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35人以下学級は実現したけど…文科省の「説明不足」で議論が歪曲、鈴木寛教授が指摘する「真の論点」
鈴木寛氏(写真:キッチンミノル)

35人以下学級は実現したけど…文科省の「説明不足」で議論が歪曲、鈴木寛教授が指摘する「真の論点」

政府が2020年12月21日に閣議決定した2021年度の当初予算案で、2025年度までに公立小学校の1学級の定員を、現在の40人以下から35人以下に引き下げることが盛り込まれた。

予算折衝の場面では、定員の30人以下への引き下げを求める文科省と、反対の立場の財務省との間で、激しい攻防が繰り広げられ、メディアでも大きくクローズアップされた。

財務省は、少人数学級の学力への影響は限定的だとする研究結果を提示し、文科省が即座に反論する場面もあった。

文部科学副大臣、補佐官などを務めた鈴木寛氏(東京大学大学院公共政策大学院教授、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授)に、この間の議論の振り返りを聞いた。(武藤祐佳、新志有裕)

●少人数での指導方法の話に議論が歪んでしまった

――定員が35人以下に決着したことをどう捉えますか。

萩生田文部科学大臣は「財務省の壁は高かった」と発言されました。大臣の思いのほどはわかりませんが、私としては、今回の決着が小学校だけで、中学校が含まれていないところが一番残念でした。

ただ、16年ぶりに教職員定数改善計画の策定がなされることになり、その意義は極めて大きいと思います。荻生田大臣が頑張らなければ、この再開はありえなかった。その点は、もっと高く評価すべきです。

財務省は、年度を越えて中長期的に予算付けにコミットすることに最も抵抗感があります。だからこそ、16年間、定数改善計画策定を拒み続けてきました。この16年のうち、最初の6年間、教職員定数は大幅に削減され続けましたが、2010年度以降、歴代の文科大臣の奮闘で、教職員定数を維持することに実質的には成功していました。

確かに、財務省も主張しているように、教員一人あたり児童生徒数は毎年改善され、先進国並みとなりました。ただし、その内訳は、近年、ニーズが一挙に高まった特別支援教育関係の教員増などが中心で、それ以外の部分は、なんとか同水準を維持し続けてきました。

ただ、定数改善計画が作られなかったために「若手教員の非正規状態」という問題は解決されずに放置されてきました。このことが、今回の萩生田大臣の奮闘で、定数改善計画の策定が再開となったことで、小学校については改善に向かいます。

萩生田大臣の強い意志と情熱に対しては、大いに敬意と表したいと思います。萩生田大臣がいなければ、文部科学省は要求すらしていななったでしょうし、財務省ペースで議論が進む中、終盤まで、何とかもちこたえ、重要なことが実現できたのも大臣の強い交渉力のおかげでした。

ただ、大臣を支える文部科学省の事務方には、反省すべき点も多い。いろいろなことを緻密に考えて、もっと戦略的にサポートすべきでした。

文科省の的確な説明や発信が足りなかったことと、メディアが少人数学級と少人数指導を意図的に混同して報道したことで、本来は、教員基礎定数の総数の中長期的確保・改善と若手非正規教員問題の解決について議論すべきなのに、少人数での指導方法の話に歪曲化されてしまいました。

今後の議論を濃密なものにするためにも、文科官僚は、もっとクオリティの高い議論を展開できるよう、その政策分析力、政策デザイン力、PR力を磨き直す必要があります。

●本当に発信すべきだったのは「非正規が多い若手教員の正規化と優秀な人材の確保」

――議論が歪曲化されたとはどういうことでしょうか。

文科省が、今回の要求を「少人数学級の実現」と打ち出してしまったことが、そもそもまずかった。「少人数学級」と打ち出してしまったので「少人数指導」と混同されやすくなってしまいました。

確かに、現行の義務標準法のスキームに従えば、制度改正要求の中身は学級規模の引き下げなのですが、そのことは制度の説明であって、今回の主たる政策目的を説明していません。ここが役人の弱いところです。説明の正確さは担保されているが、その言葉が、世の中でどのように受け止められ理解されるかという想像力が弱い。

今回の主たる政策目的は「非正規が多い若手教員の正規化とそれによる優秀な人材の安定的な確保」です。そのためには、非正規教員(臨時的任用職員と非常勤職員)の枠を正規化(常時勤務職員)していくことが不可欠で、いつ削られるわからない加配定数(編集部注:政策目的に応じて追加される定数)ではなく、基礎定数の中長期的維持・充実が必要で、そのためには、16年間作られなかった小中の教職員定数改善計画の再策定が必須ということを強調すべきでした。 

