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ダイヤモンド・オンライン連載企画/シロ?クロ?セクハラの境界線とは

ダイヤモンド・オンライン連載企画/シロ?クロ?セクハラの境界線とは

セクハラは、じつに難しい問題だ。相手が嫌がるのにお尻を触ったり、ラブホに誘ったりすれば、完全にハラスメントだ。言い逃れはできないだろう。では、女性の洋服や髪型を誉めたらどうなるのか。本心で言っていても、相手に「キモイ」と言われてしまったら、それはセクハラになるのだろうか。このシロかクロかのラインを引くのが難しいのがセクハラ問題。ここがはっきりしないと、女性を誉めることも、言葉をかけるのも怖くなってしまう。分かりやすいセクハラ相談事例と、セクハラとは判断がつきにくい事例を挙げながら、職場での対策について考えてみたい。


■パート女性が長く続かない背景にはセクハラ課長の存在

 「先生、困っちゃったよ、セクハラだよ、セクハラ」

 顧問先の会社社長から、緊急で呼び出されたので行ってみると、苦笑いを浮かべた社長が部屋で待っていた。

 「え……? 社長が?」

 「何を馬鹿な、私がするわけないでしょ(笑)。私の部下ですよ、部下」

 「社長の部下って、社長室の方は私の知る限りそんなことをする人はいないような……」

 「いや、パートの女性たちを束ねる部署の課長ですよ」

 どうやらパートの女性(20代後半)から直訴があり、当該課長から性的嫌がらせを何度も受けていたというのだ。その女性は悩んだ結果、パートの仲間に付き添われ、さらに直属の上長にあたる次長に被害を相談してきたらしい。

 この次長がすぐに部長に相談し、これを受けた部長の命令で次長が実態を調査したところ、以前からこの課長は問題があることがわかった。新しいパート社員が来ると、すぐにお茶に誘ったり飲みに誘ったり。パートの女性の間では、セクハラ課長だという噂はあったらしい。

 部長もパートが長く居着かず、変わってばかりいるので変だという話は耳に入っていたようだ。パートがころころ変わる原因が、今回はっきりした。


■課長はローライズGパンがお好き!パンツの色やお尻をチェック

 セクハラの実態をつかむため、筆者はさらに詳しい状況を掴もうと、被害者の女性に話を聞くことにした。

 被害者の女性は配属されたとき、ローライズのGパンを穿いていたところ、先輩のパートの女性に「しゃがんだ時におしりが見えるようなGパンはあぶないわよ」と注意されたことがあった。そのとき被害女性は「お局様のご指摘を頂戴した」という軽い認識で、大きなお世話かと思っていたのだが、それは間違いだった。

 セクハラ課長はめざとく見つけては、「パンツの色、かわいいね」と言ってきたほか、酷いときは通りがけに手を突っ込んできたりしたというのだ。

 パートの間では「危険な服はご用心」というのが常識になっていた。

 さらに被害女性はこんな被害にもあっていた。

 その日は仕事が遅くなり、職場の数人と飲みに行った。きっかけは何か忘れてしまったが、飲み会の席でメールアドレスを教えてしまった。それが後々、災難を呼ぶことになってしまう。

 それ以来、しつこく食事に誘われるようになった。しかし、職場で毎日顔を合わせる人であり、上司だ。それに、パートと社員という違いもある。あまりに断っても失礼かと思い、二人で食事に行ったところ、帰りにラブホテルに強引に連れ込まれそうになったのだ。

 その場は何とか振り切って帰ったが、翌日からセクハラ課長の態度が一変。仕事を回してもらえなくなり、それまで仲の良かったチームからもはずされてしまい、孤立させられてしまった。

 横暴は、それだけではなかった。書類の間に「なめるなよ」「ブス」などといった、ポストイットが貼られてくるようになったという。


■企業にはセクハラ防止に具体的行動をとる義務がある

 まったくひどい男である。しかし、メールやポストイットは、しっかりと証拠として押収させてもらった。ご丁寧に、わかりやすい足跡を残してくれた、馬鹿馬鹿しい“ポストイット課長”である。

