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異色の番組「刑務所ラジオ」、弁護士と元受刑者が「同じ目線」で語り合う日本初の試み
「刑務所ラジオ」の収録現場(2022年5月、筆者撮影)

異色の番組「刑務所ラジオ」、弁護士と元受刑者が「同じ目線」で語り合う日本初の試み

「刑務所ラジオ」と聞くとぎょっとする方もいるかもしれないが、これは何も刑務所で流れるラジオ番組のことではない。NPO法人「監獄人権センター(CPR)」が、2022年4月に開始したラジオ番組の名称だ。

CPRは、刑務所、拘置所での非拘禁者の人権問題に関心を持った弁護士が中心となり、刑事拘禁施設の人権状況を国際水準に合致するよう改善していくこと、死刑制度を廃止することなどを目的として活動している。

「刑務所ラジオ」は、元受刑者、受刑者の家族、受刑者を支える支援者がパーソナリティを務めるという日本初の試みで、府中刑務所がある東京都府中市のFM局から届けられる。

一体どのような現場でどのような内容を発信しているのか。「刑務所ラジオ」の収録現場を訪ねてみた。(ライター・小泉カツミ)

●ディレクターだと思っていたその人物は…

5月下旬、東京都府中市にあるコミュニティFM局「ラジオフチューズ」を訪ねた。ガラス張りのカフェの一角が、スタジオになっているようだ。この日、スタジオで元受刑者らが出演して様々な思いを語る「刑務所ラジオ」の収録が行われていた。

出演する弁護士は、「DJなおみん」こと菅原直美さん(多摩の森綜合法律事務所)、「コロちゃん」こと中田雅久さん(立川アジール法律事務所)、「まほティー」こと奥田真帆さん(立川アジール法律事務所)。このほか、ディレクターらしき男性もマイクの前に座っていた。

番組の収録が始まり、「DJなおみん」がマイクに向かって話し出した。

「ラジオフチューズをお聞きの皆さんこんにちは。『刑務所ラジオ』にようこそ!この番組は、刑務所のある府中市から刑務所について考える30分です。元受刑者の方、受刑者のご家族の方、また刑務所を出た方の社会復帰をサポートされている方々をゲストに招いてお話を聞いていきます」

ここでようやく気づいたのだが、マイクの前に座っているディレクターらしき男性が元受刑者だったのだ。スタジオに来た際に笑顔で声をかけられたこともあり、この方が元受刑者だとは考えもしなかったのである。彼は「クマさん」というニックネームで呼ばれていた。

●府中刑務所から届く「知らない人からの手紙」

番組は、刑務所にいる人たちが弁護士に関わることについての話題から始まった。司会の菅原弁護士から質問を受けた中田弁護士が説明してくれる。

中田:そうですね。数は多くはないんですが、刑務所に出張して法律相談に乗ったり、あと自分が以前担当していた元被告人の受刑者に会いに行くということもあります。

出張のきっかけは、法律事務所に届く受刑者からの手紙だという。

中田:知らない人からの手紙なんです。で、住所を見てみると府中刑務所からなんですね。読んでみると『相談に乗って欲しい』という内容。あとは、『法テラス』(日本司法支援センター)の方から『手紙が来てるんですが、どなたか担当できる方いませんか?』と回ってくることもありますね。

相談の内容は、刑事関係のことだったり、中には「自分は本当は無実なので、再審をやって欲しい」という依頼もあるらしい。

中田:他にも自分が社会の残してきた家族との関係で悩みがあるというもの。離婚問題、子どものこと、あとよくあるのは借金があって、それがそのままになっているのだけどどうしたらいいかとか、もうすぐ出所なんだけど社会復帰の後、どうやって生活していいかわからないなどの話が多いですね。

菅原弁護士が、クマさんに問いかける。

菅原:クマさんは、刑務所にいるとき、こうした弁護士の出張相談があるということは知ってましたか。

クマ:いや、そこまで余裕がない、というのが本当のところでした。もちろんできるとは知らなかったし、僕もいろいろ借金のこととか問題があったんで、中でそういう法律相談ができたら良かったかなあって今は思いますね。

●普通の人間関係が持てない「塀の中」

中田:僕が自分の意思で会いに行くのは、特別な思い入れのある人だったり、長期受刑者の方、10年、20年、外との接点のない人のケースですね。それは法律相談というより、どちらかというと友達として会いに行く、というのが近いかもしれませんね。

菅原:私も自分が担当した被告人の方から手紙が届いたりするんですね。それも法律相談というのではなくて、他愛のないこと。ちょっとしたことを頼める人が社会(塀の外)にいないように思います。だから担当の弁護士に手紙を書いて頼んでいて、私がお返事をすることで社会との繋がりができていれば、社会に戻った時にモチベーションになったり、心細さが和らいだりということがあるようです。

刑務所の中では私的な会話も制限されるだろうし、普通の人間関係を保つことは容易でないに違いない。

中田:それでも社会に出たら、(人間関係を保つことは)必要な能力だし、それ(人間関係能力)が衰えちゃうと、社会に出た時、困る。そう考えると、刑務所には物理的な塀(がある)だけでなく、心理的にも社会と隔てられているんだなと思いますね。それが少しでも突破できるといいのかなと思います。

奥田弁護士は、更生保護施設で相談を受け付けているという。

奥田:その施設は、出所した後に行く場所がない場合に、しばらく住んでいられる場所なんです。多摩地域にある施設に私を始め有志の弁護士が1カ月に1度行って、利用者の方の法律相談を受けています。借金の悩みとか。あとは離婚して欲しいと言われているんだけどどうしようとか。また、携帯電話が使えないなくて困っている、なんて悩みもあります。