本来は、義務標準法の定数算定のスキーム自体をも見直すべきなのですが、文部科学省事務方は、そのための議論の積み重ねを怠っていました。萩生田大臣のリーダーシップで、突然、要求することとなって、理論武装やシナリオ・メイキングが不十分なまま、突っ込んでいって、その不備を財務省に突かれて苦戦しました。

「少人数によるきめ細かな指導体制」についても、目的と手段を整理しないまま、近年の学術研究を参照しないまま、「学級規模を少人数化すれば学力の維持・向上に資するだろう」という「指導方法工夫改善」の文脈に絞りすぎて説明してしまいました。

要求後にアカデミアや財務省からの指摘を受けて、その後、つぎはぎ的、場当たり的に要求の論拠を変えていったことが、文部科学省の要求が説得力を欠いているとの印象を与えてしまいました。

文部科学省が、後出しで、新たな論拠を並べ立てても、いったん「指導方法の工夫改善のための少人数指導の是非」で設定されてしまった議論の土俵をマスコミも変えるわけもなく、終始、指導方法に議論に歪曲され、「若手教員の非正規問題」は論点になることもなく、議論が終わってしまいました。

当初から、国民に対して「特別支援教育以外の正規教員の定数が増えないまま、若手にそのしわ寄せられ続け、非正規が多いままとなっている、教育の質を維持するためには、正規教員の長期的に定数を維持・改善することが必要、加えて、コロナ対応のために学級規模の縮小が必要で、かつ、学びの革新のための公正な個別最適化のためにも一般児童・生徒についても人数当たりの教員数の抜本的改善は必要で、そのために予算の要求をしている」と説明しておけば、国民に対する印象は変わったでしょう。

文部科学省は、いまだに、都道府県別の「新規採用者や20歳代教員における臨時的任用職員や非常勤職員(非正規)の比率」をしっかりと説明していません。

15年ほど前までは、5か年計画で採用が行われて教員定数が維持されていたのですが、小泉内閣の時に子どもの自然減を上回るペースで教員数をカットする法律ができました。

教育を重視する政権下で、毎年、「加配定数」を確保することで総定数はキープしてきましたが、それはたまたま実現してきた話であって、一旦、教育に冷たい政権が誕生してしまえば、加配定数はいつでも減らせます。したがって、都道府県は安心して常勤教員を採用することができませんでした。

その結果、特に財政力の厳しい道県では、常勤教員の新規採用がかなり厳しくなり、地方には優秀な人材はいても正規で採れなくなっています。他方、都会の財政力がある自治体では、教員の過酷な就業実態と民間企業をライバルとした人材獲得競争もあいまって、余程の意志の固い学生は別として、非正規の採用枠に好き好んで応募してくれるわけもなく応募数が大幅に減り、質の低下につながっていますし、まして、中途採用の場合、安定した職についている中堅人材が非正規枠に応募してくれるわけもありません。このように、教員コミュニティでは、若手・中堅の優秀な人員の確保に大きな問題が突き付けられているのです。

加えて、教育現場は「公正な個別最適化」の実現やコロナへの対応、不登校児や発達障害児といった特別なニーズを持つ子どもへのさらなる充実した対応、指導方法や学習環境のイノベーションの必要に迫られ、優秀な人材を質量ともに確保するニーズがさらに高まっています。このような状況を踏まえ、中堅・若手人材の安定的な雇用を確保することが必要だということです。

現行の義務教育標準法では、教員基礎定数の算定根拠のメインが学級規模になっているため、教員基礎定数の確保のためには、学級規模を35人以下に変更することが必要ですが、「35人以下学級」の意味は、少人数指導という指導方法の改善もさることながら、教員基礎定数の維持・拡充、さらに定数改善計画の策定による中長期的なコミットとあいまって、常勤教員(正規教員)の安定的な確保という意味が大きいのです。

しかし、「少人数学級」という言葉を使ってしまったため、そのような真意が伝わらず、「35人以下学級」のもつ意味のうち「少人数指導」と同義にとらえられ、指導方法の議論に終始してしまいました。

今回、結論としては、基礎定数改善と計画策定再開が実現されたので、これでよかったということなのかもしれませんが、大臣の頑張りの割に、その問題意識と今回の意義が十分に国民に伝わらず、正しく評価されない結末になったのではないでしょうか。

●財務省が示した「エビデンス」と文科省が目指すものは「別の話」

――今回の議論では、文科省の要求に対し、財務省が少人数学級の「学力への影響が限定的である」ことのエビデンスとして、研究論文を提示する場面がありました。最近、エビデンスに基づく政策立案(Evidence-based Policy Making、略はEBPM)が重視される傾向にありますが、どう考えればいいのでしょうか。

