原告1万人超、「九州玄海訴訟」の脱原発に向けた戦略 〜弁護士が見た東日本大震災から10年〜

原告1万人超、「九州玄海訴訟」の脱原発に向けた戦略 〜弁護士が見た東日本大震災から10年〜

国と九州電力に、佐賀県・玄海原子力発電所の運転差し止めを求めている「原発なくそう!九州玄海訴訟」の弁護団・幹事長を務める東島浩幸弁護士(佐賀県弁護士会)。原発の安全性を信じていたが、福島第1原子力発電所の事故をきっかけに考えを一変させる。池永満弁護士や板井優弁護士など、九州で公害訴訟や人権問題に取り組んできた弁護士と原発の危険性を訴え、1万人の原告を集めた。東島弁護士に訴訟を提起するまでの経緯や、今後の見通しなどを聞いた(2021年3月17日インタビュー実施)。

事故前は原発の安全性を信じていた


ーー福島第1原子力発電所の事故が起きたとき、どのように感じましたか。

東日本大震災で福島第1原子力発電所の事故が起こる前から、国や電力会社に原発の運転差し止めを求める訴訟が各地で起こされていました。

事故前から、佐賀のNPO法人「市民オンブズマン連絡会議・佐賀」の理事を務めていたので、多くの行政訴訟に多く関わってきました。しかし、運転差し止めに関する訴訟は、最先端の科学技術に関する専門的な議論が中心で、「理系でない私にはついていけない」と考え、訴訟に関与しようとは思えなかったのです。

もちろん、私も原発事故が起きれば大変危険だと思っていました。ただ、原子力発電は50年以上前から実用化されている技術である以上、「原発は安全だ」と信じており、福島原発の事故をテレビで見たときは大変驚きました。

福島原発の事故が起き、漁業や農業、観光業など、様々な産業が壊滅的な状況になるなど、未曾有の被害が発生しました。被ばくして命の危険に晒された人もいます。

原発事故をテレビで目の当たりにして、命に関わる問題にもかかわらず、原発のあり方について、今まで国や電力会社に任せきりにしていたことに気付きました。

私もそうですが、事故前は、原発が爆発して、大量の放射性物質が広範囲にわたって拡散するような事故が起こるとは思っていなかった人が大半だと思います。事故前に原発の差し止めを求め、国や電力会社と争ってきた弁護士たちは、国民から理解されない孤独な戦いを続けていました。訴訟に関与しようとすら思わなかったことに、申し訳なさを感じました。

ーーなぜ、玄海原発の差し止め訴訟に関わることになったのですか。

池永満弁護士(故人・福岡弁護士会)や板井優弁護士(故人・熊本弁護士会)が、「九州の弁護士も原発の差し止めを訴えるべきだ」と主張するようになりました。

池永弁護士はカネミ油症訴訟や筑豊じん肺訴訟などを、板井弁護士は水俣病国家賠償訴訟やハンセン病国家賠償訴訟を担当するなど、多くの公害訴訟や人権問題に取り組んできたので、原発事故に強い危機意識を持ったのでしょう。

九州では、じん肺問題や水俣病といった公害訴訟だけでなく、「よみがえれ!有明訴訟」、川辺川利水訴訟など、環境に関する行政訴訟も多く提起され、闘う弁護団が形成されてきた歴史があります。

2011年8月ごろから、公害訴訟や、環境に関する行政訴訟に携わった弁護士らが集まるようになり、玄海原発の差し止め訴訟の提起に向けた話し合いを重ねるようになりました。

私自身もじん肺訴訟に携わった経験があり、池永弁護士とは2009年にそれぞれ福岡と佐賀の弁護士会の会長を務めた関係もありました。池永弁護士や板井弁護士の原発事故に治する危機感に共感し、私も話し合いに参加するようになりました。

勉強会の講師として招いた大学教授や医師などの専門家にも、訴訟の呼びかけ人に加わってもらい、2011年11月に、「原発なくそう!九州玄海訴訟」の弁護団を立ち上げました。

