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新聞記事きちんと理解せずに「怒り」 大川小遺族に「殺人予告」した元講師の思い込み
津波の被害があった大川小学校跡(2021年2月17日/渋井哲也)

新聞記事きちんと理解せずに「怒り」 大川小遺族に「殺人予告」した元講師の思い込み

東日本大震災の津波で、児童ら計84人が犠牲となった大川小学校(宮城県石巻市)の遺族などに対して、脅迫文を送ったとして、高知県江南市の元講師の男性(40代)が、脅迫と威力業務妨害の罪に問われた事件。

東日本大震災から10年の節目となる今年3月11日、仙台地裁(江口和伸裁判官)は、懲役2年6カ月・執行猶予5年(保護観察付き)の有罪判決を言い渡した。

脅迫文を送ったきっかけは、ある新聞記事だったが、元講師がその内容をきちんと理解しているとは言えず、身勝手な動機によるもので、現代的な問題を孕んだ事件だった。(ライター・渋井哲也)

●大川小学校の遺族に「殺人予告」を送りつけた

判決によると、元講師は2019年9月から2020年6月にかけて、大川小学校の児童遺族に「殺人予告」などと書いた文書を報道機関経由で送りつけた。

また、香川県さぬき市教育委員会に「あんたら10人は◯ぬで。」という文書を送った。元講師は以前、同市立小学校の講師として勤務していた。

ほかにも、大阪教育大付属池田小(大阪府池田市)には「先生の悪口を講演会と称してしゃべるんじゃない」などとする遺族への脅迫文を送付した。

仙台地裁(2021年2月25日/渋井哲也) 仙台地裁(2021年2月25日/渋井哲也)

●「亡くなった教師が責められている」と思い込んだ

2月25日の初公判では、元講師と母親の尋問があり、即日結審していた。

元講師と母親は2人暮らし。母親によると、元講師は正義感が強い人物という。特に小学校が絡んだ事件に興味があり、それまでも関係した機関に手紙やメールを送っていた。母親は、息子について悩んでいたが、距離感もつかめていなかったようだ。

母親の尋問につづいて、元講師本人の尋問がおこなわれた。

元講師は「大変申しわけない」「得体のしれない恐怖を与えてしまった」と謝罪を口にしつつ、犯行の動機について「怒りの感情が大きかった」と話した。大川小学校の遺族が、亡くなった教師を「責めている」と思ったという。

そう判断した材料は、大川小学校をめぐる国賠訴訟で、遺族が勝訴した新聞記事だった。その記事には「勝訴 子供たちの声が届いた!!」と記されていたが、「学校・先生を断罪!!」という横断幕を掲げた遺族の写真もあった。

この記事を見て、怒りの感情をコントロールできなくなったようなのだ。

●遺族の主張を調べていなかった

ちなみに、大川小学校の遺族は、亡くなった教師個人を訴えていない。被告として責任を問うた相手は、宮城県と石巻市だ。

仙台高裁は、事前防災体制に不備があったとして、県と市の責任を認めた。最高裁第1小法廷(山口厚裁判長)は、県と市の上告を退けて、遺族側の勝訴が確定した。裁判官5人が全員一致だった。

元講師は「判決しかわからない」と述べたが、実際はその内容を理解していないことになる。

検察官:(遺族が)どういう主張をしていたかは調べていた?
元講師:調べたことはない。
検察官:遺族の思いを考えたことは考えたことは?
元講師:ありません。そこまで考えがいたりませんでした。
検察官:(あなたは)学校の先生をしているのだから、指導体制や市の関係はわかっているでしょ?
元講師:わかっています。
検察官:先生じゃなく、(県や)市を訴えるというのは理解できる?
元講師:そういう認識ができませんでした。

きちんと記事を読まずに怒りを持つ人は、ほかにもいるだろうし、誤解による思い込みによって、さまざまな感情を持つこともありえなくはない。

しかし、元講師は、学校安全に関心を持って、大学院で研究していた。だとすれば、学校で起きた事件・事故に関して、特に公立学校の場合は、教師個人の責任を問わないことが一般的であることは理解できるはずである。

それでも、怒りの感情をコントロールできず、脅迫文を出してしまった。そのことの責任は重く、判決も「事件や災害の被害者の遺族は悲嘆にくれる中で、理不尽にも本件の被害に遭っており、精神的苦痛は察するに余りある」と指摘している。

●遺族「二重、三重の被害だ」「この先も恐怖感がある」

本人の尋問では、どこまで大川小学校の裁判を理解し、反省をしているのか、不安が残るやりとりもあった。

検察官:あらためて理解しようとは?
元講師:まだそこまで至っていない。許せない気持ちがあります。しかし、人様に得体の知れない恐怖を与えてしまった。

たしかに、一度湧いた怒りがおさまらないことがあるだろうし、大川小学校の判決を理解しなければ、疑問を抱いてしまうこともあるかもしれない。

執行猶予期間中、元講師には、判決を理解したり、感情をコントロールする力をつける時間をつくってほしいが、遺族はまだ不安がつきまとう。遺族の1人は次のように話した。

「(大川小学校の訴訟の)判決内容を本当に知らないであれば、軽はずみな判断でおこなったということです。なぜ、そういう人が教師として勤務していたのでしょうか。

教員採用のあり方も考えてほしい。元講師側は、自分の性格は仕方がないという感じだったが、自分の行動なんだから、きちんと受け止めてほしい。

私たちにとっては、このことは、二重、三重の被害なんです。元講師の証言を聞いて、これからのことを不安視します。感情がコントロールできないという意識なので、この先も、恐怖感を持っています」

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