両親や治療薬から逃れたくて、オーストラリアにワーキングホリデーに行ったり、東京で就職したりという選択をしたのかもしれません。「宗教の勧誘から逃れたい」と同時に「親からも逃れたい」という思いがあったようです。

——最終的にどうやって家族と連絡がとれたのでしょうか

当初、本人からは、都内に住んでいる叔母さんにだけは連絡していいと言われたのですが、その叔母さんに電話しても、「宗教の勧誘なら、本人が断れば済むこと。わざわざ弁護士にお願いするような内容ではないと思う」と言われ、本人が統合失調症であることを理解してもらえませんでした。

そこで、「叔母さんだけでは、宗教団体にとても太刀打ちできない」「弁護士から宗教団体に内容証明を送るにしても、ご両親ご家族と協力して一致団結しないといけない」などと本人のストーリーの中に入って説得し、両親に連絡とることの同意を得ました。

ただ、お母さんと連絡がとれたあとも、本人は家族との直接の連絡を嫌がりました。本人は自分の親についても、味方ではなく、宗教団体の影響を受けていると疑っていたようです。

●家族につないだ統合失調症の依頼者は治療を受けられたが…

——では、本人と家族をつなぐためにどうしたのでしょうか

まず、お母さんご自身に本人が勤めている会社に電話してもらい、本人の寮の部屋を聞いてもらいました。しかし、会社の人は「この人はまともですよ。お母さん、何を言っているのですか」と言って本人の寮の部屋を教えてくれず、寮への立ち入りも認められませんでした。

そこで、私も会社に電話したのですが、「この方は正常な人ですよ。仕事ちゃんとできますし」と言われました。大きな会社なのですが、人事の担当者が統合失調症を知らないのです。

結局、本人が私に「いまだに宗教団体の勧誘が止まらずに困っています。最初に相談したように内容証明を送って頂きたいです」とメールしてきたので、「書く内容や費用を打ち合わせしたい」と言って事務所に来てもらいました。そしてお母さんに連絡すると、本人が事務所にくるタイミングでご家族もぜひ来たいとのことでしたので、そうしてもらいました。

当日はご両親とお兄さんが3人で某県のご実家から車で来ました。

——ご家族とつなげ、どうなったのでしょうか

ご家族は、私の事務所のビル1階の入口の前に車を停め、お父さんとお兄さんが後部座席に両脇から挟む形で本人を乗せ、話をしました。私も「不意打ちをされた」などと逆恨みされてはいけないので、車の助手席に乗り、本人に「お母様と連絡をとっている中で、ご両親もお越しになることになりました。私もきちんと治療をして欲しいと思っています」と経緯を説明しました。

本人はその時、私に対して恨んでいるような様子や騙されたと感じている様子は全くありませんでした。「帰りたくない」「今のまま会社の寮で暮らすんだ」と言っていましたが、お兄さんが「一緒に実家に帰ろう」とすごく説得してくれていました。

本人が「薬を飲むと、頭がボーとして、何も考えられなくなって薬はイヤなんだ」と言うのに対し、お兄さんは「薬を飲まないと、内容証明をいくら送っても、(宗教団体の)勧誘は止まらないよ。わかるでしょ」「薬を飲めば、(宗教団体の)勧誘が止まるのは自分でもわかるでしょ」と根気よく説明してくれて、本人もある程度、納得しているようでした。本人はそれまで私に統合失調症の話は一切しなかったので、私は、完全に病識が無い人だと思っていたのですが、過去に一回、治療して治った経験があるからか、病識は一応あったようです。

ただ、「薬を飲めば、確かに(宗教団体の)勧誘は止まる。でも一生、薬で頭がボーとするのがイヤだから、別の解決策を考え、弁護士に内容証明を送ってもらうことにしたんだ」と言っていました。本人の頭の中では、そういう論理になっているのです。お兄さんとの会話はある程度嚙み合うのですが、最後はずれていました。

ご両親も「やっぱり薬の治療で宗教団体の勧誘を無くそうよ」と根気よく1時間半から2時間くらい話をして、一応本人も納得して、実家に帰って行きました。

——その後はどうなったのでしょうか

しばらく経ってからお母さんが連絡をくれて、「治療を続けて、今は落ち着きました。良かったです。ありがとうございます」と言われました。トータルで見れば、良い対応ができたと思いました。

しかし反面、本人がまた病気が再発した場合、「なんであの時、家族を呼んだんだ」「あの弁護士も宗教団体だったんだ」「親とあの弁護士はグルだったんだ」などと逆恨みされたら怖いな、という気持ちは今でも完全には消えていないです。

●精神科を受診し薬を飲んだら、「受動喫煙」の被害妄想が無くなった依頼者も

——「受動喫煙」の被害妄想にとらわれた統合失調症の人たちはどういう感じなのでしょうか

私は元々、タバコの受動喫煙の相談をたくさん受けていたのですが、タバコのニオイの相談と統合失調症がからむ場合も時々あります。

たとえば、マンションで暮らしている人から、「隣の人が自分を監視していて、自分が部屋にいるときに合わせて、その部屋を狙ってタバコの煙を送り込んでくるのです」と相談され、よく話を聞いてみると、「自分以外の家族はニオイを感じないのです」「友だちに家に来てもらったけど、友だちもタバコ臭を感じませんでした」などと言われたことがあります。

