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「生業訴訟」が目指す未来と最高裁の見通し 馬奈木弁護士 〜弁護士が見た東日本大震災から10年〜

「生業訴訟」が目指す未来と最高裁の見通し 馬奈木弁護士 〜弁護士が見た東日本大震災から10年〜

福島第一原子力発電所の事故で影響を受けた約5000人が参加し、国と東電の責任を追及している「生業訴訟」で、弁護団の事務局長を務める馬奈木厳太郎弁護士(第二東京弁護士会)。 2020年9月の仙台高等裁判所は、国と東京電力の責任を認め、10億1000万円の損害賠償を命じる判決が出た。 「原状回復」「全体救済」「脱原発」の3つを掲げる生業訴訟が目指す未来と、今後の見通しを馬奈木弁護士に聞いた(2021年3月3日インタビュー実施)。

原告の思いは「元の生活を返して」


ーーなぜ福島第一原子力発電所の事故に対する訴訟に関わるようになったのですか。
 
東日本大震災の発生当時、福島県の人口は約200万人、弁護士数は約150人でした。福島県は地震、津波、そして福島第一原子力発電所の事故という3重の被害を受け、福島の弁護士も被災する中、法律問題に対応できる弁護士が足りない状況でした。
 
2011年5月上旬、私は福島の被災者を支援するため、同県二本松市で開催された相談会に参加しました。教室ほどの広さの会場には100人ほどの相談者が駆けつけ、東京などから6人、現地の弁護士2人の計8人で対応しました。
 
4月22日に避難指示対象となる区域が再編されたばかりで、先行きを見通せない苛立ちや不安、政府への不信感もあったのでしょう。会場が殺気立つような雰囲気だったのを覚えています。
 
本来であれば、1人あたり30分以上の相談時間を欲しかったのですが、弁護士が足りず、15分から20分ほどで交代してもらうという状況でした。
 
相談会は、夕方に終了しましたが、被害者から辛い状況を聞いてしまった以上、「これで終わり」という気持ちにはなりませんでした。以降、毎週のように福島県に通い、県内各地の相談会に参加するようになりました。新型コロナウイルス感染症の拡大で、福島へ行くことが難しくなりましたが、緊急事態宣言が発令される前は、週の半分を福島で過ごすこともありました。
 
相談会では、営業損害の賠償など様々な相談を受けました。そのなかでも、牛を飼っている畜産家の損害賠償に関する相談などは印象に残っています。
 
牛の餌も経費になるので、損害を計算するには、餌の代金を把握する必要があります。ただ、牛は成長時期によって餌が異なるので、餌代を正確に把握するためには、牛の成長段階に応じて餌の種類や量を調べる必要があるなど、非常に細かい計算をしなければなりませんでした。牛のライフヒストリーを一頭ずつ確認するのは、なかなか根気のいる作業でした。
 
毎週、様々な相談を受けるなかで、「いずれ国や東京電力相手にした大きな裁判を提起することになるかもしれない」と、相談会に頻繁に参加していた福島内外の弁護士たちと話すようになりました。そして2011年10月、25人の弁護士と「生業(なりわい)訴訟」の弁護団を結成しました。
 
弁護団は何らかの被害を受けた人の相談をきっかけとして結成されることが一般的です。ただ、原発事故の被害を受けた人が多いことから、「訴訟を起こしたいと考えている人たちの受け皿を、あらかじめ作っておいた方が訴訟の手続きがスムーズになる」と考え、集団訴訟の動きが起こるのに先んじて弁護団を結成したのです。

また、公害訴訟の経験から、健康被害が起きてから提訴し、判決が確定してから医療対策などの制度化を求めるようだと時間がかかりすぎるので、健康被害の有無にかかわらず早めに提訴しようという考えもありました。
 
それまでの法律相談などで結びついた人たちを中心に、原告に加わるよう呼びかけたところ、800人の原告が集まりました。提訴までに、福島だけでなく、避難者の多かった山形、遠くは沖縄も含めて、80回ほどの説明会を行いました。
 
