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第二のコインハイブ事件生み出さないためには 弁護人らが最高裁無罪判決振り返る
登壇した高木浩光氏(左)と平野敬弁護士(2022年1月31日、弁護士ドットコム撮影、東京都)

第二のコインハイブ事件生み出さないためには 弁護人らが最高裁無罪判決振り返る

自身のウェブサイト上に他人のパソコンのCPUを使って仮想通貨をマイニングする「Coinhive(コインハイブ)」を保管したなどとして、不正指令電磁的記録保管の罪(通称ウイルス罪)に問われたウェブデザイナーの諸井聖也さん(34)の上告審判決で、最高裁第一小法廷(山口厚裁判長)は1月20日、罰金10万円の支払いを命じた2審・東京高裁判決を破棄し、無罪判決を言い渡した。

この無罪判決を受け、諸井さんの主任弁護人を務めた平野敬弁護士、1審で弁護側の証人として出廷した情報法制研究所(JILIS)理事の高木浩光氏が1月31日、都内で開かれたセミナー「Coinhive事件最高裁『無罪』判決を受けて」(主催・一般社団法人日本ハッカー協会)に登壇。最高裁判決で新たに示された判断基準と今後の見通しについて語った。

●「争う余地があるなら戦いたい」

平野弁護士がコインハイブ事件に携わるようになったのは、諸井さんからのメールがきっかけだった。

諸井さんは2018年3月28日、不正指令電磁的記録取得・保管の罪で横浜簡裁から罰金10万円の略式命令を受けた。その翌日、平野弁護士に「ウイルス罪についてご相談させてください」とメールを送った。

略式裁判は、検察官の提出した書面により審査する裁判手続のため、罰金を納付すれば手続は終わりとなる。命令に不服がある場合には、正式裁判を請求して争うことができるが、そうなると被告人は裁判に出廷しなければならず、弁護士費用も必要だ。メディアで名前などが報道される可能性もある。

平野弁護士は当時、「略式で罰金刑に処されたのであれば、弁護士をつけてもそれ以上にいい結果などないのではないか」とも考えたが、諸井さんは責任を感じていた。

「コインハイブについてブログ記事で書いてしまった。記事を読んだ人が使っているかもしれないので、私は他の人に対しても責任がある。コインハイブが完全に真っ黒であれば罪として認められるけれど、争う余地があるなら、他の人のためにも戦いたい」

諸井さんの意向を受け、3月2日に正式裁判を請求。ここから最高裁で無罪判決が出るまで、3年10カ月にわたる長い戦いとなった。

●最高裁はどう判断した?

この事件は、コインハイブの呼び出しコードであるプログラムコードが不正指令電磁的記録に当たるかどうかが争われてきた。刑法上の「不正指令電磁的記録」にあたるかについては、「反意図性」と「不正性」の2つの要件がある。

一審横浜地裁は、反意図性を認めたが、不正性については「男性がサイトに設置したコインハイブが社会的に許容されていなかったと断定することはできない」と認定。コインハイブが不正な指令を与えるプログラムだと判断するには「合理的な疑いが残る」として無罪を言い渡した。

二審東京高裁は、1審と同じく反意図性を認めた上で、不正性についても「賛否が分かれていることは、コインハイブのプログラムコードの社会的許容性を基礎づける事情ではなく、むしろ否定する方向に働く事情」などと判断。故意や目的も認め、罰金10万円の逆転有罪とした。

最高裁はどう判断したのか。まず、反意図性について、以下のように枠組みを示した。

「当該プログラムについて一般の使用者が認識すべき動作と実際の動作が異なる場合に肯定されるものと解するのが相当であり、一般の使用者が認識すべき動作の認定に当たっては、当該プログラムの動作の内容に加え、プログラムに付された名称、動作に関する説明の内容、想定される当該プログラムの利用方法等を考慮する必要がある」

その上で、コインハイブについて、以下の理由から反意図性を認めた。

・同意を得る仕様がない
・マイニングに関する説明や表示がない
・当時の一般の使用者に認知されていなかった

次に、不正性について、以下のように枠組みを示した。

「不正性は、電子計算機による情報処理に対する社会一般の信頼を保護し、電子計算機の社会的機能を保護するという観点から、社会的に許容し得ないプログラムについて肯定されるものと解するのが相当であり、その判断に当たっては、当該プログラムの動作の内容に加え、その動作が電子計算機の機能や電子計算機による情報処理に与える影響の有無・程度、当該プログラムの利用方法等を考慮する必要がある」