また、別の相談者では、「下の部屋から凄い煙が大量に上がって来るのです」と相談され、「それほどであれば仮処分も検討しましょう」と現地に行ったら、私自身は全く何のニオイもしなかったこともありました。

——統合失調症でニオイの妄想(幻臭)を感じる人も多いのでしょうか

タバコの受動喫煙だけでなく、隣人に違法薬物や化学薬品のニオイをばらまかれているという人もいます。真実なのか否か判別しづらいケースもあります。「監視」されていると言う場合は、統合失調症を疑います。

客観的にタバコの受動喫煙被害が実際に存在し、そのストレスによって統合失調症を発症又は増悪させ、客観的な被害にさらに妄想(幻臭)が加わって、実際以上に拡大・増幅していると思われる複合型の事案もあると思います。ニオイの被害では、本人の話を聞いただけでは本当かどうかは判断できないので、家族や友人の確認も求めます。

ただ、統合失調症の可能性がある人でも関係性ができて信頼関係ができれば、医療機関につなげることも可能だと思います。

——どのようにでしょうか

受動喫煙の相談にくる人は継続的なストレスを受け、不眠になったり心身の不調をきたしているので、「タバコを吸っている相手と長期の交渉も大変だし、精神もやられてしまうから、併行して精神科や心療内科にも診てもらいましょう」などと勧めることができます。

私は親しい精神科医がいて、「受動喫煙症も精神疾患も両方診られますよ」と言ってくれているので、事前に「この依頼者は受動喫煙症と言っているけど、実際には統合失調症の可能性がある」と伝えたうえで紹介したこともあります。

私が受動喫煙の相談を受けた人たちのうち、精神科医の診察を受け、「薬を飲んだら、受動喫煙がなくなりました。あれは統合失調症の症状でした」とご本人も明確に自覚された人はこれまで1人だけですが、私が統合失調症の可能性が感じられる人はこれまでに何名かいました。

●心神耗弱者に不当に調査料を支払わせた探偵会社の有罪判決は抑止力として意味がある

——昨年、東京都の探偵会社の社長らが、相談者たちが心神耗弱状態であることにつけこみ、不当に調査料を支払わせるなどしたとして準詐欺や詐欺などの容疑で警視庁に逮捕され、今年4月に東京地裁で懲役3年(執行猶予5年)、罰金100万円の判決を受けました

ひどいなと思いました。もし弁護士がそういうことをやったら、弁護士倫理に反することなので、弁護士資格をはく奪すべき話だと思います。その探偵会社の場合、本人が納得している以上は明るみに出ないので、そういう違法なことをやってしまったのでしょうか。

——こういう被害を防ぐ手立ては何かないでしょうか

判断能力に問題がある人を保護する仕組みとして、認知症の人などに使われる成年後見人や保佐人の制度があります。そういう人が何か契約したら、取り消すことなどもできる仕組みです。

ただ、成年後見人や保佐人は事前に家庭裁判所に申立てを行い、審判で認めてもらう必要があります。たとえば家族が、病識のない統合失調症の人にそうした制度の適用を求めると、「自分はちゃんとできる。自分がした契約を取消すなんてとんでもない」と家族と争いになったり、家庭裁判所も判断することが難しくなったりするでしょう。これらの制度は病識のない統合失調症の人には適用しにくいと思います。

——現行の法制度では救えない?

統合失調症の事案に限らず、そもそも詐欺事件は警察側が立件するのはなかなか難しいものです。詐欺師は捕まらないような手立てを色々考えながらやっています。「本人が欲しいと言う商品を売っただけです」「値段が高すぎるかどうかはビジネスの判断です」など言い逃れされてしまう可能性があります。

現行法でも刑法の詐欺罪・準詐欺罪、特定商取引法の「不実告知」規制、景品表示法の「優良誤認表示」規制や「不実証広告」規制などがあります。ただ、きちんと統合失調症の人を保護しようと思えば、これらに加えて、新たな特別なルールを作ったほうがいいように思います。業者が統合失調症の人に対して、統合失調症に類型的・特徴的に見られる症状に乗じた販売の仕方をした場合、一律に取り消せるようにしたり、罰則を課したりする法制を検討すべきように思います。

ただ、今回、実際に「準詐欺罪」(刑法248条)及び特定商取引法の「不実告知」に関する罪で立件され、有罪判決が出た事件があったことについては、今後の抑止力としてとても意味が大きいと思います。統合失調症の人にこういう取引をすれば、「心神耗弱に乗じ」たものとして「準詐欺罪」になるのだということが知れ渡って、警察がちゃんと動いてくれるようになれば、予防や抑止にもなると思います。

プロフィール

岡本 光樹
岡本 光樹(おかもと こうき)弁護士 岡本総合法律事務所
1982年岡山県生まれ。2005年東大法卒、06年弁護士登録。国内最大手の法律事務所などを経て、11年に独立。企業法務や労働案件、受動喫煙に関する係争・訴訟、家事事件などを 幅広く扱う。第二東京弁護士会で人権擁護委の受動喫煙防止部会長などを務める。厚生労働科学研究費補助金研究事業「受動喫煙防止等のたばこ対策の政策評価に関する研究」班研究分担者。2017年から2021年7月まで東京都議会議員。

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