原発事故から2年後の2013年3月11日に、「原状回復」(原告居住地の放射線量の引き下げ)と、損害賠償の支払いを求め、福島地裁に訴訟を提起しました。
 
提訴後も説明会を続け、これまで600回以上の説明会を開き、原告は現在、第一陣と第二陣あわせて5000人規模となっています。

ーーなぜ「生業訴訟」という名前をつけたのでしょうか。
 
原発事故により、水や土が汚染され、原発事故前の暮らしも失われました。お金をいくらか受け取ることができたとしても、それで被害が解決したということにはならないはずです。
 
原告に加わっている人たちに共通する想いは、「お金を支払って欲しい」ではなく、「元の生活を返してほしい」ということです。つまり、原発事故前の生活や仕事、あるいは地域や故郷を返してほしいという想いです。
 
その想いを「生業を返せ、地域を返せ!」というスローガンにして、「生業訴訟」と名付けました。そして、裁判では「原状回復」を掲げました。また、原発事故により、地域に分断がもたらされたことから、「全体救済」も生業訴訟の目的の1つとしています。
 
国は原発事故の後、原発を中心に同心円で線を引き、避難させるか否かの区別をしました。言い換えれば、線の内側の人は被害者、外側の人は被害者ではないという選別を行ったのです。加害責任を負う側の人間が、「誰が被害者か」を決めた上で、「何が被害にあたるか」「被害に対していくら補償するか」まで決めてしまいました。
 
その結果、賠償された人とされなかった人の間や、賠償額に違いがある人たちの間で、分断が生じてしまいました。分断が外からもちこまれたのです。
 
原発事故に対する訴訟や原発ADR(裁判外紛争解決手続)は、地域ごとにグループを作って申し立てることが一般的です。対して、我々は分断を乗り越え、向こうの土俵にのらず、国や東電の責任を追及しようと考えました。原発事故で被害を受けた広範な地域を対象に原告を募り、原告団に参加してもらっています。
 
原告団には、事故当時、福島や宮城、栃木、茨城に住んでいた人で、原発事故後に避難した人と、居住地にとどまった人の両者が入っています。また、福島でいうと、県内の全59市町村に原告がいます。

高裁判決、「全体救済」実現に一歩近づく


ーー2020年9月に仙台高等裁判所で、国と東京電力の責任を認め、10億1000万円の損害賠償を命じる判決が出されました。どのように評価していますか。

2017年10月の福島地方裁判所でも、国と東京電力の責任を認める判決が出されましたが、仙台高裁は、さらに踏み込んで国の責任を厳しく批判しています。
 
裁判では、文部科学省の地震調査研究推進本部が2002年に発表した、地震の発生確率などに関する調査結果、いわゆる「長期評価」の信頼性が争点になりました。
 
長期評価は、東北の太平洋沿岸に大津波が襲来する可能性を警告していました。国や東電は、長期評価の信頼性が乏しいと主張し、「津波による浸水は予見できず、重大事故の回避もできなかった」などと反論しました。
 
裁判の中で、国と東電が、長期評価の信頼性と津波対策について検討していたことを示す証拠として、国が東電に送った検討を指示するメールのやりとりなどが提出されました。ただ、内容を見ると、東電は長期評価に否定的な姿勢を示していた学者1人の意見だけを国に歪める形で報告しました。国もその報告を簡単に受け入れ、必要な安全対策を東電に指示せず、自ら調査することもしませんでした。
 
第一審では、「長期評価」について、「『規制権限の行使を義務付ける程度に客観的かつ合理的根拠を有する知見』であり、信頼性を疑うべき事情は存しない」として、長期評価に基づいて試算していれば、2002年の年末には敷地の高さを超える津波の襲来を予見できたと指摘しました。
 
