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「暮らせないから、逮捕してくれ」コロナ禍で「在日ベトナム人」が直面する困窮
在日ベトナム仏教信者会の会長、ティック・タム・チーさん(樋田敦子撮影)

「暮らせないから、逮捕してくれ」コロナ禍で「在日ベトナム人」が直面する困窮

2020年3月末、新型コロナウイルスの感染防止のため、ベトナムに向かう飛行機が全面的に運休し、在日ベトナム人が帰国できなくなった。3月25日に契約が終了した技能実習生は約1万人。そのほかにも留学生やビジネスビザで来日したエンジニアとその家族など、帰国希望者が8000人。合わせて1万8000人が一時、足止めをくらったのだ。

あれから半年。大使館が用意した人道フライトのチャーター便で帰国できる人は徐々に増えているが、いまだに帰国困難者を取り巻く状況は、かなり深刻だ。

日本国内でコロナ失業者が6万人に増大する中、外国人を取り巻く環境はどうなっているのか。ベトナム人を支援している在日ベトナム仏教信者会(以降、信者会)の会長、ティック・タム・チーさん(42歳)に話を聞いた。(ルポライター・樋田敦子)

●法要と物資の支給に集まった約200人のベトナム人

8月30日、埼玉県本庄市の大恩寺に、200人を超える在日ベトナム人たちが、集まってきていた。例年にない気温37度の猛烈な暑さの中、バスを使って、あるいは車に分乗して、首都圏から、旧盆の法要に集まってきたのだ。

法要に集まってきた在日ベトナム人(撮影:樋田敦子) 法要に集まってきた在日ベトナム人(撮影:樋田敦子)

ベトナムでは8割の人が仏教を信仰しており、しかも熱心な信者が多い。

「今回の法要は、三密を避けるために告知をしていなかったのですが、コミュニティの口コミで広がったようです。集まってきた人たちは、コロナによって解雇され無収入になり、住まいも失って、それぞれ悲しみを抱えています。この寺で同胞と会い、私に今後の身の振り方を相談したいとやってきました」

同寺の住職でもある、タム・チーさんはそう話す。

彼らの大半は帰国できなくなった技能実習生や留学生たちだ。実習生は在留の期間が決められているため、期間が過ぎると在留資格を失う。

4月、法務省出入国在留管理庁が特別措置で、在日外国人を対象に、在留期間を延ばすことを認め、さらに禁じられていた転職も可能になった。しかし大半の外国人は、コロナ不況の影響で雇用先が見つからず、毎日の食事にも事欠く状況にある。帰国しようにも、飛行機の減便で帰国の見通しがついておらず、帰りたくても帰れないーー。

そんな苦しい状況にある。

●帰国できなかった妊婦たちは

信者会では、困窮するベトナム人の食糧支援や、大使館と連携した帰国支援、住まいのない人たちの保護などを行っている。活動の方針には、ベトナム仏教協会憲章やベトナムの法律、日本の法律を遵守しつつ在日ベトナム人コミュニティの修練や宗教、信仰生活を導く責任があると定められている。

そして日本で働く実習生や留学生の心の拠り所となるように努力してきた。住まいを失った人々は、大恩寺と明友日本語学院の寮(千葉県)で保護している。

妊娠中のベトナム女性たち(撮影:樋田敦子) 妊娠中のベトナム女性たち(撮影:樋田敦子)

大恩寺で保護をしている人たちの中に、3人の妊婦の姿があった。掃除や食事作りなど寺の手伝いをしながら、ここで暮らしている。大恩寺では今年の5月から14人の妊婦を保護しているという。

ベトナム観光で日本人観光客もよく行くハロン湾で育ったハン・ティエン・ゴクさん(24歳)は、15年に日本語専門学生の留学生として来日した。2年前にベトナム人実習生の夫と結婚。夫は、横浜の工場に勤務していたが、コロナ禍の不況で失職。現在、就活中だ。

若い2人に貯金もほとんどなかった。収入が絶えてからは、友人にお金を借り、友人宅に同居させてもらっていた。ゴクさんは妊娠6カ月に入り、人づてに大恩寺の存在を知り、同寺で保護された。

