「メディアで統一教会の問題を取り上げると、抗議の電話が殺到する」という話がある。
一般論として、センシティブなテーマを報じることでテレビ局に抗議電話が殺到することは珍しくない。残念ながら、その影響で取り上げづらくなるということもありえるのが番組制作の現実だ。
テレビ局が怖気づいているように見えるだろうが、筆者はもっとテレビ制作にかかわる構造的な問題があると考えている。とはいえ、視聴者の信頼を裏切る行為であることには変わりない。テレビ局はどう対応していくべきか、考えてみたい。(テレビプロデューサー・鎮目博道)
●抗議電話の殺到
今月18日、テレビ朝日『羽鳥慎一モーニングショー』にジャーナリストの有田芳生さんが出演した際、有田さんが「政治の力」で統一教会の摘発が見送られたと語り、スタジオの空気が凍りついたようになったことが話題になった。
私はテレビ朝日のOBであり、『モーニングショー』の前身番組のOBでもある。テレビ朝日関係者から聞いた話によると「この放送の前の13日に全国霊感商法対策弁護士連絡会メンバーの紀藤正樹弁護士がスタジオ出演した際に、『統一教会側の意見を出さず、一方的な批判ではないか』というような内容の抗議電話が殺到したという話を聞いた」ということである。
もしこの関係者の証言が正しければ、有田さんのコメントにスタジオが凍りついた背景には「また抗議電話が来るのでは」ということが出演者の胸によぎり、それがつい顔に出てしまった可能性もあるのかもしれない。
▼安倍晋三元総理暗殺事件をきっかけに浮上した統一教会。私がテレビに出演すると、統一教会はかつてのように各局に執拗な抗議をしています。さきほど出演した「ミヤネ屋」に対してもしかり。「抗議があったから、また有田さんに来てもらいました」とスタッフのひとり。メディアの踏ん張りどころです。 https://t.co/7DobTHUu7J pic.twitter.com/Gv3AIBPpH0
— 有田芳生 (@aritayoshifu) July 21, 2022
●オペレーターや視聴者センターで止まれば良いが…
テレビ業界でニュースやワイドショーの制作にあたってきた筆者の経験に基づくと、一般論として、こうした話題を番組で取り上げると抗議電話が多数かかってくることはままある。
こうした場合には番組制作に支障が出てしまうことも多いため、放送局的には抗議の殺到を避けたいと考えてしまいがちな事情がある。
まず、放送局にかかってきた視聴者からの電話は、どのような体制で対応されるのかを説明しよう。局の代表電話にかかった電話は「総合案内」のオペレーターにつながる。そして、オペレーターが「番組に関する問い合わせや意見、苦情」であると判断した場合には、電話は「視聴者センター」などと呼ばれる専門の部署に転送される。
時間帯にもよるが、「視聴者センター」には常時数名〜十数名程度の専任の担当者がいて、この担当者のもとには、あらかじめ各番組から当日の放送内容の概要や、番組で紹介した施設・お店などの住所・電話番号や営業に関する情報の資料が渡されているので、だいたいの電話は視聴者センターの担当者が対応する。そして、番組に対する意見はやはり資料にまとめられ、通常は放送後に番組側に伝達される。
ただ、苦情や抗議などでなかなか電話の主が納得しない場合や、抗議の内容が微妙で「当事者である番組スタッフでないと対応しにくい」と視聴者センターで判断した場合、電話の本数が視聴者センターのキャパを超えてしまった場合などには、電話は番組のスタッフルームに転送されることになる。
なので、「一斉に出演者のコメントに関して抗議が殺到した場合」には、電話の多くは番組スタッフルームに回ってくることになると思う。
抗議する側もそのあたりを良く知っているので、処理しきれないほどの大量の電話を組織的にかけてくるのだ。
●翌日の準備中のスタッフの時間が削られる
こうなると、朝のワイドショーの場合には、放送時間中に電話に対応するのは主に「翌日の担当者」ということになる。なぜなら当日の担当者は放送業務で手一杯だからだ。
一般的には朝から昼の時間帯に放送されるワイドショーの場合、制作するスタッフは曜日ごとの班に分かれていて、月曜日の制作を担当するのは「月曜班」、火曜日の制作を担当するのは「火曜班」というふうに、それぞれの曜日にプロデューサー的な責任者がいてディレクターやADがいるのが通常だ。つまりほぼ「曜日ごとに別番組」のようになっている。
抗議電話が殺到すると、制作した班よりもむしろ「翌日の放送準備のために出勤してきている他の班のスタッフに迷惑がかかる」という事態になってしまうわけで、言ってしまえば「翌日の番組の準備に支障が出る」のだ。
抗議電話を受けている「翌曜日の班のスタッフ」にしてみればこうした電話はかなり迷惑だし、「自分たちも放送内容に気を付けないとこうして抗議電話が殺到するかもしれないし、他の班に迷惑をかけてしまうかも」とつい考えてしまって、翌日の放送内容を決める際に何らかの忖度をしてしまうかもしれない。
また、局の組織的には、ワイドショーやニュースを制作する部署と視聴者センターは、通常は別の部局に属している。そうすると、「朝から抗議電話が殺到して、視聴者センターの担当者たちが大変だった」ということに関して、視聴者センターの部局のトップから番組制作の部局のトップにクレームがいくことになりがちだ。
本来、抗議に屈してはならないところだが、抗議によって負担が生じるのは、実際にその問題を取材して報じる人たちではなく、他の番組関係者たち。そのためより広範な覚悟や調整が必要になる。
こうした点からも、番組プロデューサーとしては「抗議電話が殺到するような事態を避けたい」と考えてしまうことは大いにありうると私は思う。
●テレビ局は「電話対応」をやめるべき
こうした「抗議電話で番組制作に影響が出る」事態を避けるためには、そろそろ思い切って放送局は「旧態依然の視聴者苦情電話対応態勢」を見直すべき時がきているのではないだろうか。
それほど豊富な人員がいるわけでもなく、こうした抗議電話には性質上「番組制作の当事者である番組スタッフ」以外では対応しづらいことを考えれば、生放送業務を遂行中の番組スタッフルームが大量の抗議電話に対応しなければならないようなシステムは改めるべきだ。
いまや、こうしたクレームに電話で対応しなければならないというものでもないだろう。たとえば代表番号に電話がかかってきた時点で、「ご意見・ご質問等はメールやSNSでお願いします」というのを基本的な対応にしてしまってはいけないのだろうか。その上で、緊急に訂正を必要とするような事案だけ、番組スタッフルームに電話を転送するので良いのではないか。
テレビ報道に対する視聴者からの信頼の低下が言われる今、こうした抗議電話への対応態勢を見直すことも、信頼回復につながる大切な改革ではないかと私は思う。