そのうえで、国が東電に津波に対する安全性確保を命じていれば、事故を回避できたとして、規制権限を持つ国が東電に安全性確保を命じなかったことを「著しく合理性を欠く」と結論づけました。東電に対しても、予測可能な津波対策を怠った過失があると判断しました。
 
第二審では、国の責任について、「長期評価の見解について、反対趣旨の論文を発表していた1人の学者のみに問い合わせて見解の信頼性をきわめて限定的にとらえるという、東電による不誠実とも言える報告を唯々諾々と受け入れた。規制当局に期待される役割を果たさなかったものと言わざるをえない」などと、第一審よりも厳しく批判しました。
 
我々からすれば当然の指摘ですが、第一審以上に国の責任を重くみたのは前進だと考えています。国の責任について東電と同等の重さだと評価したことは、国による規制のあり方に一石を投じるもので、後続の同種訴訟や東電の旧役員に対する刑事裁判、株主代表訴訟などにも影響するものです。
 
損害に対する評価としては、第一審は5億円ほどだったのが、第二審では10億円を超える賠償が認められました。ただ、我々にとってより重要なのは、賠償対象とされる地域の範囲が拡大されたことです。
 
具体的には、国の定めた賠償指針では賠償の対象外だった福島県会津地方や栃木県那須町の子どもと妊婦に対し、精神的損害に対する賠償が認められました。我々が掲げる「全体救済」の実現に向けて、一歩近づけたのではないかと考えています。

ーー「原状回復」の実現に向けてはいかがですか。

裁判では、「原状回復」にかかる請求として、原告の居住地について、1時間当たりの放射線量(空間線量率)を0.04マイクロシーベルト(μSv)以下にするよう求めています。
 
国は除染実施計画を策定する地域の空間線量率の要件を「0.23μSv以上」としています。うち0.19μSvが事故由来、0.04μSvが自然の放射線量という計算です。だから我々は、事故前の放射線量に戻して欲しいという思いで、0.04μSv以下にするよう求めています。
 
もちろん、私たちは、空間線量が下がりさえすれば原状回復がなされたと考えているわけではありません。裁判上の請求としては、空間線量を問題にしていますが、原状回復とは空間線量の問題だけではありません。
 
原状回復請求は、第一審でも第二審でも、民事訴訟の手続としては「不適法」として却下されました。判決は、我々の請求について、「国や東電が行うべき除染工事などの内容が特定されていない」「国のガイドラインに従った除染工事を行っても、0.04μSv以下に低下することが保証されず、実現不可能な行為を求めている」などと判断しました。
 
「除染工事の内容が特定されていない」との指摘については、たとえば、公害に関する訴訟で、「一定基準以上の騒音を出すな」という形での請求は認められています。作為を求めるか不作為を求めるかという形式の違いはありますが、こうした公害に関する訴訟での請求のあり方が、原発事故の裁判でも認められるべきです。
 
また、「実現可能な請求ではない」という点は、確かに0.04μSv以下にするのは容易ではないですが、「事故を起こして居住地の放射線量が高くなったのだから除染すべき」と要求すること自体は、至極まっとうな請求なはずです。
 
裁判所の指摘が通ってしまうと、「事故を起こした主体や規制当局は被害が大きければ大きいほど、原状回復が難しくなるので、責任を負わなくてよい」ということになります。こんな馬鹿げた話が許されてよいとは思えません。
 
第二審の判決は、原状回復の請求について、不適法としつつも、「原告らが、本件事故によって放出された放射性物質について、自分たちが受容し、その線量や影響を受忍しなければならないいわれはなく、何としてでも本件事故前の状態に戻してほしいとの切実な思いや、放射性物質を放出させるような事故を起こした原子力発電所を設置・運転してきた東電及び国民の平穏生活権の保障に責任をもって当たるべき国において、どのような手段をもってしても原状回復をすべきであるとの強い思いに基づく請求であることがうかがわれ、心情的には共感を禁じ得ない」としています。ただ、心情的な共感だけでなく、法的に認めさせる必要があります。
 
