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教え子殺害事件、民事訴訟では一転「嘱託」認めず…なぜ異なる結論に?
民事訴訟のあった千葉地裁(Googleストリートビュー)

教え子殺害事件、民事訴訟では一転「嘱託」認めず…なぜ異なる結論に?

刑事訴訟では「嘱託殺人(依頼されて行った殺人)」と認められたが、民事訴訟では異なる結論となったようだ。

福井県で2015年、赤トンボを研究していた大学院生の女性(当時25)が殺害された事件をめぐり、「嘱託殺人罪」で有罪が確定した元大学院特命准教授の男性(48)に対して、遺族が約1億2000万円の損害賠償を求めていた訴訟の判決で、千葉地裁は1月13日、真意に基づく嘱託は認められず、依頼のない状況で殺害したとして、約8500万円の支払いを命じた。

刑事訴訟については、福井地裁が2016年9月、殺人罪で起訴された男性に対して嘱託殺人罪を適用し懲役3年6カ月の判決を言い渡し、そのまま確定していた。

報道によると、遺族側は民事訴訟において、殺害を依頼したと裏付ける証拠はないとして、嘱託殺人の認定は不当だと主張。千葉地裁は、女性が精神的に非常に不安定な状態だったと指摘したうえで、殺害直前の「首を絞めてください」などの発言は、真意に基づくものではないと判断した。

刑事訴訟では「嘱託殺人」、民事訴訟では「嘱託なし」という異なる判断となったが、「事実は1つ」のはずで、判決の結論だけ見れば矛盾していることになる。なぜこのようなことが起こるのだろうか。後藤貞和弁護士に聞いた。

●訴訟の仕組み上、異なる結論は許容されている

——刑事訴訟と民事訴訟で異なる結論になることは珍しくないのでしょうか。

統計上どのくらいあるかということまではわかりませんが、刑事と民事で判断が異なる事例はそれなりに存在すると思います。

刑事訴訟と民事訴訟で異なる事実を認定することは、仕組みの違いから当然ありうることとして、最高裁の判決でも言及されてきたところです。

たとえば、刑事と民事の裁判体を構成する裁判官の過半数が同一であり、刑事訴訟の判決の言い渡しから2カ月程度後に民事訴訟の弁論が終結されたというケースで、最高裁は刑事訴訟と民事訴訟で異なる事実が認定されることは妨げられないということを言及しています(昭和31年7月20日判決)。

——仕組みの違いとはどのようなものですか。

誤解をおそれず端的にいうと、刑事訴訟のほうが「より高い証明の程度を求められている」点です。

刑事訴訟で求められる証明度(証明のレベル)は「厳格な証明」と言われ、「合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証(反対事実が存在するとの疑いに合理性がないと一般に判断される場合)」が必要とされています。この程度を超えない限り、有罪認定はできません。

「疑わしきは被告人の利益に」といわれるように、この証明度を超える確信が持てない場合は、被告人に有利な方向に認定しなければなりません。

その理由については、(1)一般に無罪立証は困難なこと(俗に悪魔の証明などといわれます)、(2)国家と個人の証拠収集能力の差、(3)えん罪防止などの観点から説明されます。

一方、民事訴訟は、原告(訴えを起こした人)と被告(訴えを起こされた人)は対等であることを前提に、裁判官が原告および被告が提出する主張や証拠を元に判断を下すことになっています。

求められる証明度は、刑事訴訟とは異なり、公平の観点から立証の程度としてどの程度のものが求められるかという問題としてとらえられ、一般的に「厳格な証明」までは求められてはいないと考えられています。

●「真意に基づく行為」かどうかで異なる結論に

——刑事訴訟では、有罪・無罪の判断をより慎重におこなう仕組みになっているのですね。今回のケースではどのような判断がなされたのでしょうか。

今回の判決についてみると、刑事訴訟では、亡くなられた女性が殺害を依頼したという主張が被告人側からされており、女性の言動が真意であるかが争点の1つとなっています。

検察側は女性からの嘱託と取れる言動があったとしても真意に基づくものではないと主張したものの、裁判所は真意に基づくものであるという可能性を排除しきれないという判断で「真意に基づく嘱託があった」と認定し、「殺人罪(刑法199条)」ではなく「嘱託殺人(刑法202条)」としたものと思われます。

一方、報道による限りでは、民事訴訟についても刑事訴訟と同様に、殺害依頼が真意に基づくものかが1つの争点となったものと思われます。原告・被告双方とも刑事訴訟と同様の主張をしたものと考えられますが、裁判所は原告(被害者遺族)側の主張の方が確からしいという認定をしたのでしょう。

なお、民事訴訟において新たな主張や証拠がなされ、それらが裁判官の判断に影響を与えた可能性もありえます。

●結論を統一する仕組みの導入は「困難」

——仕組みの上で異なる結論になることは理解できましたが、「実際に起こった事実は1つ」との観点から、刑事訴訟で確定した結論は、のちの民事訴訟で争えないという仕組みにすることはできないのでしょうか。

立法論としてはありうるかもしれません。

しかし、そのようにすると、逆に今回のような場合での救済の道もたたれることになりますし、もともとの証明度や訴訟の構造が違うのに一概に争えなくするということは実際には困難だろうと思います。

なお、「損害賠償命令制度」という仕組みがあり、一定の場合には刑事訴訟の中で民事の損害賠償の請求が可能となっています。

——逆に、民事訴訟で認められた結果をもって、刑事訴訟の結果に異議を申し立てることはできないのでしょうか。

刑事訴訟の結果を民事訴訟で争えない仕組みにすることの裏返しになりますが、これを可能にしてしまうと、刑事訴訟で厳格な証明が求められている趣旨が没却されてしまいます。あくまで私見ですが難しいでしょう。もとより、再審制度の中で解消されるべき議論ではないかと思います。

プロフィール

後藤 貞和
後藤 貞和(ごとう さだかず)弁護士 弁護士法人後藤東京多摩法律事務所
2014年弁護士登録、仙台弁護士会所属。当事者の納得いく解決を目指した親切・丁寧な対応をモットーとしています。Chatwork等のビジネスチャット、ビデオ通話による相談にも対応しています。お気軽にご相談ください。

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