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先生の「不適切な指導」に「NO」を突きつけた文科省、自殺生徒の遺族から評価する声
画像はイメージです(buritora / PIXTA)

先生の「不適切な指導」に「NO」を突きつけた文科省、自殺生徒の遺族から評価する声

児童や生徒を精神的に追い詰める「不適切な指導」が、不登校や自殺のきっかけになる場合もあるとして、文部科学省は今年3月、こうした教員による指導は「決して許されない」とする通知を出した。不適切な指導で亡くなった生徒の遺族からは評価する声もあがっている。はたして、子どもの自殺を減らすことはできるのか――。(ライター・渋井哲也)

●「不適切な指導」をなくすための一歩として期待されている

昨年12月に公表された教職員を対象とした生徒指導の基本書「生徒指導提要」では、「不適切な指導」に関する項目が追加された。そして同時に、「不適切な指導」に関する懲戒処分が整備されていない教育委員会に対して「基準」を定めるように促している。

児童・生徒の自殺数は増加傾向にある。警察庁の統計データによると、2022年は514人で過去最高となった。こうした背景もあり、こども家庭庁は「こどもの自殺対策室」を設けて、4月27日には「関係省庁連絡会議」が開催された。

子どもの自殺対策が本格的に動きはじめたかたちだ。

連絡会議では特段ふれられていないが、文科省の通知(3月29日付)に対して、自殺の一因ともなりうる「不適切な指導」をなくすための一歩として、関係者の中から歓迎する声があがっている。

通知では、「体罰のみならず、教員による児童生徒に対する暴言等の不適切な発言も許さないものであること。いたずらに注意や叱責を繰り返すなど児童生徒を精神的に追い詰めるような指導は、懲戒権の範囲を逸脱した行為としてあってはならないこと」とされている。

文科省の担当者は次のように話す。

「従来から体罰以外でも、言動による『不適切な指導』がありました。それについては個別に各自治体が基準を定めて処分をしていました。今般、『生徒指導提要』の改訂版で、『不適切な指導』の考え方について初めて示されました。自治体によっては、すでに『不適切な指導』による懲戒処分の規定がありますが、参考にしていただきたいというのが狙いです」(文科省)

「生徒指導提要」の中では、「不適切な指導」が次のように例示されている。

・大声で怒鳴る、ものを叩く・投げる等の威圧的、感情的な言動で指導する

・児童生徒の言い分を聞かず、事実確認が不十分なまま思い込みで指導する

・組織的な対応を全く考慮せず、独断で指導する

・殊更に児童生徒の面前で叱責するなど、児童生徒の尊厳やプライバシーを損なうような指導を行う

・児童生徒が著しく不安感や圧迫感を感じる場所で指導する

・他の児童生徒に連帯責任を負わせることで、本人に必要以上の負担感や罪悪感を与える指導を行う

・指導後に教室に一人にする、一人で帰らせる、保護者に連絡しないなど、適切なフォローを行わない

●「懲戒処分」について規定されていない自治体がある

「不適切な指導」のあとに自殺した生徒の遺族でつくる「安全な生徒指導を考える会」はこれまで要望を重ねてきた。メンバーの1人で、吹奏楽部の顧問による指導の翌日に自殺した北海道立高校の生徒(当時16歳)の姉、夏希さん(仮名)はこう語る。

「要望の結果、『提要』改訂版に、『不適切な指導等が児童生徒の不登校や自殺のきっかけになる』などの文言が入りました。その後、現場の教職員に周知することをお願いしてきました。今回の通知はその1つとして評価できます。

指導対象になった児童・生徒に対して、暴力を振るわなければ何をしても許されるわけではないことをわかってほしいと思います。(文科省には)わかりやすいパンフレットの作成もしていただきたいです」(夏希さん)

このように通知が出たことに歓迎の意を述べている。現状では、各教委が独自のパンフレットを作成しているそうだ。

一方、各自治体では、教職員の懲戒処分について、独自の規定をもうけている。体罰は、どの自治体も懲戒処分の対象になっているが、「不適切な指導」は、懲戒処分の規定にないところもある。

2022年6月1日現在、20道府県(北海道、青森県、新潟県、富山県、福井県、山梨県、長野県、三重県、京都府、兵庫県、奈良県、和歌山県、鳥取県、島根県、広島県、香川県、愛媛県、大分県、鹿児島県、沖縄県)、政令市は4市(大阪市、堺市、岡山市、広島市)では、「不適切な指導」を理由とした懲戒規定がない。

「任命権者のもとで懲戒されるのですが、規定がなくても、懲戒処分はできます。ただ、規定が定まっていれば、それによって処分ができます。国としては『提要』で示したことで、規定を明確にしやすくなったと思っています。規定がない自治体でも定めてほしい」(文科省の担当者)

