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どこからどこまで「湘南」なのか? 神奈川県議会で珍奇な激論交わされた歴史も…湘南イメージの誕生に迫る
写真はイメージです(marrows / PIXTA)

どこからどこまで「湘南」なのか? 神奈川県議会で珍奇な激論交わされた歴史も…湘南イメージの誕生に迫る

夏といえば海。海といえばサザンオールスターズとサーフィン。サザンとサーフィンといえば、湘南。では、湘南といえば…?

湘南は、どこからどこまでが「湘南」なのか。"古来"より、たびたび神奈川県内外で議論になってきた問題だ。サザンの聖地は茅ヶ崎市、サーフィンの聖地は藤沢市の鵠沼海岸が有名だが、いずれも神奈川県・相模湾沿岸。地元ではない人が「湘南」として思い浮かべるのは相模湾に面しているこのあたりだろう。

では、相模湾に面していれば「湘南」なのか。その定義だと、東は三浦市から西は湯河原町まで、実に13市町となる。神奈川県はどう考えているのか。公式サイトを開くと、「湘南地域」として8市町が挙げられている。さらに、気象庁が区分する「湘南地域」は10市町に増え、関東運輸局によると「湘南」のナンバープレートにいたっては18市町にまで広がる。

近づいたと思ったら、遠くなる幻のような「湘南」。どこにその真の姿はあるのだろうか。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●他の都県民に比べて神奈川県民の「湘南」は広い

「湘南はどこからどこまでなのか、はっきりした区分はないような気がします。ただ、湘南度が高いか低いか、濃度のようなものはあります」

「湘南度」といういきなり難易度の高いことを話し始めたのは、藤沢市内の海岸近くに住む女性(40代)だ。「湘南」の一丁目一番地を名乗っても許されるような地域で、サーフィンもたしなむという絵に描いたような「湘南ライフ」を送ってる。

女性によると、サザンやサーフィンのイメージが強い藤沢市や茅ヶ崎市といった「湘南の中心地」からどれだけ近いかで、「湘南度」の濃さが決まるらしい。ただ、単純に距離の問題なのかと思いきや、「鎌倉市は藤沢市に近いですが、湘南というより古都・鎌倉というイメージが強いので、湘南度は低いです。それから、やっぱり海に面してないと湘南とは言えないのではないでしょうか」という。

「湘南」のイメージがますます複雑になったような気がするが、興味深い調査が昨年8月、発表された。相模湾に面した14市町(寒川町を含む)を対象にした情報メディア「湘南人」が、関東在住の5000人を対象に「あなたにとっての湘南はどこからどこまで?」とアンケート調査したものだ。

回答者を北関東3県(茨城県、栃木県、群馬県)在住にしぼった場合、「茅ヶ崎市、藤沢市」の2市と考えている人が28.19%と最多だった。南関東3都県(埼玉県、千葉県、東京都)の場合は、「茅ヶ崎市、藤沢市、鎌倉市、逗子市、葉山町」の5市町が26.27%と最多で、「湘南」に近い都県ほど情報が多く、具体的なイメージがあることが様子が伺える。

なお、回答者を神奈川県在住に絞った場合、「大磯町、平塚市、茅ヶ崎市、藤沢市、鎌倉市、逗子市、葉山町」の7市町が30.83%と最多となり、自分たちが暮らす地域こそ「湘南」ととらえていることがわかる。

●「湘南ナンバー」に「あの自治体」が入らない理由

別の視点からも、「湘南」を検討してみる。現在、「湘南」という名前を持つ自治体はない。しかし、全国的にも知名度が高く、公的機関も積極的に採用している。

まず、神奈川県は「平塚市、藤沢市、茅ヶ崎市、秦野市、伊勢原市、寒川町、大磯町、二宮町」の5市3町を「湘南地域」としている。必ずしも相模湾に面している自治体だけではなく、県湘南地域県政総合センター商工観光課の公式サイトでも、各自治体の観光名所などを紹介している。

画像タイトル 神奈川県による「湘南地域」

また、気象庁が区分する「湘南地域」は、「二宮町、大磯町、平塚市、茅ヶ崎市、藤沢市、寒川町、海老名市、綾瀬市、大和市、座間市」まで含まれている。この区分について、気象庁のサイトには「気象警報・注意報の発表に用いる区域です」と説明されている。

画像タイトル 気象庁が区分する「湘南地域」

なお、人気の高い「湘南ナンバー」は、「平塚市、藤沢市、小田原市、茅ヶ崎市、秦野市、伊勢原市、南足柄市、寒川町、大磯町、二宮町、中井町、大井町、松田町、山北町、開成町、箱根町、真鶴町、湯河原町」の18市町が対象エリアだ。

画像タイトル 国交省による「湘南ナンバー」対象地域

もともと、藤沢市や茅ヶ崎市、平塚市は「相模ナンバー」だった。そのために地域住民から「湘南ナンバー」を求める声が上がり、1994年に実現した経緯がある。しかし、決定した対象エリアは、「相模ナンバー」から「湘南ナンバー」に分割される自治体で、もともと「横浜ナンバー」である鎌倉市や逗子市、葉山町は含まれなかった。

当時の運輸省(現在の国交省)の担当者は「どこが湘南にふさわしいか、は二の次にして、業務本意で決めました」とコメントしている(1994年3月10日付朝日新聞)。

人々が持つ「湘南」のイメージと行政としてどう管轄するかという判断は、必ずしも一致しないということだろう。

●県議会でも議論になった「湘南」の定義

2000年代に入ってからは、「湘南市」をつくりたいという運動も起きた。神奈川県議会には、どこからどこまでが「湘南」なのかをめぐり、各地域出身の県議が熱く議論した記録が残る。

