大川小訴訟で「組織的過失」を勝ち取った弁護士の戦い 〜弁護士が見た東日本大震災から10年〜

大川小訴訟で「組織的過失」を勝ち取った弁護士の戦い 〜弁護士が見た東日本大震災から10年〜

東日本大震災による津波で児童や教員84人が犠牲となった、宮城県石巻市の大川小学校。 23人の児童の遺族らは県と市に対し、教員の避難方法に過失があったとして損害賠償を求める訴訟を仙台地裁に提起した。 控訴審では2018年4月に仙台高裁判決が、事前の防災体制の不備を指摘し、市や学校側の「組織的過失」を認めた。 遺族側の代理人を務めた吉岡和弘弁護士(仙台弁護士会)に、訴訟が提起された経緯や、判決が全国の教育機関に及ぼす影響などを聞いた(2021年3月9日インタビュー実施)。

津波の避難指示も45分校庭に待機

 
ーー大川小学校の訴訟を担当された経緯を聞かせてください。
 
2011年12月に、避難中に津波に襲われた大川小の児童の遺族3人が、事務所に相談に来ました。遺族たちは、大川小で74人(うち4人は現在も行方不明)の児童が犠牲になったことについて、「天災ではなく人災だ」と訴えました。
 
東日本大震災の発生から約30分後に、防災行政無線から高さ10メートルの津波からの避難を指示する放送が流れていました。学校の近くにある裏山に避難できたにもかかわらず、教職員たちは45分近く校庭に児童を待機させ、約50分後に到来した津波の犠牲になりました。遺族たちは、教職員がすぐに児童とともに避難しなかったために犠牲が出たと考え、人災を主張したのです。
 
最初に相談を聞いた時、「難しい相談だ」と考えました。正直、「他の弁護士に相談して欲しい」と思ったほどです。
 
当時の大川小は、海から約4キロメートル離れていて、周辺には商店や郵便局があり、学校や市の責任を追及するのは簡単ではないと考えました。
 
ただ、調べてみると、学校のある場所の海抜は1.1メートルしかないことがわかりました。また、学校の西側から約200mにある北上川は、日本の川としては珍しく傾斜が非常に緩いため、津波が遡上しやすいという特徴がありました。実際、大川小の犠牲者は、海から陸を遡上してきた津波と、北上川を遡上してきた津波の、二方向からの津波の犠牲になりました。
 
大川小の地理的な状況を知ると、私自身も市や学校は津波の危険性を認識して避難するべきだったのではないかと考えるようになりました。
 
ーー教職員はなぜ、避難しなかったのでしょうか。
 
遺族の中に、震災前の学校の危機管理マニュアルを持っている人がいました。マニュアルでは、「まず校庭に避難し、津波が発生するかどうかの様子を見ながら、近くの空き地や公園に避難する」ということになっていました。
 
ただ、大川小の近くには、実は公園も空き地もありませんでした。つまり、マニュアルの内容に不備があり、津波を想定した避難訓練も行われていなかったのです。裁判で、学校関係者の証人尋問で明らかになったのですが、「内容がわかりやすいから」という理由で、海がない山梨県の学校で使われていた危機管理マニュアルを参考に作っていたのです。
 
また、石巻市が作成した津波ハザードマップでは、大川小は浸水区域となっていないばかりか、津波の避難場所に指定されていました。震災前の3月9日に、三陸沖で震度5弱の地震があったのですが、小さな津波しか発生しなかったことも、「津波はこない」と考えた1つの根拠だったのかもしれません。
 
教職員の中で唯一の生存者となった教師は「すぐに山に逃げたほうがよい」と主張しましたが、「校庭にいれば大丈夫」という教師の声に押され、結局、児童と教職員たちは校庭に留まってしまいました。
 
ーー避難していれば助かる可能性はあったのでしょうか。
 
14時46分の地震発生から約30分後に児童を引き取りに来た母親の裁判での証言によると、その母親は教師の腕を掴み、「ラジオで『10メートルの津波が来る』と言っています。早く裏山へ避難して」と叫んだそうです。
 
対して教師は、母親に「落ち着いてください。あなたのお子さんが動揺しているので、連れて帰ってください」と言ったそうです。結局、その母親は児童と一緒に学校を離れて避難し、津波から逃れました。
 
津波が到来したのは、地震から約50分後でした。生き残った教師や児童の母親の言葉を聞き入れていれば、十分に逃げることができたはずです。

遺族が子どもの「代理人弁護士」に


ーーなぜ、遺族たちは訴訟に踏み切ったのでしょうか。
 
当時の石巻市長が、2011年6月に行われた遺族への説明会で「(児童が亡くなったのは)自然災害における宿命」と発言したり、市の教育委員会が、教職員たちがすぐに避難しなかった理由について、何度も内容を変えて説明したりするなど、遺族に対して不適切な対応を続けました。こうした対応が、遺族たちの感情を強く刺激したのです。
 
