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社員発明の「特許」は会社のもの 「法改正」の影響は?エンジニア出身の弁護士に聞く
岩永利彦弁護士

社員発明の「特許」は会社のもの 「法改正」の影響は?エンジニア出身の弁護士に聞く

仕事を通じて社員が「発明」したときの権利は誰のものなのか――。「職務発明」をめぐる特許法の改正に向けた議論が大詰めを迎えている。昨年12月25日には、国の審議会がまとめた制度見直し案が公表された。「職務発明の特許は社員ではなく企業のもの」という改正案については、ノーベル物理学賞に選ばれた米カリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村修二教授が反対を表明するなど、否定的な意見も存在している。改正案のポイントは何なのか、メーカーでのエンジニア経験があり、知的財産権にくわしい岩永利彦弁護士に聞いた。(取材・構成/重野真)

●「特許を受ける権利」の帰属がひっくり返る

——今回の改正案における主なポイントは?

「特許の種となる『特許を受ける権利』の帰属がひっくり返ることです。まずは現行制度を説明しましょう。現在は、特許を受ける権利は原則として、従業員(エンジニア)のものとされています。しかし、会社の就業規則で『従業員が職務発明をした場合、その時点で即、特許を受ける権利は会社のものとする』などと定めた場合、例外的に特許を受ける権利は会社のものとなります。

ただ、この場合、従業員から、特許を受ける権利だけを吸い上げることになってしまい、従業員には何も残りません。これでは可哀想ということで、「例外的」に会社帰属とするなら、特許を受ける権利の移転の「対価」として、お金を支払うことになっていました。

それが、昨年12月25日に公表された産業構造審議会・特許制度小委員会の制度見直し案では、「原則的」に会社に帰属するものとなります。特に就業規則などの定めは必要ありません。もちろん、例外はあります。『特許を受ける権利』の従業員帰属を希望する法人・大学等は従来通りの対応が求められます。

そして、原則的に会社に帰属するとした場合、『対価』が存在していた現行法に比べると従業員のメリットが乏しくなるので、『報い』となる経済上の利益を与える義務が会社に課されるのです」

——改正案の「報い」は、現行法の「対価」とは異なったものなのか?

「『報い』は『対価』よりも、企業にフリーハンドを与えるものです。会社によっては、『うちはちょっとお金がない。ただスイスに凄い別荘と研究所がある。発明者の従業員にそこで1年間研究してもらうのはどうか』と考える企業だってあり得ます。それならまあいいか、という人もいるでしょう。

会社側の裁量の範囲を増やしているのです。ただ、『報い』は経済上の利益です。金銭以外の経済上の利益もOKなのですが、名誉だけでは駄目です。昇進でも、給料が上がらないと認められません。この点については目安が必要なので、政府が策定するガイドラインに従うことになります」

——改正案を議論していた当初は「報い」の議論すらなかったが、なぜ変わったのか?

「会社側は本来、原始的に企業帰属で、対価とか報酬とかの金銭なしにしたかったはずです。これが一番手間もなく、メリットが大きい。しかし、事前準備なしで小委員会に提言したことで、本当にそのようにする必要があるのかと、いろんなところから指摘を受けました。中小企業では特許の扱いに対応できないということもあり、迷走したのです。妥協案として会社側から『報いの義務』を入れることが提案され、なんとか今の形に落ち着くところになったのではないでしょうか」

●エンジニアは改正してもしなくても「どっちでもいい」?

——岩永弁護士はエンジニア出身だが、かつての同僚らは法改正についてどうか考えているか?

「どちらでも良いと思っているようです。あんまり文句も聞こえてきません。現行法でも例外での対応が多く、特許を受ける権利は企業帰属がほとんどだからです。中村修二教授の巨額訴訟の影響もあって、発明対価の報償は大手企業では軒並み、以前に比べて倍増とか10倍増になっています。いまのままでもいいと思っているのではないでしょうか。あまり目くじらを立てることではないようです。実際、従業員で、発明の対価をほしいがために開発をしている人は少ないでしょう。そういう人は大学などで研究したり、起業しているはずです」

——では、今回改正しても、実態としてはあまり変化がないのか?

「内容しだいですね。条文がどのような表現になるのかにかかっています。そして、今回もどう『例外』を認めるのかが重要になります。

2004年の改正以降の対価の計算はとても手間がかかります。実は、今回の法改正の一番の目的は、知財部の手間を減らすことではないかとも考えています。ですので、個人的には、2004年の改正前に戻すというのも一計だと考えています。そうすると、対価については、訴訟で裁判所に任せることができるので、知財部の苦労は減ります。従業員としても中村教授のように、『対価に不満があれば裁判を起こして良い』こととなり、良い発明をしようとなるでしょう。企業側、従業員側ともWin-Winになるはずです。ただ、そんな制度では、会社の幹部や株主はいい顔をしないでしょうね」

——どれだけ儲けるかという判断は難しいのか?

「何が化けるかは、本当に分からないですよね。たとえば、1年前に妖怪ウォッチが流行ると思いましたか。いろいろ仕掛けてヒットしたのは分かりますが、こんなに流行るとは会社も分からないはずです。そんな予測可能性はないですよね。とすると、もしそうなった場合は、会社の幹部や株主には泣いてもらい、本来、莫大な対価を支払ってもらうべきです。そもそも、儲けの一部が発明者に行くだけですので、予測可能性うんぬんの話もたかが知れたことです。利益が5億円しかないのに、5億円払えなんていう判決はありえませんので」

——改正は、ほぼこの流れで決まりか?

「前回(2013年まで)と今回の特許制度小委員会のとりまとめ案は、ほぼ一緒でした。『特許を受ける権利』の原則的な帰属は会社、例外的に従業員帰属を希望する法人・大学等は従来通りの従業員帰属という形で、落ち着くのではないでしょうか。あとは、この例外規定が具体的にどのようになるか、ここがポイントだと思います。これは、通常、パブリックコメントの募集を経て官僚により立案されます。

ただ、そのパブリックコメントの募集期間は、1月15日まででした。つまり、もはや後は官僚による具体的な立案を残すのみとなってしまい、具体的な意見を差し挟むのが難しい状況となっています。

とはいえ、『そもそも企業に帰属のみ』としていた案を変えて、例外規定を設けたことで、どの業界からも大反対されるということは、なくなったと考えていいでしょう。今後は、パブリックコメントに対する回答とその後の具体的な立案について、しっかり監視していくことが必要です」

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

岩永 利彦
岩永 利彦(いわなが としひこ)弁護士 岩永総合法律事務所
ネット等のIT系・ソフトウエアやモノ作り系の技術法務、知的財産権の問題に詳しい。メーカーでのエンジニア、法務・知財部での弁理士を経て、弁護士登録した理系弁護士。著書「知財実務のセオリー 増補版」及び「エンジニア・知財担当者のための 特許の取り方・守り方・活かし方 (Business Law Handbook)」好評発売中。

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