四半世紀の議員活動から再び弁護士へ〜社会的弱者救済のために変わらず奔走
サラ金被害を目の当たりにして弁護士を志す
ーー弁護士を目指したきっかけを教えてください。
私が弁護士になったのは昭和59年4月です。当時はサラ金被害が社会問題になっていました。民法や利息制限法、その他の法律を大学の授業で勉強するなかで、社会的弱者を守る法律が十分に整理をされていない、守られていないことを痛感し、そうした法律を武器に社会的弱者を救済する仕事をしたいと思って、弁護士を志しました。
ーー難関の旧司法試験に、24歳という若さで合格されていますね。
一発勝負型でしたので、その数日間に力が発揮できなければ合格できませんでした。ですから、司法試験を目指した4年弱の間は、一日10時間以上勉強していました。睡眠・食事以外は、トイレの中でも勉強する受験生活でした。プロセスが重視される今の法科大学院の学生とは、かなり違った受験勉強だったと思います。
私は大学まで推薦入学でした。そのため、受験勉強に根を詰めることがなかったので、そういう余力があったことも、受験勉強のアドバンテージになったんじゃないでしょうか。
司法試験のための勉強は大学3年生になってからスタートしたので、1・2年は友人との友情を深めたり、様々な活動をしてエンジョイしていました。大学は北海道から沖縄まで、色んな地域の学生が集まって多種多様でしたから、生涯の友情を築くという意味で、大事な時期だったと思います。
国会議員としても弱者救済に奮闘
ーー四半期にわたって参議院議員として活動されています。どういう経緯で政治の世界に?
公明党所属で、平成4年に参議院の愛知選挙区で初当選しました。公明党の候補者の選び方は、「出たい人より出したい人」といわれています。公明党本部やそれぞれの地域で適任者を探して、白羽の矢を立てるという選考です。
私はすでに弁護士になっていて、政治の道を志しているわけではありませんでした。おそらく、公明党の無料法律相談等で各地域を回っている姿などが認められて、本部から声がかかったんだと思います。ですから、私としても、寝耳に水でびっくりしました。
ーー先生はご自身のことを、どんな政治家だったと思われますか。
まだ振り返るのは早いかもしれませんけど、弁護士を志したときの初心と変わらず、「社会的弱者の側に立つ」ことを貫いた政治家人生だったと思います。言い換えると「命を守る政治」でしょうか。
もちろん国会議員ですから、大枠では国の方向を決めていく議論をするわけですけども、そうした中であっても、国民生活の現場の声をしっかり受け止めて、そこから政策を作るという姿勢は堅持したつもりです。
政治家で培った経験が今に活きる
ーー弁護士経験は、政治家としての仕事に影響したのでしょうか?
それは間違いなくあるでしょうね。立候補するまでに、弁護士としてすでに7年間活動していましたが、当時はサラ金破産が山積していました。社会的弱者を守る法整備がされていないという思いを現場でさらに強くしたので、議員になってからも、活動の大きな原動力になりました。
また、弁護士として培った証人尋問の力も役立ちました。問題を詰めて質問する技術は、野党であったときも、与党になったときも、国会の各場で活かすことができたと感じています。
ーー政治家経験は弁護士の仕事にどう影響を及ぼしましたか?
平成28年に勇退し、現場に戻りました。弁護士は、今ある法律の範囲内で仕事をするわけですけども、それに限界がある場合には議会への働きかけ、いわゆるロビー活動をすることで変化を起こそうとしています。こういうことを考えるようになったのはやはり議員を経験したからですよね。
また、様々な情報を取得する際に、中央省庁の発信している情報だとか、国会の議事録や国家図書館などを十分に活用しようと思うのは、議員を経験した結果だと思います。
「何でも受ける」をモットーに
ーー注力分野を教えてください。
私が所属する旭合同法律事務所は「気軽に相談できる事務所」がモットーです。それもあって実際、様々な相談が入ってきます。ご相談があったものは何でも受けるという姿勢でやっています。依頼が多いのは、中小企業法務、交通事故、離婚、相続。中でも最近増えているのは、残業代請求など、中小企業の労働問題ですね。
私個人としては中小・小規模企業者の事業承継に注力をしたいと思っています。依頼が多い分野とはいえませんが、今後増えることを期待しながらチャレンジしています。
ーー仕事をする上で心掛けていることはありますか?