その上で、コインハイブについて、以下の理由などから不正性を認めず、不正指令電磁的記録にはあたらないとした。

・閲覧中にCPUを一定程度使用するにとどまる
・使用の程度は閲覧者が変化に気付くほどのものではなかった
・広告表示プログラムと比較しても、有意な差異は認められない
・マイニング自体は、仮想通貨の信頼性を確保するための仕組み

●横浜地裁判決との違い

一審の横浜地裁も、最高裁と同じく反意図性を認めて不正性を認めずに無罪判決としているが、平野弁護士は「判断の枠組みが違う」と指摘する。

「大コンメンタール刑法(刑法典の注釈書)では『反意図性が認められれば、原則として不正性が推定される』とするのが通説だったが、最高裁は『反意図性と不正性は独立の要件であり、反意図性の判断は心理要素で、不正性の判断は物理的・客観的にしなさい』と言っているように見えます」

画像タイトル 平野弁護士登壇スライドより

最高裁は判決で「ウェブサイトの運営者が閲覧を通じて利益を得る仕組みは、ウェブサイトによる情報の流通にとって重要である」とも述べた。

平野弁護士は「ここを正面から認めたことは私にとっても意外だった」と評価する。

「『インターネットというのは、情報流通を通じて表現の自由に資するものであり、その運営というのは健全な財政基盤によって支えられなければならないんだ』と現代における言論のあり方について、最高裁の価値観を示したものだ」

ただ、最高裁が示した不正性の判断基準について「前進したものの、どういう損害なら不正と言えるのかは残念ながら示されておらず、判断基準として甘い」と指摘する。

「警察や検察、IT技術者の団体が、今回の取りまとめをおこなって、不正指令電磁的記録のガイドラインを取りまとめる方向に発展していっても良いのではないか」と話した。

●不正性の該当要件が反転に

高木氏は最高裁判決について「『不正性は、社会的に許容しえないプログラムについて肯定される(該当する)』と判示されたことが一番大きい」と述べる。

「一審横浜地裁の不正性についての判断は『社会的に許容しうるものであるか否か、という観点から判断するのが相当』というもので、消極的にギリギリ無罪とした。一方、今回の最高裁判決は大コンメンタール刑法の通説を否定した判決で、不正性の該当要件をいわば反転させて、社会的に許容しえないもののみが該当するという意味になった」

画像タイトル 高木氏登壇スライドより(編集部で一部修正)

最高裁でも、不正指令電磁的記録の要件の一つである「反意図性」は認められたが、高木氏は「反意図であるというのは、罪であることと直結しない。反意図性が認められているから、半分犯罪だということではなく、不正性がなければなんら犯罪ではない」と強調する。

「不正指令電磁的記録の罪の構成要件としての核心は、不正な指令というところにあるだけ。反意図性の該当性というのは、区分のラベルに過ぎないのではないかと思う」

最高裁判決を受け、今後、不正指令電磁的記録の罪に関する判断はどうなっていくのか。

最高裁でも、どういう場合に社会的に許容しえないのか、という判断基準は明示されておらず「程度問題となっている」ものの、高木氏は「賛否両論があるならば『社会的に許容しえない』が否定されるといっていいのではないか」との見解を示した。

一方、今後新たに情報技術に関する立法が刑法やそのほかの改正、立法で新たな罰則が設けられる場合に「技術がわかっている人が法制審議会などの議論に入らないと同じようなことが起きる」と指摘。「情報技術と法律の両面を踏まえて、意見や議論をしていく体制を取る必要がある」と訴えた。

画像タイトル 登壇した諸井さん(2022年1月31日、弁護士ドットコム撮影、東京都)

セミナーはオンラインで配信され、平日の日中開催にも関わらず最大視聴人数が1126人にものぼった。最後に、諸井さんも登壇し「この4年のコインハイブ事件にいつまでもこだわらず、なんの影響もなかったかのように過ごしていくのが一番いいのかなと思います。技術者として精進していくので、よろしくお願いします」とこれまでの支援に感謝した。

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