●更生を阻む「銀行口座問題」

奥田弁護士の話を受けて、元受刑者のクマさんが言葉を続ける。

クマ:困ることは山ほどありますね。借金もその中の一つ。それよりも、これからの人生どうやって生きていったらいいだろう、というのが一番の心配事ですね。銀行口座も作れなかったし、あとは携帯電話の名義も自分で作れなかった。

何といっても元受刑者が一番困るのは、銀行口座の問題のようだ。

クマ:今、仕事をするのに、給与の振り込みは全部口座じゃないですか。だから口座がないと仕事を探すのにもかなり支障が出てしまう。ただでさえ元受刑者という立場で、社会から見たらめちゃめちゃ偏見を持たれる中で就職活動をしなきゃならないわけで、なおかつ銀行口座が作れないというストレスを抱えながら社会復帰するというのはハードルが高かったですね。

菅原:私も銀行口座のことを相談されたことがあって、大手の銀行じゃなくて地方の銀行で事情をわかってくれるようなところに頼み込んで作ってもらったことがありました。そういうことも弁護士に相談できればいいですね。

クマ:一緒に銀行まで行ってくれる弁護士さんがいたらどれだけ心強いかと思いますね。行くと警察を呼ばれることもありますから。

中田:制度としてそれでいいのかということを、僕らとしては考えて行く必要があると思いますね。出所してから銀行口座が作れない、というのは社会復帰をいきなり拒むことになりますから。せっかく弁護士という肩書を背負ってやってるわけですから、そのために申し入れをしたり、地域社会や法制度に働きかけていく、良い方向にいけるように働きかけていくことも大事なことなんじゃないかな。率直に言って、今まで僕ら弁護士もそう言ったことをサボってきていたというか、手が届いてないところがあったのかなと思います。

クマ:僕は薬物の当事者で、以前仕事のストレスから覚せい剤を使ってしまって、でも仕事を辞めたら覚せい剤がやめられたという経験があった。だから、仕事は2度としたくなかったので、(刑務所出所者を支援する)NPOに入って、生活保護の申請をして、そこでストレスのない生活を1年くらい送りました。ボランティアをして人と関わるうちにだんだん元気が出てきて、また仕事ができるようになりました。その経験から、1年ぐらいは焦らずにゆっくりした方が僕はいいんじゃないかなと思います。

●「豊かで強い社会」を目指して

画像タイトル 左から奥田真帆弁護士、中田雅久弁護士、菅原直美弁護士(2022年5月、筆者撮影)

菅原弁護士は、実際に相談を受ける側としての見解を中田弁護士に聞く。

中田:仕事をしたいという気持ちを話してくれる方もかなりおられます。刑を終えて出てきた人が仕事をしようと思うことは『なぜ』なんだろう、と考えてみると、やっぱり社会とのつながりだとか、本当に貢献したいだとかそういう気持ちを、事件を起こした当事者であっても、他の人と同じように当然持っているわけですね。そういう気持ちがあるということが僕はすごく大事だと思う。

もっとも、中田弁護士は相手に「(社会とのつながりや貢献を)仕事をするという方法以外ではできないんですか」と尋ねるという。

中田:今クマさんも更生を助ける立場でボランタリーな活動をされているわけですけれど、そういう形で、人と社会と関わるというのも、一つの関わり方だと思うんですね。仕事は仕事でいいんですが、他にも社会に関わって貢献する、自分の居場所を作るやり方は他にもあるよ、ということは知って欲しい。社会の側にいろんなバリエーションがある、様々な場所があるというのが豊かで強い社会だなというのを思っています。

菅原弁護士は、クマさんが、ラジオで出演していることも「社会とのつながりの一つ」だと指摘する。

菅原:仕事もそうですけど、社会の中で私たちが固定観念で考えているような『社会復帰』や『更生』というのは、現実にはなかなか難しいということを当事者の方は体験されているんですよね。それを我々も理解をした上で、きちんとアドバイスをしていく必要があるのかなと思います。

中田:刑務所に入ってる方というのは、ほとんどの人は基本的には「弱い人」「困っている人」ですね。事件を起こす前も、何か生活上の困りごとだとか、気持ちの上での悩みだとかがあって、それを適切な問題解決の方法を知らなくて、犯罪という形で解決してしまっている、そういう弱い方が多いということを知って欲しいなと思いますね。

奥田:刑務所に入っていた方にはやはり不器用な方が多いんですね。でも、抱えている問題とか、普段の暮らしというのは他の方となんら変わらない。だから、変な色眼鏡で見るんじゃなくて普通に社会復帰を見守っていただけたらと思います。

クマ:実際僕も弱い人間だから、弱い人の気持ちがよくわかる。だから、実際にそういう弱い人たちの味方であり続けたい、というのが僕の意思、感想ですね。今日はとても楽しかったです。

番組の最後には、3人の弁護士からのリクエスト曲、光GENJIの『パラダイス銀河』が流れ、和気藹々のムードのなか番組は終了した。

収録終了後、スタジオの隣のカフェで3人の弁護士およびクマさんと一緒に生ビールを飲んだ。ニックネームで呼び合い、冗談を交わし笑い合う弁護士と元受刑者。普通の友人同士にしか見えなかった。

「刑務所ラジオ」は、そんな場面をも作り出す「ユニークな試み」ともいえるだろう。

【筆者プロフィール】小泉 カツミ:『現代ビジネス』、『週刊FRIDAY』、『週刊女性』の「人間ドキュメント」などでノンフィクション著述の傍ら、芸能、アート、社会問題、災害、先端医療などのフィールドで取材・執筆に取り組む。芸能人・著名人のインタビューも多数。著書に『産めない母と産みの母〜代理毋出産という選択』、近著に『崑ちゃん』(文藝春秋/大村崑と共著)、『吉永小百合 私の生き方』(講談社)などがある。

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