 実態の詳細を社長に報告することにした。

 「わかったけど、社長、どうするんですか?」

 「どうするのじゃないよ、私はどうしたらいいのよ」

 「ハラスメントの被害の事実があると認識した以上は、加害者の処分と被害者の救済を行わないといけませんよ」

 「え、クビにするの?」

 「いきなりそこまでとは言わないですけど、男女雇用機会均等法は、職場のセクハラ防止義務を単なる配慮義務ではなく、措置義務として捉えているから、具体的な行動をとることが求められます。例えば降格とか、減俸とか。被害者との間で謝罪や示談もさせないといけませんね。また不快な就労環境を与えてしまった会社側の責任もあるから、会社も謝罪の方法を考えないといけません」

 「えらいことになったな」

 社長を悩ませている部下によるセクシャルハラスメントは、簡単に言えば「性的な嫌がらせ」のことであるが、明確な定義は男女雇用機会均等法に詳しく書かれてある。

 それによれば、セクハラとは「職場において行われる性的な言動に対する、その雇用する労働者の対応により、当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、または当該性的な言動により、当該労働者の就業勧業が害されること」とされている。

 今回の件は、性的な関係を強要し、断ると仕事から干されたということから、性的な言動により、労働者の労働条件に不利益を与えていることが明らかだ。立派にセクハラであり、むしろ、わかりやすい事例だ。

 結局このセクハラ課長は、減俸処分と異動が言い渡された。被害を受けた女性とは示談が成立し、一応、セクハラ事件は解決した。


■気をつけたい環境型セクハラ

 今回のケースは、いわば「対価型」だ。労働条件の利益・不利益と簡単に結びついているので、立証もしやすいし、限界も誰でもある程度常識的に判断できる。分かりやすいからこそ、うっかりセクハラのラインを踏み越えてしまった、という悲劇は起こりにくい。

 問題は、分かりにくいセクハラである。

 たとえば、パソコンのスクリーンセーバーを女性のヌードにしている場合だ。これは「女性を不快にさせるものを職場の見えるところに置く」ことで、職場の環境を悪化させているセクハラになる。これは「環境型セクハラ」というものだ。これらは悪気が無くてもついうっかりという事態が起こるため、気をつける必要がある。

 また、ものの言い方にも気をつける必要がある。

 例えば、女性社員に対して「きれいな色のシャツで、いいね」と誉めるのはかまわない。だが、こう言ったら、女性はどう思うか。

 「そのシャツ、胸の開き方がいいね」

 これは、レッドカードだろう。同様に、「そのワンピース、スマートでかっこいいね」は良いが、下記もマズい。

 「そのワンピース、ボディラインが出て、いいね」

 また、女性に対して「何だ寝不足か、夕べ夜更かししたんだろ」はいいが、下記は誰が何と言おうとレッドカードだ。

 「何だ寝不足か、夕べ彼氏とがんばったんだろ」

 後者は性的な行為を連想させる言葉を言っており、かなり直接的に不快感を与えることになる。


■対策はただひとつ「人の嫌がることをしない」

 こうした説明をすると、必ず次のような質問をもらう。

 「どうやって区別するのか」

 今回の案件でも、同じ質問を社長からもらった。こうした質問には、筆者はたいていの場合は「社長は大丈夫です。いい男だから」と答えるようにしている。

 決してふざけている訳ではない。本当のことだ。たとえば「君はストッキングなんか穿かない素足の方がきれいだし、雰囲気に合っているね」という発言があったとする。この同じ台詞を、韓流スターのような、職場のあこがれのプリンスから言われたら、彼女は、どんなに寒くてもこの先二度とストッキングを穿かないだろう。

 逆にこの同じ台詞を、しょっちゅう、隙あらばお尻を触ったり、失礼なことばかり言う人が言ったら、どうだろうか。しかも、職場の女性をお茶汲みだけの存在と思っているような、女性蔑視のオッサン上司に言われたら……。彼女は今後、どんなに暑くても二度とストッキングを手放しません。

 対策はあるのだろうか。多くの方は「どこまで男は考えたらいいんだ。下手に意識し始めたら、季節の挨拶以外、職場ではできなくなっちゃうぞ!」と思うだろう。おっしゃる通りだ。