2001年9月、横須賀市選出の県議が「湘南市」構想をぶち上げた。県議は市町村合併の例として、「横須賀市、鎌倉市、三浦市、逗子市、鎌倉市、葉山町」の4市1町を合併する構想を披露した。いわく、「石原慎太郎・裕次郎の『太陽の季節』の時代は、湘南といえば逗子、葉山だった」というのが根拠だった。

それに対し、茅ヶ崎市選出の県議が、サザンにちなんだ「サザンビーチ」のある茅ヶ崎市が湘南の本家であることをアピールしたという(2001年9月28日付毎日新聞)。

その後、藤沢市選出の県議も「全国の人が湘南といって思い浮かべるのは江の島のある藤沢市」「湘南市ができるなら藤沢市、茅ヶ崎市、寒川町が中心」と反論した。さらに、横須賀市選出の県議による湘南市構想を「まるで、千葉にあるのに東京を名乗る東京ディズニーランドのようなもの」と批判したと報じられている(2001年10月2日付毎日新聞)。

この湘南論争は白熱したらしく、県知事が「湘南は地域を指す言葉ではなく、そのイメージにふさわしい空間のこと」と述べて冷静さを求めたという(2001年10月3日付毎日新聞)。

この「湘南市」については一時期、実現に向けた動きもあった。平塚市、藤沢市、茅ヶ崎市、二宮町、寒川町、大磯町が「湘南市研究会」を2002年に発足させ、検討していた。しかし、2003年の統一地方選で推進していた市長らが交代して頓挫、「湘南市」は実現していない。

●歴史学者「湘南論争、歴史的に意味があると思えない」

地域住民の心を熱くする「湘南」。その歴史を知るため、県内の地域資料が揃う神奈川県立図書館で、「湘南という地名の由来」と「どこからどこまでの地域が湘南なのか」について、レファンレンスサービスを利用して尋ねたところ、いくつかの資料を教えてくれた。

その1つ、「湘南の誕生」(『湘南の誕生』研究会編/藤沢市教育委員会/2005年)には、冒頭で歴史学者の小風秀雅氏がこう書いている。

「湘南という地名は、土地に由来する地名ではなく、一種の雅称(編集部注:上品で風雅な別名)である。歴史地理的な語源を持たないのである。それが、現在どうして、その発祥の地を争ったり、地域の範囲をめぐる論争が起きるほど、社会的注目度が高くなってしまったのだろうか」

実は、湘南の語源には諸説あるという。「相模国の南」を意味する「相南」にさんずいがついて「湘南」になったという説。それから、中国・湖南省にある風光明媚な地域を示す「湘南」にちなみ「日本の湘南」と呼ばれ始めたという説だ。

固有の地名として登場するのは、明治時代で、相模川上流にある地域が「湘南村」(現在は相模原市)と命名されたが、相模湾沿岸ではない。つまり、歴史地理的に湘南がどこなのかは判然としない。

「もともと歴史地理的な根拠がなく、なぞらえられた地名であるとすれば、湘南という言葉がどの地域を指すのか、という近年論議を巻き起こしている問題は、歴史的にはあまり意味があることとは思えない」(前掲書より)

小風氏は、そういって湘南論争をバッサリと切り捨てている。

●時代、人によって変わる「湘南」

「湘南の誕生」をさらに読み進めると、いわゆる「湘南」の地域のイメージは、核となる「海水浴、別荘、江ノ電」という条件が揃ったことによって、形成されていったとある。

古くは1880年代、東海道線の開通にともない、相模湾沿岸には全国に先駆けて、数々の海水浴場が開設され、海水浴客を目当てにした旅館も多く開業した。富裕層による別荘の建設ブームも重なった。

さらに、1910年には江ノ電が、藤沢〜鎌倉間で開通する。鎌倉・江の島・藤沢の周遊ルートが成立すると、大衆行楽地として発展していったという。

第二次大戦後は、さまざな観光資本が「湘南」に殺到し、企業やメディアを巻き込み、サーフィンや音楽といった若者文化の聖地となっていったのは、現在の私たちも知るところだ。「湘南」は、地域を思う人々のイメージから生まれた産物なのかもしれない。

これまで、あれこれと「湘南」の定義を調べてきたが、最も広義にとらえているのは、Jリーグ「湘南ベルマーレ」だった。

公式サイトによると、そのホームタウンは、「厚木市、伊勢原市、小田原市、鎌倉市、茅ヶ崎市、秦野市、平塚市、藤沢市、南足柄市、大井町、大磯町、開成町、寒川町、中井町、二宮町、箱根町、松田町、真鶴町、山北町、湯河原町」の9市11町と、これまでになく広範囲となっている。神奈川県の西半分が「湘南」になる勢いだ。

懸命にプレーする選手たちを応援する心が、9市11町の人々を「湘南」の名の下に一致団結させているのかもしれない。

画像タイトル 湘南ベルマーレのホームタウン。

「湘南の誕生」には、こうも書かれていた。

「自称『湘南』は、時代によって、使用する人間によって異なるのが当然」

「湘南」は移りゆくもの。あなたの「湘南」は、あなたの心の中に存在するのである。

※文中にある地図は「国土数値情報(行政区域データ)」(https://nlftp.mlit.go.jp/ksj/gml/datalist/KsjTmplt-N03-v3_1.html )を加工して作成しました。

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