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「日本は子どもにびっくりするほど冷たい」泉房穂・明石市長に聞く
エッセイスト・紫原明子さん(左)と泉房穂・明石市長(右)

「日本は子どもにびっくりするほど冷たい」泉房穂・明石市長に聞く

3期目を終えるタイミングで政治家引退を表明している兵庫県明石市長の泉房穂氏。泉氏が市長となった12年間で、明石市はどんなことを実現してきたのか。エッセイスト・紫原明子氏との対談をお届けする。

●「日本社会は極端に子どもにびっくりするほど冷たい」

(紫原)子ども子育て支援政策、高齢者政策、ジェンダー、犯罪被害者支援法など幅広く取り組んでこられましたが、中でも子育て支援政策は度々、話題になっています。

(泉)子どもの頃から自分の生い立ちも含めて、優しい社会と思えなかったので、冷たい社会を優しくしたいと政治を志し、ふるさと明石の市長になりました。

「優しい明石市になりたい」というのは、「困った時はお互いさま」「支え合い助け合うような町にしたい」と。子どもについてはみんなで支え合うべきだと思うし、お年を召した高齢者や障がい持ちの方や犯罪にあった被害者などなど、政治としてやるべきことを順々にやっているという認識なんです。

日本社会が子どもにびっくりするほど冷たい国だから明石が目立つんであって、本来やるべきことを淡々とやってるだけです。

●「不安の解消」が、今のテーマ

(紫原)明石市では、例えば5つの無料化というのが有名になりましたよね。個人的に「本当にこれが欲しかったな」と思ったのは、お金の不安とともに、「もしもの不安」に備える施策をとってこられたということなんです。

(泉)具体的には、医療費は18歳まで所得制限なし、自己負担なし。他の市外であろうが、薬代も無料ですから、完全な無料化を図っています。保育料は2人目以降は兄弟の年齢に関係なく全員無料にしています。給食は中学校は無料です。

遊び場は親子とも完全に無料にしてますから、お金がかからない。加えてオムツなどについてはミルクも選べますけど、ご自宅の方にちゃんとお届けして、届けるだけじゃなくて、相談にも応じるような形で孤立防止を兼ねていると。これも5つの無料化と言ってやってるんですけど、こんなの序の口なんですよ。

(紫原)序の口ですか。

(泉)例えば養育費の立て替えとか児童相談所の改革とかいろんなことをやっています。5つの無料化が目立っていますけど、それは明石の中においてはほんの一部です。

「不安の解消」は、今のテーマです。政治に必要なのは、市民、国民、特に子育て世代に対する安心のメッセージ、継続的な安心のメッセージなんですよ。明石は「お金の不安」と「もしもの不安」の2つに対して、対応している。

お金の不安に対するちゃんと経済的負担の軽減と、もう一つは、もしもの何かあった時。たとえば自分が病気になった時、子どもが病気になった時、事故にあった時、失業した時、離婚した時。そういったリスクに対して、しっかり支え合えるかどうかがポイントなんです。

親御さんが病気になったら、明石駅前の預かり保育で必ず預かります。かつての日本は大家族やったんです。今はそうじゃありませんよ。なので、明石市があなたのお子さんのおじさん代わり、おばさん代わりをします、と。このメッセージが大事だと思いますね。

●子どもは町の子、町中みんなで支える

(紫原)家族の中だけで育てるんじゃなくて、社会全体で育てるということですね。

(泉)そうです。そこが大変重要なポイントです。日本では、子どもは親の持ち物という発想が強いんですよ。日本は、政治行政が子どもや家庭問題に基本的に関わらないという本当に珍しい国です。だから日本は子どもの貧困、子どもの虐待がおさまらないんですよ。

子どもは、親の持ち物ではありません、町の子なんです。なぜかというと、明石の未来につながるからですよ。子どものため、子どもの親のためではなくて、町のみんなのために、みんなで子どもを支える。この考え方が徹底してるのがポイントやと思いますね。

(紫原)5つの無料化のひとつ「オムツの無料化」は、届けた人と子どもが面会するので生存、無事が確認できるという意図もあるそうですね。

(泉)最もリスクが高いのは0歳児です。チェーンが開かないと、オムツは入りませんから。ちゃんとチェーンを開けてもらって、家の中に入って、赤ちゃんの顔を確認しておむつを置いてくるということを徹底してるので、必ず1カ月に一回、赤ちゃんの健康状態を確認できる。これが隠れた目的になっています。

母子健康手帳をお渡しする時には必ず1時間程度ヒアリングをさせてもらいます。その代わり、1時間ぐらいヒアリングした後に5000円のタクシー券を渡します。その5000円のタクシー券をもらえるのに「結構です」と帰る方はほとんどワケアリなんですよ。

そういった方に関しては、保健師が家庭訪問する。早い段階でおなかの中の赤ちゃんのリスクを把握するんです。乳幼児の健康診断に来ない場合にも必ず会いに行きます。子どもと会えなかったら、児童手当などの銀行振り込みを止めることにしています。

くさい言い方ですけど、明石市長としては明石の子どもは全部自分の子どものようなイメージです。自分の子どもと一緒です。たった一人の子どもも泣いているのを見過ごさない。

●市民だけを頼りに当選してきた

(紫原)とはいえ、実績が形になるまでには時間がかかります。家族や子どもがいない人たち向けに、その重要性をどう伝えて理解を求めてこられたんですか?