財務省は、エビデンスを拡大解釈ぎみに利用していました。そもそも、研究論文とは、「こういう地域で、こういう児童・生徒を相手に、このような観点から仮説を立てて、その範囲において、結論はこうです」と示すもので、必ず、その前提や有効な範囲があります。それらをすっ飛ばして、印象操作していた面もみうけられたように思います。

引用された学者も少し困惑していたのではないでしょうか。いつもそうですが、財務省のほうがPRにおいて一枚上手だったわけです。最終的には、中学校はだめでしたが小学校については、必要最小限の要求には応えたものとなっていましたので、それでもよかったのかもしれませんが、問題なのは、文科省がその土俵に乗ってしまったことですし、そもそも、その土俵を不用意にも設定しまったことです。

ーー文科省はどう反論すればよかったのでしょうか。

財務省が示したのは、これまでの学校教育における学級規模と学力向上に関する研究です。本来ならば、文部科学省の側から、新たな学びにおける指導形態や指導人数の新たな考え方を提起すべきでした。つまり、従来の学級規模をベースにした定数算定の考え方自体を文部科学省の側から乗り越えるべきでした。

それに、学校教育の目的は学力だけではありません、参照論文は、学力向上以外を目的とした指導(いじめ発見・対処、心理面での不安改善、意欲向上、個別最適化などの対応)の当否については何ら言及していませんし、いわんや、非正規教員問題の放置や定数改善計画の不存在の教員人事政策上の影響については、これらの論文は何ら言及していません。

基礎定数確保による常勤正規職員の安定的な雇用を確保までを否定しているわけではありません。文科省は、その点を、端的に指摘する必要すべきでした。

指導方法の議論にしても、そもそも、日本における児童・生徒の学力は学校教育以外にも家庭教育、民間教育の要素などが複雑に絡み合って影響されています。さらに、従来型の学力でいえば、直接的に意味があるのは学級規模ではなく指導規模です。それを学級規模と学力向上を短絡的に結びつけて議論し続けてきたこと自体に問題があります。この点も整理して論ずる必要がありました。

さらに個別最適化を目指せば、最適化な指導規模はどんどん個別化、多様化します。つまり、今後は、教員が35人で集団指導をするべき状況と、16人で、8人で、4人でグループ指導すべき、2人で指導すべき、1対1で指導すべきといった状況があるでしょうし、児童・生徒によっても、自主学習でいい児童・生徒、集団指導でいい児童・生徒、グループ指導すべき児童・生徒、個別指導すべき児童・生徒というように個別に異なってきます。

さらに、教員側もチーム・ティーチングが加わります。今後は、学ぶ内容と目的、学ぶ子どもの状況によって、指導規模を柔軟にカスタマイズする必要があります。それらに柔軟に対応できるように、特別支援教育以外においても、児童・生徒あたりの教員数は改善しておく必要はあるのです。

このように、文科省は、これまでの話とイノベーション後の将来の話を切り分けて、公正な個別最適化を目指した学びのイノベーションのためには、児童・生徒数と教員の比率の継続的な維持・向上は必要だという主張を当初から強調できたはずです。

――今後のEBPMについて、どう考えますか。

今回の予算折衝でエビデンスに基づく議論が始まったことは、文部科学副大臣時代に、はじめてEBPM導入を事業化した私としても、よかったと思っています。特に、日本のEBPMを次のステージにもっていく契機になったと思います。

今度は、エビデンスを活用する政策責任者たちが、それぞれのエビデンスの適用の対象と範囲を的確に見定めるなど、適切にエビデンスを用いるための政策リテラシーを上げないといけません。

さらに、教育学でも、教育政策学、教育経済学、教育心理学、教育方法など、それぞれに学問の目的や方法が異なります。それらの学問の特徴や目的をも、しっかり理解して、それぞれの分野の成果を的確に使いこなす必要があります。

また、学校教育は様々なイノベーションが求められています。学力の中身自体が今大きく変わってきていて、非認知的能力や、OECDなどでは、態度や価値を学力に含め、エージェンシー(主体性)などの重要性を強調しています。そこに新型コロナ対応が加わっています。

こうしたなかで、今、渋谷区で始まっていますが、どんどんモデルケースを作って、いち早くエビデンスを出し続けていく体制づくりに注力すべきことが重要となります。と同時に、エビデンスはもちろん重要ですが、エビデンスが出そろわなくても決断すべきときと、エビデンスが出るまで待つべきときを見極める資質・能力も必要となります。

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