「今はベトナムに帰り出産したいので、大使館に帰国希望を出しています。出産して落ち着き、コロナも終息したら、夫のいる日本にまた戻って来たいと思っています」

妊娠34週のランさん(27歳)は、前置胎盤が分かり、一刻も早く帰国したい、と話す。

「夫は長崎で造船関係の仕事をしていますが、仕事と収入が減り、大恩寺を頼って私ひとりでやってきました。今は赤ちゃんを無事に出産することだけを考えています。ベトナムへ帰るチケットがないので、故郷の親に頼んで送ってもらいます」

ベトナムの平均月給は、2万円ほど。航空券代は8、9万円かかるので、親の負担も相当なものだ。

もう一人の妊婦、ユエンさん(21歳)は専門学校の学生で、妊娠7カ月。二人と違って保険に加入していないので、妊娠健診等の医療費はすべて自由診療となる。毎月1万円以上の出費が重くのしかかる。

「まだ恋人とは結婚していないので、ベトナムに帰って結婚式を挙げて結婚、出産に臨みたいと思っています。二人で帰国できるといいです」

不安を抱えていた3人は、緊急の帰国が認められ、取材後の9月7日に飛行機に乗った。帰国しても2週間の隔離が必須となる。ランさんは「隔離中に出産したらどうしよう」と不安そうな様子だった。

●7歳で得度し、日本の大学、大学院で仏教の勉強を

タム・チーさんは、9人兄弟の末っ子として1978年に生まれた。両親は、リゾートとして有名なダナンの出身で、ベトナム戦争を避けて、少数民族が暮らすアズンパ村にたどり着き、彼女はそこで生まれた。生家は農家で貧しく、父は出稼ぎ。母は市場で野菜を売って子どもたちを育てたが、非常に熱心な仏教徒だった。

7歳で自ら望んで出家。朝の勤行、通学、農業など厳しい修行生活が続いた。中学生になると、ホーチミンの寺に移り、大学生になるまでここで過ごした。2000年末に、来日。大正大学人間学部仏教学科に入学し、その後、国際仏教学大学院大学の博士課程を修了している。

タム・チーさんらは11年の東日本大震災で、大使館と連携しながら、東北地方で被災したベトナム人実習生84人を3台のバスで救出し、都内の寺で保護した経緯がある。

その後、ベトナムコミュニティが増えてきたこともあり、信者会を設立し、全国にある10か所の寺で、地域に根差した形で、日本・ベトナム交流を続けてきた。2年前にもとあった寺院を大恩寺としてタム・チーさんが在日ベトナム人のために開山。

主に、来日してきた若い実習生や留学生を支援してきた。信者会は、ベトナム中央仏教会が公認し、大使館を通して本格的に活動するために、2014年、一般社団法人として登録した。

「今回のコロナで困窮しているのは、若い技能実習生や留学生です。彼らは給料が入ると、故郷の親に仕送りしたり、日本に来るために借りたお金を返済したりしています。収入が減れば余裕がなくなって貧困状態に陥ります。そして、あそこに行けば助けてもらえると、大恩寺を頼って来るのです。

実習生たちは最低賃金の水準で重労働させられ、パワハラによる自殺者なども出ています。私はこの3年間で在日ベトナム人約200人の葬式を執り行いました。コロナ以降も、23人の葬式を行い、遺骨を預かっています。

コロナ以前も以降も働き盛りの若者は元気だったのに突然死してしまった。なぜ死んでしまったのか、その死因も分からず不思議でなりません。今回のチャーター便で帰国する人たちに、北海道で亡くなった実習生の遺骨も託しました」(タム・チーさん)

● 1日1食、5㎏のお米の支給でしばらくはなんとかなる

コロナ以降、タム・チーさんらは「幸せシェアプロジェクト」を立ち上げ、4月22日以降、救援物資を集めて全国の困っている技能実習生や留学生に送った。

これまで、お米55トン、30個入りのインスタントラーメン2800ケース、油、醤油、ヌックマムなどの調味料が集まった。お米5キロ、ラーメン等を1パックにして、全国1万5000人に配った。このお米の送料だけでも360万円をこえていて、内情は非常に厳しい。