相談を受けたときに、先の見通しがついてしまう場合があるんですね。すると「これはこうなんですよ」というふうに、私が話を進めてしまいそうになることがあります。
でも、時間がかかっても、まずは依頼者の思いをしっかり聞いて、受け止めるところから始めていかないと、本当の意味での依頼者の満足には繋がっていかないんですよね。「しっかりお話を聞く」ということを今も心がけるようにしています。
最近もあるご依頼で、なかなか依頼者と信頼関係が築けないことがありました。しかし、法律とは直接関係のない話でも時間をかけて聞き、一緒にその問題を考えてあげることで、最終的に信頼を獲得し、和解がまとまったことがありました。そういうプロセスはすごく大事だなと改めて感じました。
ーーサラ金問題に注力した若手時代から、ずっと市民の目線を持っていると感じました。
そこに尽きますね。私が弁護士になった当時と今を比較すれば、消費者・生活者を守る法律が、格段に整備されてきていることは間違いありません。しかし、それでもまだ不十分で整備をしなければいけない分野があるから、弁護士として現場で頑張るとともに、国会に向けて発信し、さらなる改善を迫っていくのが、私の役割ではないかと思っています。
大の鉄道好きで、今は旅行を計画中
ーー趣味や休日の過ごし方をお聞かせください。
自ら「乗り鉄」を名乗るくらい、鉄道が大好きです。残念ながらコロナ禍で県外への外出もままならなくなっていますが、収束してから夫婦で鉄道旅行するプランを色々と考えています。
今は長崎に行きたいんです。長崎新幹線がまもなくできる関係で、在来線の特急が廃止されてしまうんですよ。乗り鉄的には、在来線の特急のほうが車窓も含めて楽しいんですよね。
鉄道の楽しみの一つは風景です。時には、車窓が一幅の名画のようになることもあります。そういうときは本当に感動しますね。今までで一番印象的だったのは、地元びいきになってしまうんですけど、岐阜県の高山本線の車窓。冬の景色などは一番好きですね。有数の車窓ではないかと思っています。
議員の頃にも全国各地に行きましたけど、旅行する機会はなかったので、自由な時間が増えた今、健康なうちにしっかりと頑張っておきたいと思いますね。ただ、妻は乗り鉄ではないので、たまに電車の中で閉口していることもあるんですけどね(笑)。
弱者支援に加え、中小企業の支えにもなりたい
ーー今後、弁護士としてどういう展望を描いていますか?
ひとつは、中小・小規模企業者支援に力を入れたいですね。ポストコロナを考えると、コロナ前の状態に完全に戻るってことはないと思うんです。中小・小規模企業者が生き残っていく環境はより厳しさを増してくると思います。
また、今SDGsが世界全体の目標になっていますけども、そういう潮流にも乗って、中小・小規模企業者が発展していくのを、法律面から支援していきたいと思います。
そして、まだまだ社会的弱者を守る法律制度が整備されていないと感じています。大きな課題の一つが、養育費に関する問題。離婚した母子家庭の8割が、養育費をもらっていないんです。これはもう、司法の力だけではどうしようもない問題なので、国会や行政にしっかり手を打ってもらわなきゃいけませんから、そういうことを現場から声を上げて、促進していける活動をしたいと思っています。
ある調査で、日本は女性の社会的地位が先進国の中で最下位です。母子家庭の支援は、女性の活躍ということにも繋がってきますから、中小・小規模企業者支援とともに、大きなテーマとして取り組んでいきます。
ーー最後に、法律トラブルを抱えている方にメッセージをお願いします。
旭合同法律事務所では、電話による無料法律相談を行なっております。何かトラブルになる前に、弁護士に事前に相談することが大事だと思います。ぜひ遠慮せずに、どんどん弁護士に、もちろん私にも、何でも相談していただきたいと願っております。