遺族たちは、「避難できる時間があったのになぜ校庭に45分もいたのか」「子どもたちはどのように避難を始めて、どこで津波に襲われたのか」など、子どもたちの最期を知るのが親の義務だと考えていました。
 
遺族らへの説明会は2011年4月から2014年3月にかけて10回にわたり開催されましたが、市や学校側はその場しのぎの対応をするばかりで、遺族たちが知りたかったことを明らかにしませんでした。そのため遺族は、「裁判を通じて真実を明らかにするしかない」と考えたのです。
 
もし、市や学校側が、誠意を持って遺族に対応していれば、裁判には至らなかったかもしれません。
 
最初、相談に来た遺族は3人でしたが、3人が他の遺族にも呼びかけ、最終的に児童23人の遺族(19家族)が原告となりました。あと1日で震災から3年になる2014年3月10日、石巻市と宮城県に対し、総額23億円の損害賠償を求める訴訟を仙台地方裁判所に提起しました。

ーーどのように裁判を進めようと考えましたか。
 
子どもを失った遺族たちがどのように裁判を進めるのが適切かを考えたとき、遺族が子どもの「代理人弁護士」のようになり、本人訴訟のように裁判を展開した方がよいと思いました。

そして、震災発生時に大川小の近所に住んでいた人に、当時の状況について証言を得るといった証拠の収集を、遺族が中心となって行うことにしました。
 
遺族に証拠集めをお願いしたのは、遺族の方が弁護士より土地勘があり、どこに誰がいるかを把握していることに加え、顔見知りに証言をお願いできることもあります。対弁護士では「裁判に巻き込まれるのではないか」と警戒する人もいて、遺族の方が証言を得やすいとも考えました。
 
また、遺族が証拠を集めること自体が、親として子どものためにできることであり、子どもを失った悲しみに対する慰めになるのではないかとも考えました。
 
私は遺族に対して、「誰に話を聞いたらよいか」、「どのような証拠を集めればよいか」など、証拠の集め方について、アドバイスする立場でした。
 
たとえば、石巻市役所の「市政だより」という広報誌の中から、津波に関する記事を探すように指示もしました。石巻市がどの程度、津波のリスクを認識していて、どのような対策を講じていたかなどを把握できると考えたからです。
 
また、学校から裏山などの避難場所まで、どのくらいの時間で移動できるか、ストップウォッチで測りながら歩いてもらい、実際に津波から逃げることが可能だったのかの検証もしてもらいました。
 
多くの原告が訴訟に参加するケースでは、弁護団を結成することが定石かもしれませんが、私は同期の齋藤雅弘弁護士(東京弁護士会)と2人でこの事件を担当しました。
 
津波で証拠が散逸したので、弁護団で事件に取り組むと、証拠を集める方法や、裁判の進め方などを弁護団が決めてしまい、原告が置き去りになってしまうケースも少なくありません。
 
複雑な事案の裁判では、弁護団が中心になった方がよい場合もありますが、遺族のためにも、遺族が中心となって取り組むべきだと考えました。
 
専門家ではない遺族が証拠を集めるのは大変だったでしょうが、最後まで諦めずに取り組んでくれました。
 
ーー第一審・第二審とも原告が勝訴となりましたが、裁判をどのように評価していますか。
 
遺族たちは、危機管理マニュアルの不備、つまり市や学校側の事前の災害対策が不十分だったことを争点の中心にしてほしいと希望していました。そこも争点の一つにはしましたが、事故に関する裁判は、現場での過失を問う方が具体的に主張しやすいと考え、まずは震災発生時の現場の教職員の過失を争点にしました。
 
現場に監督権限を持つ組織の過失も問う「組織的過失」は、学説などでも否定的に捉えられていたので、現場の教職員ではなく、市や学校側の事前の災害対策が不十分だった点を争うのは簡単ではないと考えたのです。
 
2016年10月の第一審判決で、仙台地方裁判所は、震災発生時、現場の教職員の対応に過失があったと判断し、県と市に約14億3000万円の損害賠償の支払いを認めました。
 
高裁では現場の教職員の過失とは別に、「教職員が適切に避難できなかったのは、危機管理マニュアルなど、平時からの計画立案部局の安全対策に不備があったことが原因だ」との論点を前面に押し出し、現場の教職員だけでなく、マニュアルの整備などに対して責任を持つべき学校側や市に対する「組織的過失」を争点にすることにしました。
 
学校保健安全法には、学校側に対し、災害などの危険発生時に教職員がとるべき措置の内容と手順を定めたマニュアルの作成と周知、訓練の実施などを義務付ける規定があります。
 
