法務省入国管理局の東日本入国管理センター(茨城県牛久市)で収容中のカメルーン人男性(当時43)が2014年3月に死亡した事件で、カメルーン在住の母親が今年9月に国と当時のセンター所長を相手取り1000万円の損害賠償を求めて提訴し、注目を集めた。男性が施設内で「死にそうだ」と声をあげ、もがき苦しんでいるのに7時間以上放置されたあげく死亡するという衝撃的な内容。
遺族側代理人の児玉晃一弁護士は、難民申請中のアフガニスタン人が入国管理局によって一斉摘発された事件(2001年)で、アフガニスタン人の代理人となり、退去強制令書に基づく執行の停止を認める決定を勝ち取るなど、これまで多くの難民問題や出入国管理の問題を扱ってきた。カメルーン人男性事件に代表される入国管理の抱える問題、難民への対応の課題などを児玉弁護士に聞いた。(ジャーナリスト・松田隆)
●「何もしないということが起きた事件」
ーーカメルーン人男性の事件では、入管がここまで前近代的な人権意識で収容者を扱っているのかと驚かされました
「過去に同種の死亡した事例が7件あります。私はそのうち3件は弁護団として活動しましたし、それ以外の事件でも証拠保全まではやっている案件もあります。こういう事件は珍しくないですね」
ーーこの事件では一体、何が起きたのでしょう
「『何もしない』ということが起きています。カメルーン人男性が体調不良を訴えていたために医者の診察を受けた後、監視ビデオのある部屋に移されています。証拠保全で出て来た収容者の監視の書類には『異状の有無』という欄があるのですが、ベッドから落ちて職員が対応した時に『異状有り』としただけです。
その間、車椅子から降りて床に寝る、床に毛布を敷き横になる、床で横になりながら転がっているのに全部、『異状無し』になっています。普通、見ず知らずの人でも道端でこんな人がいたら救急車を呼ぶでしょう。
ところが動静監視をする職責の人は、それを見ても『異状無し』としていました。午前2時半ぐらいまでパンツで床を転げ回り、そのあたりで動かなくなって、おそらく亡くなったのではないかと思いますが、その間、ビデオで見ているだけです」
ーーおそるべき不作為ですね
「以前、航空機内での制圧行為により心臓が止まったガーナ人の事件の国賠訴訟で弁護団長となったのですが、その時と似ていますね。このガーナ人の事件でも、ぐったりして反応がなくなり、脈もなくなった状態なのに入管職員は詐病ではないかと疑ったというのです」
ーー脈がないのに詐病ですか?
「そうです。今回もそれと同じではないかなと思います。暴れるなどして体調が悪い振りをしていれば、仮放免で外に出してもらえることもあり、それを狙って大げさにやっていると判断していたのかもしれません」
ーー何とか防ぐ手立てはなかったのでしょうか
「入管には視察委員会という第三者機関が設置されているのですが、そこがもう少し機能していれば防げたかもしれません。ただ、視察委員会は非常勤です。全員が他の仕事を持ちながら非常に低廉な報酬で関わっている状況で、活動にも限界があります。専従できるぐらいの体制を取らないと、お飾りになりかねません。そこは今後の検討材料でしょう」
●難民問題は裁判所が解決のカギ、一旦は保護を
——日本は1982年に難民条約と難民議定書に加入しましたが、難民認定数は先進諸国の中では極めて少なくなっています
「入管が外国人を受け入れたくないのでしょう。それは国民全体の意識なのかもしれません。おそらくそれは世界共通で、どこの国でも行政や国民の多数は異質な物を排除するということを本能的に持っていると思います。
そうした多数意見、民主主義の横暴に対して少数者の立場から『それはダメだよ』と言うのが裁判所の役割です。アメリカの裁判所は(難民受け入れ凍結等の)大統領令を無効としています。日本の裁判所が同じことをできるのに何年かかるのかなと考えてしまいます。ダメなのは裁判所です」
——先生が担当されたアフガニスタン難民事件では、退去強制令書の執行停止の申し立てが認められていますが
「それは、裁判所はまともな裁判官がいれば、まともな判断になるということだと思います」
——我が国に対する難民申請数は昨年、初めて1万人を突破し、この中に、偽装難民もいると言われていますが、その点はいかがでしょう
「最近の申請者の増加は、一部、申請権の濫用が背景にあると言われることもあります。そういう事実はあるのかもしれません。私自身の依頼者ではないのですが。確かに、濫用の防止は必要でしょう。しかし本来救うべき人を救えてなかったのに、濫用防止ばかりというのはバランス上問題です。
命の危険を訴えてきている人たちです。DV被害者を行政が保護するのと同様に、まずはと本人の言い分を信じて一旦は保護し、調査の結果、難民と認められないのであれば、その時に対処を考えればいいのではないかと思います」
——これからの出入国管理、難民への対応などどのようにあるべきとお考えでしょうか
「まずは、入国管理局が被収容者も難民申請者も同じ人だということを認識することに尽きると思います。今回のカメルーン人の事件も、7時間も転げ回っているのに救急車も呼ばないというのは理解できません。同じ人間だという意識さえあれば、こんな対応はとれないはずです。
誰でも異質な者への嫌悪感はあると思います。電車に乗っている時に外国人がよく分からない言葉を使って大声で話していたら、(何を喋っているのか、怖いな)と思います。それは一般人レベルでは仕方がないでしょう。
でもそれが正しい対応なのか、中立の立場から、最後の砦として、きちんと意見を言うのが裁判所です。実務を担う法曹としては、裁判所が正常に機能するように頑張らないといけないと思っています」
【取材協力弁護士】
児玉晃一(こだま・こういち)弁護士
1989年に早稲田大学法学部を卒業、1994年4月に弁護士登録(東京弁護士会)。2001年のアフガニスタン難民事件の弁護団に加わり、退去強制令書に基づく執行停止を認める決定(東京地決平成14年3月1日)を勝ち取る。難民判例集(現代人文社 2004年)ほか著書多数。NHK「クローズアップ現代」、「ETV特集」等で、多くのコメントをしている。
事務所名:マイルストーン総合法律事務所
【プロフィール】
松田隆(まつだ・たかし)
1961年、埼玉県生まれ。青山学院大学大学院法務研究科卒業。新聞社に29年余勤務した後、フリーランスに転身。主な作品に「奪われた旭日旗」(月刊Voice 2017年7月号)。