私は、2009年に玄海原発が立地する佐賀県の弁護士会で会長を務め、じん肺訴訟など公害訴訟を担当した経験もあることなどから、玄海原発訴訟弁護団の幹事長に就任しました。

30人ほどの弁護士ではじまり、現在は150人を超える弁護士が参加しています。

2011年10月頃から佐賀県や福岡県、長崎県、熊本県で約10回の説明会を開き、原告を募まりした。これらの県の住民など1704人が原告に加わり、2012年1月、国と九州電力に対して玄海原発の運転差し止めを求める訴訟を、佐賀地方裁判所を提起しました。

福島原発の事故原因が解明されていないにもかかわらず、玄海原発の操業を続けていることは、原告の人格権や生存権を侵害し、精神的に多大な苦痛を与えているとして、2011年3月11日から運転を停止するまで、損害賠償として月1万円の支払いも求めています。

弁護団は、1万人の原告を集めることを目標にしていました。様々な「脱原発」の集会への参加や、原告が別の新規原告を誘う形で原告を増やし、2015年に1万人を達成して、現在は1万358人(2021年2月1日現在)に達しています。

圧倒的多数の市民の声が必要


ーーなぜ1万人の原告を目標にしたのですか。

公害訴訟などに携わる中で、「自分達が正義だと信じていても裁判で負けた」という経験をした弁護士は少なくありません。勝つためには「力」が必要で、その「力」とは政治を動かす可能性がある圧倒的な世論の支持を意味します。

当初は、1000人集めるのも難しいと懸念する意見もありました。ただ、原発の運転差し止めは国策に関わる問題であり、圧倒的多数の市民の声が必要だと考え、1万人を目標にしたのです。

そして、多数の人々が結集し、団結するための柱として、「福島の被害」を据えました。九州における公害との闘いの歴史から出てきた教訓であり、政治的背景などから個別に闘ってきた従来の反原発裁判から脱却するために必要だと考えたためです。

原告に加わった多くの人たちと共同で取り組んだ活動として、玄海原発の近くから風船を飛ばす「風船プロジェクト」があります。放射性物質が拡散する地域や速さを検証するための企画で、原告団を中心にした実行委員会形式で実施しました。

「原発の危険性を見える化したい」と考えた原告団の中心メンバーの発案でした。

500個から1000個の風船を、2012年12月から2013年10月にかけて4回飛ばしました。一番遠いところでは、奈良県まで飛んでいきました。また、風船を飛ばしてから約7時間後に徳島県まで飛んだこともありました。放射性物質が拡散される範囲の広さと、スピードの速さに驚きました。

原発事故の規模により、必ずしも風船と放射性物質が同じ動きをしない場合もあります。ただ、広い地域に拡散される放射性物質が拡散される可能性があることを可視化できた意義のある実験だと思います。

こうした取り組みを積み重ねたことで、1万人を超す原告を集めることができました。

ーー原告にはどのような人が加わっていますか。

原告の参加者には、特に条件を設けておらず、47都道府県の全てに原告がいます。また、国内だけでなく、韓国やヨーロッパ在住の日本人も原告になっています。

原告の中には福島原発が事故を起こす前から、危機意識を持ち、様々な運動をしてきた人もいます。ただ、最も多いのは、やはり福島原発の事故を見て、危機感を持った玄海原発の周辺の住民です。原発の近辺で農業や漁業を営む人や、小さな子どもがいる家族などが多いです。

また、「孫のために原発をなくすべきだ」と考える高齢者も多く、よく一緒にお茶を飲む友人グループが、原告に参加しているケースもあります。仏教やキリスト教の宗教家も多く加わっています。

裁判所が全員の原告適格を認めないことも考えられます。ただ、多くの人が脱原発を望んでいることを伝えるためにも、希望する人は誰でも原告に参加できるようにしています。 

ーー訴訟を提起することで、原発差し止めを求める人と、原発を必要と考える人との間で分断は生じていることはないでしょうか?