(泉)最初から「子どもを応援するのが町のみんなのため」と言い続けています。残念ながらすぐに理解は得られなくて、例えば典型的には、お年を召した方からはよくお叱りがありました。

そうした時は「お待ち下さい」と。「子どもを応援したら、地域経済はよくなって、ちゃんと財源できたらこれで他のこともしますから」と約束したんです。

他にも商店街ですね。「アーケードを作ってほしい」「何でアーケードを作らずに子どもなんだ」と言われました。私が反論したのは「いや、アーケードを綺麗にしたって客は来ませんよ」と。「ちゃんと子育て支援をしたらお金が使えるようになって、家族連れが商店街でお金を落とし始めるから、その方が儲かるじゃないですか」と。目的達成のためには、アーケードじゃなくて子育て支援なんですと説明したんですよ。

数年経ってその通りなっていた。子どもの予算を増やせば、子どもができますので、子育て層がお金を地元で落とし始める。その結果、5、6年たって商店街が潤い始めたと。そうなってくると、商店街が「市長、アーケードより子どもや」と言い始める。

建設業界も最初は公共事業を削減していましたけど、どんどんマンションや戸建てラッシュですから。建設業界も「市長、公共事業要らんわ。民間の方がもうかるから」という感じになっています。

また最近では、お年を召した方々の高齢者政策として、地域のバス無料化、高齢者の認知症の診断費の無料化などをどんどんやっていますから、お年召した方からも「市長、待った甲斐あったわ」「ついに番が回ってきたわ」言ってはるよね。

●「予算がない」「お金がない」は嘘?!

(紫原)どうしてこれだけ明石でできることが、国や他の自治体では難しいのでしょうか。

(泉)確かに3、4年前ぐらいまでは、「あれは変わり者の市長だから」みたいな理由で、(国や自治体は)「できません」と言ってたんですよ。でも、東京都とか福岡市など、この1、2年でばたばたっと変わってきました。本当はできることなのに「できない」と思い込んだだけなんですよ。

(紫原)一方で「予算がない、予算がない」と、国も地方自治体もいいますよね。              

(泉)嘘ですよ。           

(紫原)そうなんですか?                        

(泉)明石市の場合、1年間の会計予算は大体、2000億円なんです。1年間で。たとえば、5つの無料化に要する費用というのは34億円です。2000億円のうちの34億円で、明石市がやってる、独自の無料の施策ができるんです。パーセントにすると1.7%です。つまり全体のうちの1.7%のお金を作れるかどうかなんですよ。

一般のご家庭に置き換えてみるとわかりやすいと思うんですけど、例えば共働きで、1年間の世帯年収が600万の家庭を想定します。子どもはおられます。年間600万円だから、1月で言えば50万ですよね。1カ月50万のうちの1.7%は8500円。

簡単にいえば、子どもの月謝8500円を出すか、出し渋るかですよ。子どもが本気でやろうと思ったら、親は8500円の月謝について夫婦で話し合うんですよ。「ちょっとあんた、スナックが多すぎるん違うの。ちょっとスナック通い減らしなさい」とか、「ボトルキープはウイスキーから焼酎にするから許して」とか「家で飲むビールは発泡酒やから」とか。

そうやって1カ月8500円を作るのが世の中ですよ。政治だけが何のやる気もせずに新しいことは「じゃあ次また税金上げる」「また保険料上げる」と全く政治が機能してないんですよ。にもかかわらず、多くの官僚・政治家・マスコミ・学者が完全に発想を間違っていて、金がないと言い続けてる。お金がないわけがない。私たちの税金が消えているのが問題なんだと思いますね。

(紫原)一方で、泉市長の施策との因果関係が直接あるのかわからないですけれども、脅迫とか嫌がらせとか、そういうこともたくさん目に遭われてこられた。

(泉)1年目に、私から言えば過剰な投資とか無駄遣いと思ったものにメスを入れました。その直後から私の自宅のポストに殺すぞと言われ続けて。12年間殺すと言われ続けている状況ですから、そういう意味では、まあまあ半端なく、まあそれはいろいろありますわね。

●明石のモデルをどんどんパクってほしい

(紫原)独自の政策を実現できる市長とできない市長、何が違うのでしょうか?

(泉)0から1を作るのは、ある程度の腕力は必要かもしれません。でも、明石市で事例を作ったんですから、それを真似することは難しくないと思います。

私自身もこのキャラですから、こんな濃いキャラですから自覚してるんですよ。私は0から1を作るか、1を壊すかが得意なんです。続けるとか真似するのは得意ではないんです。私の役割としてはみんなが思い込んでいる「できない」というものを、私が形に置き換えるのが、私の使命役割と思ってきたので、それをやってきたわけですよ。

それを参考に他が真似するのはそんなに難しいことじゃないので、「どうぞご参考にしてください」「明石市をパクってください」という感じですかね。

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