二審で遺族側は、学校側に対し、山梨県のマニュアルを参考にマニュアルを作成し、避難訓練も適切に行なっていなかったことから、学校保健安全法の規定された義務、つまり子どもたちの安全を守るための義務を怠っていた点を指摘しました。
 
市に対しては、学校側が作成したマニュアルの不備を指摘し、是正するよう学校側に指導する義務を怠ったなどと主張しました。
 
また、学校側と市が津波来襲の危険を予見して、事前に対策を講じるべきだった という主張を固めるため、傾斜が緩やかで津波が遡上しやすい北上川の特性などを指摘した意見書を、技術士に作成してもらい、提出しました。
 
第二審で、市と学校側は、津波ハザードマップで学校が避難場所に指定されていたことなどから、「津波は予見できなかった」と主張しました。対して仙台高裁は、学校の近くに北上川が流れていることから、「堤防の沈下などにより浸水する可能性を予見できた」などと指摘しました。
 
また、学校側には、「ハザードマップの信頼性を検討すべきだった」「危機管理マニュアルの見直しを怠った」などと指摘し、市には「マニュアルを是正させる義務があったのに履行しなかった」と判断するなど、原告側の主張を支持しました。2018年4月に一審判決が認めた賠償金から約1000万円増額した判決が出されました。
 
学説などでも否定的に捉えられていた「組織的過失」が認められた画期的な判決になったと思います。
 
市と県は上告ましたが、2019年10月に最高裁が上告を棄却し、高裁判決が確定しました。
 
ーー裁判の中で印象的に残っていることはありますか。
 
裁判では、過失を問う以上、津波の被害に対する予見可能性や結果回避可能性など、法的な問題を議論することになると理解していました。ただ、裁判官に子どもを失った遺族がどれほど辛い思いをしたか理解してもらい、少しでも心を動かしたいと考え、遺族に陳述書を書いてもらうことにしました。
 
文章を書き慣れていない遺族もいましたが、上手く書こうとせず、思うままに子供について書くよう伝えました。その内容を証拠のひとつとして最終準備書面に盛り込み、地裁と高裁の裁判官に提出しました。
 
印象に残っているのは、遺族たちは子どもの遺体を捜索にあたり、「(子どもは)見つかったか?」と声をかけ合い、遺体が見つかった遺族に対して「よかった」と言い合いながら子どもを探す悲惨な情景です。子どもの遺体が見つかることを「よかった」と表現していた遺族の思いを想像すると、私も胸が詰まりした。
 
また、陳述書には、震災後の遺族説明会での「(自然災害の)宿命だ」と発言した市長や、避難しなかった理由を二転三転した教育委員会などに対する怒りもつづられていました。
 
控訴審で裁判官が補充尋問を開き、遺族の心情を丁寧に聞こうとしていました。遺族の思いに寄り添おうとする裁判官の気持ちが感じられましたし、法廷では傍聴していた遺族のすすり泣きも聞こえてきました。
 

教育機関は高度な災害対策が求められる


ーー高裁判決により、学校側の事前の災害対策の不備が指摘されました。全国の教育機関への影響をどのように考えていますか。
 
学校の教職員だからといって、地震や津波など、災害に対する高度な知識を持っているとは限りません。しかし、高裁判決は、教職員たちは子どもの命を預かる学校の責任者である以上、行政や専門家と協力し、自分の学校が十分な災害対策ができているか、きちんと調査し、対応するよう教職員に求めています。
 
判決を受け、文部科学省が2019年12月、全国の教育委員会などに防災体制の見直しを指示する通知を出しました。通知では、危機管理マニュアルの作成や見直しにあたり、「過去の災害やハザードマップなどの想定を超える危険性をはらんでいる自然災害に備え、複数の避難場所や避難経路を設定する」ことなどを求めており、「非常に高度な対策が必要になる」と戸惑い、まだ十分に対応できていない学校も少なくないでしょう。
 
しかし、通知に対応しないまま、災害が発生して被害が生じた場合、学校側が責任を問われることになります。これまで以上に高度な災害対策が求められ、対応するのは大変かもしれませんが、全国の学校で十分な対策が講じられることを期待しています。
 
また、「組織的過失」が認められた判決は、教育機関だけでなく一般企業の労災事故などにとっても無関係ではないでしょう。この裁判を教訓に、災害や事故に対してより高度な対策が求められることになるでしょう。
 
※画像はZOOMのスクリーンショット

吉岡和弘弁護士プロフィール

北海道出身、明治大学法学部卒業。1979年、司法試験に合格し、1982年に弁護士登録(仙台弁護士会入会・34期)。これまで、日本弁護士連合会消費者問題対策委員会委員長、適格消費者団体「消費者市民ネットとうほく」理事長欠陥住宅被害全国連絡協議会代表幹事などに就任した。

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