玄海原発が立地している玄海町や、隣接する唐津市などには、原発の作業員を雇用する企業や、作業員が利用する飲食店や宿泊施設が多くあり、原発で地域に一定の雇用や産業が生まれたことも事実です。

玄海町や唐津市にも、福島原発の事故前から、原発の危険性を訴えてきた人がいました。ただ、原発による産業が重要な地域にとって、原発は生活に欠かせず、事故前までは、地域の大きな世論にはなりませんでした。

原発事故が起きてから、原発の危険性を認識して考えを改めた多くの地域の人が原告団に加わっています。

一方、原発の危険性を理解しつつも、家族が原発関連の仕事をしているため、原告に参加できない人もいると聞いています。

原発がある地域は事故の危険に晒されつつも、原発差し止めを訴えにくい地域でもあるわけです。脱原発に向け、原発立地地域の住民に理解を求めることも重要ですが、原発に頼らない街づくりをどのように進めるか考えていくことも大切だと思います。

福島の現状を裁判で伝える


ーー原発の差し止め訴訟は全国で提起されています。「原発なくそう!九州玄海訴訟」には、どのような特徴がありますか。

原発事故が起こる前から行われてきた差し止め訴訟は、専門的な科学技術の視点から原発の安全性について議論することが一般的で、原告敗訴の判決が少なくありませんでした。

裁判官も自然科学の専門家ではないので、国や電力会社が連れてきた権威ある学者の説明を支持する判決を出す方が、簡単だと考えているのかもしれません。

我々の訴訟では、福島原発事故の被害をリアルに伝えることを重視しています。

たとえば、原発事故から避難した人が提起した訴訟の弁護団・原告団と連携し、意見陳述の中で、避難の状況や、福島の現状などを語ってもらっています。

また、福島原発事故の被害を受けた約5000人が原告に加わっている「生業(なりわい)訴訟」の裁判で、裁判官が事件の現場などを視察する「現地進行協議」が福島で行われた際、私も同行しました。福島の現状を撮影し、私たちの裁判で証拠として提出しています。

原発事故が起きるとどのような被害が生じるかを証拠として示した上で、「原発事故が実際に起きてしまった以上、原発は決して安全ではない」と主張しています。

ーー他の差し止め訴訟と連携はしていますか。

原発事故が前から裁判で争ってきた弁護団には、個別に国や電力会社と争い、連携してこなかった反省があります。

その反省を踏まえ、「脱原発弁護団全国連絡会」という団体を設立し、情報交換や裁判書類、証拠資料の共有といった連携をしてきました。

「原発なくそう!九州玄海訴訟」も連絡会に参加しており、他の訴訟の弁護団が提出してきた準備書面や証拠を、準備書面を作成する際に参考にすることがあります。我々も、公害訴訟や行政訴訟に多く関わってきた弁護士としての経験を共有しています。

また、原発事故の被害者が提起した訴訟の弁護団・原告団との連携も重要です。原発事故から10年が経ち、事故に対する社会の関心も薄れつつあります。玄海原発の訴訟の中で、福島の事故の被害者が現状をリアルに伝えることで、事故への関心を維持し、社会の危機意識を高めることにつながっていると思います。

ーー今後の訴訟の見通しを聞かせてください。

2021年度中に、原告と被告の基本主張がそれぞれ終わり、2022年度から主張を立証していく段階に入ると考えています。

先行している原発差し止め訴訟をみていると、同じ弁護団が同じ内容を主張していても、裁判によって勝敗が分かれるケースがあります。裁判官が原発差し止めの判決を出しやすい状況を作っていくため、脱原発の世論を高めることが今後の課題だと思います。

世論調査などを見ていると、福島原発の事故をきっかけに、脱原発を求める声が多数を占めるようになりました。ただ、あくまでも「将来的な脱原発」であり、「即時の脱原発」はまだ少数です。現在の再生可能エネルギー技術では、今すぐ原発にかえて、十分な電力の確保ができないと考えている人が多いのかもしれません。

