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「訪問介護でコロナ感染」提訴で問われる「リスク分担」のあり方 弁護士の見方は?
広島地裁(Googleストリートビューより)

「訪問介護でコロナ感染」提訴で問われる「リスク分担」のあり方 弁護士の見方は?

新型コロナウイルスに感染して死亡した広島県三次市の女性(82)の遺族が、発熱などの症状があった担当ヘルパーによる訪問サービスを続けさせなければ感染は防げたなどとして、訪問介護の運営会社に4400万円の損害賠償を求め、広島地裁に提訴したとこのほど報じられた。提訴は9月3日付。

報道によれば、ヘルパーは3月31日に発熱などの症状が出ていたが、4月1日にいったん改善。4月2日と6日に女性宅を訪問しサービスを提供していたが、10日に新型コロナ陽性が判明したという。

サービスを受けていた女性は4月3日にせきなどの症状が出て、PCR検査で9日に陽性と判明。19日に新型コロナによる肺炎で死亡したという。

女性の遺族は、ヘルパー自身が訪問を回避すべき注意義務を怠ったことについて運営会社に使用者責任があり、またヘルパーの訪問を続けさせたことについて運営会社の安全配慮義務違反があると主張しているようだ。

新型コロナ感染で医療機関や介護施設を提訴するケースはまだあまりないとみられ、今回の提訴が報じられると、ネットでは「介護現場での感染は完全に防ぐことはできない。それを訴訟にしてしまうと、介護職が利用者をみれなくなる」など戸惑いの声もあった。

裁判ではどのような点が争点となるのだろうか。また、感染リスクとはどう向き合うべきなのか。医療法人や介護施設などで顧問を務めた経験のある島田直行弁護士に聞いた。

●裁判では「感染のプロセス」「過失の有無」が争点になり得る

ーー介護事業者の責任を問う裁判が起こされました。

まずお亡くなりになった方のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の方へ心よりお悔み申し上げます。

ただ、生じた結果と法律上の責任の有無は分けて検討されなければなりません。報道で知り得た範囲で個人的な見解をお伝えします。

ーー裁判では主にどのような点が争点になりそうですか。

新型コロナの感染は、目に見えるものではありません。しかも感染したからといって直ちに自覚症状がでるとも限りません。

そのため、ある人が感染したとしても感染ルートが明確とは限りません。今回のケースでも感染させられたとする側(原告側)が感染プロセスを明らかにする必要があります。ここがひとつの争点になるでしょう。

また、介護事業者の過失の有無も争点になるでしょう。

一般的に介護事業者は、感染防止のために尽力をしています。その上で責任を認めるとなれば、相当の理由が必要になるはずです。

「感染の可能性があった」という抽象的な理由だけで責任が認定されれば、事業者として「一体どこまで対応すれば許されるの」ということになるでしょう。

今回の裁判における判断は、介護事業者のみならず飲食店あるいは保育園といった「人が集まる」事業を展開する事業者の責任の在り方にも影響を及ぼす可能性があります。そのため、社会に大きなインパクトを与える裁判になるかもしれません。

●「家族として一定のリスクを引き受けるという心がけも必要」

ーー裁判による介護現場への影響はどうでしょうか。

現時点でも「(介護施設などで)自由に利用者と面会もできない」という家族からの不満の声を耳にすることがあります。

仮に介護事業者に重い責任が認められれば、利用者などに対し、より厳格に対応せざるを得なくなるでしょう。しまいには「受け入れできない」ということにもなりかねません。それは利用者などにとっても望ましい結果ではないはずです。

ーー利用者側はどのような点に留意すべきなのでしょうか。

介護サービスを利用する場合には、「家族の健康は家族で守る」というマインドも必要と考えます。「利用者の安全はすべて介護事業者に任せる」というのはやはり間違っています。

介護事業所の対応に不明な点や改善を求める点があれば、それは指摘するべきでしょう。ただ、同時に家族として一定のリスクを引き受けるという心がけも必要と考えます。

●「社会のリスク分担の在り方」が問われている 

ーー感染リスクは常に存在するということですね。

はい、どれだけ新型コロナ対策をしたとしても、感染リスクをゼロにすることはできません。無理にリスクゼロを求めるとどこかに歪みが出てしまいます。

今回の裁判は、新型コロナという未曾有の危機における社会のリスク分担の在り方について問題提起をするものです。その意味では、すべての方に関わる裁判と言えるかもしれません。

(以下、10月13日午前9時50分追記)

女性の遺族は10月12日、訪問介護の運営会社に損害賠償を求めた訴訟を取り下げたと報じられた。提訴報道で、介護現場の安全管理体制について問題提起できたとし、また会社側が哀悼の意を表し、感染予防に努めることを約束したことなどから、裁判外での和解が成立したという。

プロフィール

島田 直行
島田 直行(しまだ なおゆき)弁護士 島田法律事務所
山口県下関市生まれ、京都大学法学部卒、山口県弁護士会所属。著書に『社長、辞めた社員から内容証明が届いています』、『社長、クレーマーから「誠意を見せろ」と電話がきています』『社長、その事業承継のプランでは、会社がつぶれます』(いずれもプレジデント社)、『院長、クレーマー&問題職員で悩んでいませんか?』(日本法令)

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