 女性にもいろいろなタイプがいる。自意識過剰だったり、気にしすぎるクセのある人だったり、逆にまったく気にしなかったり……。用心しすぎれば、人間関係はぎくしゃくするし、何もしなければ、いつかは問題が出てきてしまう。

 筆者はアドバイスとして、「女性社員から嫌われるようなことをしない」ということだけを伝えている。

 セクハラは、得体の知れない用語のように思われ、メディアなどで事例が取り上げられたりして、世のオジサンたち震え上がらせている。しかし、過度にビクビクする必要はない。結局は「人と人とのつきあいの衝突をどう避けるか」の問題であり、嫌がらせという範疇に入るかどうかは、あくまで被害者の目線で考えればわかることだ。

 セクハラ問題の予防と対策を考えたとき、最終的に行き着くところは「人が嫌がるようなことをしない」という、シンプルな対策に行き着く。


■ガイドラインで一律にラインを引けないケースも

 もし職場でガイドラインを作らなければならない場合、先述したように「被害者の目線で考え」「人が嫌がるようなことをしない」ということを念頭に置いてほしい。

 職場では、その場にふさわしい軽い冗談や、親密な言葉をかけて、お互い機嫌を取り合ったり、ねぎらいあったりすることは潤滑油として大切だ。ときには、こうした会話は取引先との交渉の際にも威力を発揮することもあるだろう。ガイドラインを作って、その上でコミュニケーションを活発化させるようにすることも重要だ。

 そして、ガイドライン作成時に、もう一つ忘れてはならない視点は「常識」だ。

 寝不足の女性にかける言葉の事例を先に述べたが、同じ状況で「何だ寝不足か、ただでさえ顔色悪いんだから大事にしろよ」はいい。しかし、こういったら、どうだろうか。

 「何だ寝不足か、顔色悪いぞ、ただでさえ、ブスなんだから気をつけろよ」

 当然、レッドカードである。言われた女性は不快に思う可能性が極めて高い。

 しかし、少し考えてみてほしい。日頃の会話で、挨拶代わりに「ブス」という言葉を使っていたら、どうだろうか。声をかける男性側も本当に気のいい人であり、本当に体をいたわる思いが入っている場合もある。

 常識というのはやっかいなもので、言葉尻だけからだけは判断できない。言われた場所、時、周囲の環境、その人の声色、その人とのそれまでの関係などが、全て総合的に判断されていうのが「常識」なのだ。ガイドラインで一律的にラインを引けば良いものでもない。


■セクハラ被害者は女性だけではない

 セクハラは、男性の専売特許ではないことも付言しておこう。最近は、女性から男性へのセクハラも問題視されている。

 男性はプライドが高い人も多いので、被害状況はあまり表に出てこないのだが、筆者が普段の弁護士業務で結構、被害の実態を聞く。多いのは、年齢も力もある程度上の女性が、新任社員を可愛がりすぎて、ハラスメントになるということがある。

 道家の思想で、「大道廃れて仁義有り 恩愛滅びて忠孝起こる」というものがある。「人が人として自然に守るべきガイドラインがわからなくなって来ると、人工的にそのガイドラインを作らなければいけない」という皮肉だ。

 もはや男性が、女性が、ではない。ガイドラインを作って職場に周知徹底するのもいいが、基本は人が人として社会で生きていく以上、他人との関わりにおいて常に相手を思いやり、相手の立場で常識ある行動をとるという姿勢だ。皆が本心から人を思いやり、人の立場に立ち、暖かい心で接している職場に、セクハラは起きないはずである。

プロフィール

松江 仁美
松江 仁美(まつえ ひとみ)弁護士 弁護士法人淡路町ドリーム
1980年中央大学法学部卒業。90年司法試験合格。93年弁護士開業。97年松江仁美法律事務所開業(現・淡路町ドリーム法律事務所)。離婚相談件数は1000件以上、解決事案数は400件を超える。弁護士登録以来、一貫して「町医者でありたい」ということを胸に、日々弁護士業務に奔走する。淡路町ドリーム法律事務所所長。

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