届けられる支援物資(撮影:樋田敦子) 届けられる支援物資(撮影:樋田敦子)

取材に行った旧盆のこの日、群馬県邑楽郡大泉町からやってきた30代の夫婦に話を聞いた。この夫婦は、実習生として働いていた車の部品工場を解雇され、寮から出ていかざるをえなくなった。就職先を探したが見つからず、現在は友人宅に寄宿しているという。

「お金もないので、毎日の食事は1日1食しか食べられません。ベトナムの両親から、飛行機のチケットを送ってもらい、早く帰国したいです。今日は、タム・チー尼僧のお話を聞きに来たのと、5㎏のお米を配ってもらえると聞いて、やってきました。これでしばらくは、食べていけそうです」

集まった人たちは、ブンボーフエ、生春巻きなどの故郷の味の昼食を並んで取り、支援の物資を受け取って帰っていく。物資は家族の人数分を受け取れるので。一人で4、5袋、20キロぐらいの袋を抱える人もいた。親とやってきた子どもたちは、久々の外出が嬉しそうで、親たちは物資を手に、どこかほっとした表情を見せていた。

同胞たちを支える(撮影:樋田敦子) 同胞たちを支える(撮影:樋田敦子)

「困っていない人は、困っている人を助ける。ベトナムでは当たり前です」(タム・チーさん)

日本で会社を経営するベトナム人女性は、これまで個人で米10トン、布マスク6000枚を寄付した。そのほかの人も、同寺にやってくる人をサポートするため、帰国者を成田空港に送るためにバスを出した人もいる。山ほどの果物や食材を抱えて寺に寄付する人もいる。ベトナムコミュニティでは、自分ができることで、困窮しているベトナム人たちを支えようとしているのだ。

●「暮らしていけないから、逮捕してくれ」

タム・チーさんらと5年にわたって行動をともにしてきた、社会慈善委員会「ひとさじの会」も「在日ベトナム人への緊急施米支援プロジェクト」を立ち上げて、9月までに10トンの米を送った。

「私たちの会では、浅草山谷地域で路上生活者の夜回りをしています。その際に、おにぎりと一緒に、ベトナム人ボランティアが作る揚げ春巻きを一人3本配っています。その数、毎回600本にも及び、日本とベトナムの人々が交流し路上生活者を支えてきたのです。冬には、寝袋200袋を寄付してもらったこともあります。

まるで呼吸するかのように困っている人を助けていくベトナム人ボランティアの姿に、私たち日本人も心を温められました。ともに助け合う仲間として、今回は米を寄付させていただき、今後も支援を続けていきます」(同会事務局長で、光照院住職の吉水岳彦さん)

タム・チーさんは、首都圏ばかりでなく、全国を飛び回っている。福岡まで支援物資を運び、コロナに感染したベトナム人実習生50人に義援金を渡した。また熊本地震の際の支援で交流ができた熊本市市長にも支援金を渡し、交流した。

タム・チーさんが語る。

「ベトナムには『破っていない葉っぱは、破った葉っぱを包むべき』と言う言葉があります。困っていない人は困っている人を助けなさいという意味です。

先日“暮らしていけないから、逮捕してくれ”と言って警察に駆け込んだベトナム人がいると、警察から電話がありました。故郷にいても貧しくて苦労して、また日本に来ても苦労しているベトナム人がいます。

コロナで世の中が一変したので、困っている人がいれば、私たちは助けなければいけない。当たり前のことです」

コロナは、期せずして実習生らの置かれている状況をまざまざと見せつけている。

【取材協力】ティック・タム・チー。在日ベトナム仏教信者会会長。寄付は「ゆうちょ銀行(名称)ザイニチベトナムブッキョウシンジャカイ(記号)10170 (口座番号)83642461」まで。

【執筆】樋田敦子。明治大学法学部卒業後、新聞記者を経てフリーランスに。雑誌でルポを執筆のほか、著書に「女性と子どもの貧困」「東大を出たあの子は幸せになったのか」等がある。

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