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NHK会長が「よくある」という「辞表預かり」 一般企業で辞表提出させたら違法?
NHKの籾井勝人会長が理事たちから辞表を取り付けていた問題が波紋を呼んでいる

NHK会長が「よくある」という「辞表預かり」 一般企業で辞表提出させたら違法?

NHKの籾井勝人(もみい・かつと)会長が理事たちから辞表を取り付けていたことが発覚し、大きな問題になっている。2月26日には衆議院予算委員会でも取り上げられたが、籾井会長が「一般社会ではよくあること」と発言したことから、さらに波紋が広がっている。

この「辞表預かり問題」は、2月25日の衆議院総務委員会でクローズアップされた。参考人として招かれたNHKの理事10人全員が辞表の提出を認め、世間を驚かせた。籾井会長は1月下旬に就任した際、理事全員に日付欄を空白にした辞表を提出させていたのだという。理事の任期満了前でも罷免できるようにし、会長の人事権を強める狙いがあるとみられている。

一方、籾井会長は「辞表を預かったことで、(理事が)萎縮するとは思っていない。一般社会ではよくあること」と衆議院予算委員会で答え、問題はないとの認識を示している。だが、民間の会社で、社長が従業員や役員の辞表を預かり、好きなタイミングで利用するなどということが、本当に可能なのだろうか。労働問題にくわしい波多野進弁護士に聞いた。

●「いつでも好きなときにクビ」は認められない

「もし社長が、特段の理由もないのに、日付のない辞表、すなわち退職届を提出させて預かり、いつでも利用できるなら、それは『社長が好きなときに従業員をクビにできる』ということにほかなりません。しかし、実際には社長の思惑通りにはいきません」

このように波多野弁護士は、きっぱりと言う。

「そもそも『解雇』は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、権利の濫用として『無効』となります(労働契約法第16条)。これは、それまでに最高裁が示した判例である『解雇権濫用の法理』を条文化したもので、それだけの重みがある内容です。

もし社長が、事前に従業員から集めておいた退職届を利用して、その社員が退職した扱いにしたとしても、解雇に合理性や相当性がなければ無効になると言うべきでしょう」

波多野弁護士によると、そんな形で提出させられた退職届は、それ自体が無効とされる可能性もあるようだ。

「社長と従業員個人の力関係では、圧倒的に社長が強いのは、言うまでもありません。

社長から『日付ブランクの退職届を提出しろ』と告げられれば、それが要請であっても、実質的には命令といえ、従業員はそうそう拒否できるものではありません。

また、社長がこのような退職届を出させる意図も、従業員が出す意図も、『いつでもクビにする(なる)』というものではなく、従業員が地位・立場をかけて職務遂行することを決意表明させる(する)程度のものでしょうから、本当に従業員の地位を失わせる解雇・退職の手段に使うことは、社長も従業員も予定していないはずです。

したがって、そのような退職届は、従業員の意思(真意)に基づかないものとして、無効となる可能性もあると考えます」

●役員レベルでは「違う問題」が生じる

では、従業員ではなく、取締役など役員レベルの話ならどうだろうか? NHKの場合も、問題となっているのは、役員である「理事」の辞表提出だ。

「代表取締役が、各取締役に辞表を提出させることも、大いに問題ありです。

なぜなら、会社法で定められた取締役の重要な責務の一つに、代表取締役の業務執行を監督することがあるからです。そのような監督義務にもとづき、取締役会は、決議によって代表取締役を解職することもできます。

にもかかわらず、監督される対象の代表取締役が、取締役の辞表を預かり、いつでも取締役の地位を失わせることができる……というのはおかしな話です。

そのような代表取締役の行為は、相当性を欠くと言わざるを得ないでしょう」

波多野弁護士はこのように話していた。

ちなみに、籾井会長はNHKの出身者ではなく、三井物産や日本ユニシスといった民間企業を経験して、今年からNHKの会長に就いた人物だ。「一般社会ではよくあること」という籾井会長だが、かつての所属企業では、従業員や役員が「辞表」を経営トップに預けることが、当たり前に行われているのだろうか・・・。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

波多野 進
波多野 進(はたの すすむ)弁護士 同心法律事務所
弁護士登録以来、10年以上の間、過労死・過労自殺(自死)・労災事故事件(労災・労災民事賠償)や解雇、残業代にまつわる労働事件に数多く取り組んでいる。

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