●「不適切な指導」によって自殺が起きても「軽い処分」だった

今回の通知に先立つ2023年1月、鹿児島県教委は、学校職員に関する懲戒規定指針を改訂した。その中で、過度な叱責といった「不適切指導、言動」も、処分の対象に組み入れた。

(16)不適切な指導、言動
ア 不適切な指導又は言動により児童生徒に重大な事態を招いた教職員は免職、停職、減給又は戒告とする。 イ ア以外の教職員の不適切な指導又は言動については、その態様、児童生徒の状況等に応じて、処分を決定する。

2018年9月3日、2学期が始まる始業式当日、鹿児島市内の市立中学3年の男子生徒(当時15)が職員室での担任の過度な叱責などのあとに自宅で自殺した。

2019年1月、第三者による調査委員会が発足。2021年6月、「担任教諭による大声での叱責など、個別指導が引き金になった」などとする報告書を教育長に提出した。

男子生徒の担任(当時)は2022年7月、戒告処分となった。この生徒の母親も「安全な生徒指導を考える会」のメンバーだ。

母親は「報告書が出たあとの10月ごろに遺族側として、懲戒処分の要請をし、やっと検討をし始めました。事件から3年も経ってからの処分でした。しかし、1人の子どもを死に追いやったのに、戒告という軽い処分だったので、市教委には不信感が残ります」と話す。

一方、文科省の通知については、期待を寄せる。

「改訂された『生徒指導提要』に『不適切な指導』の具体例が示されたため、国(文科省)が通知を出してくれました。これで懲戒規定の改定に対して、自治体も動きやすいのではないかと感じました。鹿児島県教委でも懲戒規定が変わりました。全国どこの学校現場では、少しでも不適切な指導の防止になればと思います」

●条例によって「不適切な指導」を定義した仙台市

改訂された「生徒指導提要」では「不適切な指導」の例示はあるが、定義はない。ただ、条例で規定している自治体がある。宮城県仙台市だ。

仙台市は2019年3月、「いじめの防止等に関する条例」を制定した。その中で、「不適切な指導」を「児童生徒の人間性又は人格の尊厳を損ね、又は否定する言動を伴う指導」として、禁止している。

「基本理念の1つとして、『いじめの防止等のための対策は、暴力や暴言が児童生徒の心身に深刻な影響を及ぼすことを考慮し、児童生徒が健やかに育つことのできる環境の実現を目指して行われなければならない』とあります。

この考え方を受け、教職員の不適切な指導を禁止しています。また、保護者さんにも虐待の禁止をうたっています。そのうえで、市教委から通知やガイドラインを示していきます」(仙台市いじめ対策推進課)

また、市教委が2023年4月に出した「体罰・不適切な指導防止ハンドブック」では、次のような例示がされている。

・「お前は学級の仲間じゃない」「じゃまだ、出ていけ」→「人格や人権そのものを否定する例」

・「お前みたいな奴はだめだ」「やっぱりお前じゃできないのね」→「能力を否定する例」

・「チビ」「デブ」「ブス」「きもい」→「身体や容姿をけなす例」

「問題行動に関わった生徒を職員室に呼び出し、多くの教職員や生徒のいるところで叱責する」→「自尊感情を傷付ける例」

「周りの物に当たって威嚇する」「机や椅子を蹴飛ばす」「特定の児童生徒だけを無視する」→「恐怖感や不安感を与える威圧的な行為の例」

・「授業中に漫画を読んでいた生徒が所属している部を連帯責任として1週間の活動停止にする」→「理不尽と感じる連帯責任の例」

・「実現不可能な課題を強制する」「過度な練習を強制する」→「精神的に過度な負担を与える例」

●子どもの自殺について「多様な視点」が加わった

このほか文科省は毎年、「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」をおこなっているが、今年度から「自殺をした児童生徒が置かれていた状況」の中に「体罰・不適切指導」が新たに付け足された。

これによって、子どもの自殺について、これまで以上に多様な視点が加わったかたちとなる。

小倉将信・こども政策担当相は、上記の連絡会のあいさつで「(自殺の)動機や原因の徹底究明をしたい。より多角的な分析をしたい」と話した。これまで以上に、自殺の原因として「不適切な指導」があるという視点が確立していくかが注目だ。

前出の「考える会」の夏希さんは、不適切な指導に関する調査についてこう述べる。

「『提要』や『通知』によって、これまで以上に、『不適切な指導』の可能性を探り、調査を求めることができます。『問題行動調査』でも『体罰・不適切な指導』の項目が新設されたことで、より正確な、自殺の要因を探る第一歩になりました。

一方で、『不適切な指導』をきっかけにした不登校や心的外傷後ストレス障害(PTSD)となった疑いがある場合、調査の仕組みがありません」(夏希さん)

今後は、不適切な指導の実態調査をすることが求められる。

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