スイーツ類のインターネット販売事業を手がけるアイ・スイーツ(東京・文京区)が5月25日、5月16日をもって廃業となった和菓子店「紀の国屋」の元従業員とともに、和菓子の製造販売事業を手掛けることを発表した。
プレスリリースによると、同社は、紀の国屋の従業員20名を雇用したうえで、「匠紀の国屋」として、和菓子の製造販売をはじめる。
廃業した紀の国屋は、1948年創業。全23店舗を展開し、東京・多摩地区や神奈川県を中心に親しまれていたことから、廃業の発表はSNSでも話題となっていた。
紀の国屋の看板商品だった「(相国)最中、どら焼き、あわ大福」は、商標権や製造機械の問題などがあり、「まったく同じ形状での製造販売」ができないため、再現を目指すようだ。
特許情報プラットフォーム「J-PlatPat」で検索すると、たしかに紀の国屋の和菓子名に含まれていた「相国」「相国短冊最中」「うけら」「おこじゅ」の文字商標(第30類)が、「有限会社紀の国屋」名義で登録されている。
これら商標は、権利者である紀の国屋が廃業となっても有効なのだろうか。また、廃業となった場合、商標権は一般的にどのように扱われるのだろうか。知的財産権にくわしい冨宅恵弁護士に聞いた。
●破産手続開始の決定までは「紀の国屋の商標権」
——商標権は、権利者が廃業となっても有効なのでしょうか。
まず、会社が事業を廃業することと、会社が存在しなくなることを区別して考えなければなりません。
会社は、廃業しただけではなくならず、清算・破産などの法的手続きを行ってはじめて消滅します。会社が複数の事業を行っていて、一つの事業を廃業しても会社が他の事業を行って存続している例を思い浮かべれば、よく理解してもらえると思います。
会社が存続する限り、廃業したとしても、会社の権利や義務は消滅しないのです。
報道によると、紀の国屋の場合、5月16日に東京地裁へ自己破産を申請したようですが、破産手続開始の決定までは、和菓子の製造、販売業を廃業したにとどまり、紀の国屋という会社そのものは消滅していません。
ですから、紀の国屋という会社が存続するかぎり、紀の国屋は商標権を保有しており、それを侵害した場合には、紀の国屋から訴えられ得るということになります。
——商標権者が消滅した場合、商標権は一般的にどのように扱われるのでしょうか。
会社が廃業して、清算や破産などの法的手続きで消滅した場合、財産を処分して、債権者に配当するという手続を行います。
仮に、紀の国屋が、このような手続を行った場合、清算人や破産管財人が紀の国屋の商標権を処分します。
ただ、商標権というのは、実際に使用されて、商標権に信用が化体しているからこそ価値があるので、一般的に、廃業した事業に使用されていた商標権というのは、それほど高価な値段がつくわけではありません。
しかし、紀の国屋の場合は、長く事業を継続し、関東一円で親しまれてきた和菓子ですし、廃業直後であれば、商標権に化体した信用が大きく損なわれることもないでしょうから、ある程度の値段がつくのではないでしょうか。
ちなみに、商標法には、不使用取消審判という制度が設けられています。
これは、3年間まったく商標が使用されていない場合に、登録の取り消しを求めることができる制度です。
仮に、紀の国屋の商標が3年間使用されないまま放置というようなことがあれば、商標登録の取り消しを求め、取り消しが認められたならば、その商標を使用することができるようになります。
●「立体商標」の問題はないが…
——仮に「まったく同じ形状での製造販売」しようとした場合、商標権などの法的問題をクリアする方法は何か考えられるのでしょうか。
紀の国屋の商標は、文字商標で、和菓子の形状を立体商標として登録したものありません。ですから、紀の国屋が作っていた和菓子の形状と同じ形状の和菓子を製造、販売しても商標権との関係では問題となりません。
ただし、商品の形態が特定の会社の「出所表示機能」をもっており、その形状が周知の場合には、不正競争防止法との関係で問題となることがあります。
ポイントは、紀の国屋の和菓子を見たときに、他の会社の和菓子と区別することができ、紀の国屋の和菓子であると判断できるかどうかです。
ただ、この問題も、包装や商品自体に、紀の国屋の商品でないことが分かるような混同防止措置をとっていればクリアできるのではないかと考えます。