ただ、原発は高コストです。再生可能エネルギーの低コスト化、原発輸出政策の総崩れなどで、原発の必要性や公共性は消失してきています。また、再生可能エネルギーの安定供給は、蓄電技術の進展などで、克服可能な段階まできています。

判決までまだ時間がかかりますが、原発が決して安全でない点や、原発事故による被害の現状を主張した上で、勝訴し、社会に原発の危険性をアピールしていかなければなりません。その結果として、世論が高まることに期待しています。

原発の危険性を認識する人が増え、「脱原発を実現するべき」という世論が高まれば、全国の訴訟で、差し止めを認める判決が次々と出されるのではないかと思います。

裁判だけでなく、政治の動きも重要です。2018年3月9日に野党共同で、原発の速やかな停止や廃炉などを盛り込んだ「原発ゼロ基本法案」を提出しました。しかし、具体的な議論は一向に進んでいません。

国会が脱原発を決断し、法案を成立させれば、裁判も必要ないかもしれません。原発差し止めを求める原告の声を集めて国会議員や関係省庁の大臣に提出するなど、政治的な働きかけも大切だと考えています。

※画像は東島弁護士の提供

東島浩幸弁護士プロフィール

1987年東京大学法学部卒、1994年弁護士登録(佐賀県弁護士会所属)。2009年 に佐賀県弁護士会の会長を務める。主な活動に、佐賀県弁護士会の憲法委員会、子どもの権利委員会、法教育委員会や、市民オンブズマン連絡会議・佐賀理事などがある。

  • 記事URLをコピーしました

関連記事

  • 「生業訴訟」が目指す未来と最高裁の見通し 馬奈木弁護士 〜弁護士が見た東日本大震災から10年〜

    福島第一原子力発電所の事故で影響を受けた約5000人が参加し、国と東電の責任を追及している「生業訴訟」で、弁護団の事務局長を務める馬奈木厳太郎弁護士(第二東京弁護士会)。 2020年9月の仙台高等裁判所は、国と東京電力の責任を認め、10億1000万円の損害賠償を命じる判決が出た。 「原状回復」「全体救済」「脱原発」の3つを掲げる生業訴訟が目指す未来と、今後の見通しを馬奈木弁護士に聞いた(2021年3月3日インタビュー実施)。

    続きを見る
    「生業訴訟」が目指す未来と最高裁の見通し 馬奈木弁護士 〜弁護士が見た東日本大震災から10年〜
  • 大川小訴訟で「組織的過失」を勝ち取った弁護士の戦い 〜弁護士が見た東日本大震災から10年〜

    東日本大震災による津波で児童や教員84人が犠牲となった、宮城県石巻市の大川小学校。 23人の児童の遺族らは県と市に対し、教員の避難方法に過失があったとして損害賠償を求める訴訟を仙台地裁に提起した。 控訴審では2018年4月に仙台高裁判決が、事前の防災体制の不備を指摘し、市や学校側の「組織的過失」を認めた。 遺族側の代理人を務めた吉岡和弘弁護士(仙台弁護士会)に、訴訟が提起された経緯や、判決が全国の教育機関に及ぼす影響などを聞いた(2021年3月9日インタビュー実施)。

    続きを見る
    大川小訴訟で「組織的過失」を勝ち取った弁護士の戦い 〜弁護士が見た東日本大震災から10年〜

弁護士向け

限定コンテンツのご案内

弁護士ドットコムでは、会員弁護士のみがアクセス可能なマイページサービスページをご用意しています。

本サイト内で公開されている記事以外にも、マイページ限定のコンテンツや、法曹関係者向けにセレクションした共同通信社の記事など、無料で登録・閲覧できる記事を日々更新しております。また、実務や法曹関係の話題、弁護士同士が匿名で情報交換できる無料の掲示板サービス「コミュニティ」も好評です。情報のキャッチアップや、息抜きなどにご活用ください。ご興味がございましたら、下記から是非ご登録ください。