原状回復請求は、最高裁判決が出て終わりではありません。最高裁判決後には、生活再建や環境再生などに関する制度化、立法化を求めていくことになります。とくに、健康に関する問題は避けて通れないと考えています。「全体救済」にもかかわりますが、原発事故の全ての被害者について、健康診断の費用や医療費を無償にするなどの措置が必要です。
 
「福島原発事故被害救済法」といった包括的、網羅的な法律の制定を求めることになるでしょう。

「脱原発」へ、弁護団も働きかけていく


ーー最高裁の見通しはどのように考えていますか。

原発事故で避難した人が国と東電に損害賠償を求めた訴訟で、東京高等裁判所で今年1月と2月に判決が出されました。判決の内容は、1月は原告敗訴、2月は原告勝訴と、判断が分かれました。
 
原告が敗訴した1月の高裁判決で、裁判所は「長期評価」の信頼性が低いと判断しました。専門家の中に長期評価に対する異論があったことなどが理由とされています。
 
ただ、様々な学者から意見を聞けば、異論の一つ二つ出るのは当然で、我々としては、長期評価は最大公約数的にまとめられたものであることに加え、法律に根拠を有する国の機関が出したものでもあり、無視できない知見だと考えています。
 
福島原発のような事故が起きれば、多くの人の命と健康、財産に大きな影響を及ぼします。安全対策はコストがかかるので企業は敬遠しがちですが、規制権限を持つ国にはそうした企業の姿勢も折り込んで安全対策を講じるよう命じる義務があります。
 
1月の高裁判決は不当判決だと考えていますが、裁判所が事実誤認したというより、国に責任を負わせないという強い意志があったのだろうと捉えています。生業訴訟の仙台高裁や、2月の東京高裁の判決は長期評価の信頼性を認めているので、最高裁で最終的な判断がなされることになります。
 
最高裁での争点は明確です。つまり、地域住民の命・健康と、企業の経済活動のどちらを優先させるのかということです。
 
過去の公害訴訟でも同じことが争われてきました。企業の経済活動そのものを否定しているのではありませんが、人の命や健康を害するような活動は問題があると訴え、原告側が勝訴してきた例も多くあります。
 
「地域住民の命・健康と、企業の経済活動は天秤にかけられない」という主張で、最高裁を戦っていきたいと考えています。

ーー「生業訴訟」の重要なテーマに「脱原発」もあります。訴訟を通じてどのように実現を目指すのでしょうか。

「原状回復」は震災前日の2011年3月10日に戻して欲しいという意味ではありません。確かに震災前日に事故は起きていませんが、事故の原因、被害の元凶となった原発は存在しています。
 
原告は「自分たちと同じ被害を、他の人たちに受けて欲しくない」と考えていて、「被害が生み出されることがない状態」の実現を目指しています。だからこそ、「脱原発」を目指しているのです。
 
原発事故は収束していないし、事故の原因も解明されていません。安全性が担保されていない状態で、原発を稼働しようとする、新しく造ろうとするような議論が出てくるのは、被害者が忘れられている、無視されているのと同じです。
 
ただ、脱原発は訴訟の中で求めているのではなく、法廷外での活動として、裁判を通じた要求として掲げています。脱原発を実現させるための取り組みとして、たとえば、生業訴訟の原告は、原発が立地している自治体を訪れ、いわば語り部として被害を訴える活動をしています。
 
脱原発については、単なるエネルギーシフトの問題だけでなく、こうした被害を繰り返さないために、倫理的な意味からも原発はやめるべきだと訴えています。
 
一方、原発が立地している自治体は、国から多額の補助金が交付され、補助金が自治体運営に組み込まれている場合が少なくありません。ふるさと納税のような仕組みも活用し、全国の市民が脱原発を掲げる自治体を財政的に支援するという方法も、アイデアの一つとして考えられるかもしれません。
 
原告も弁護団も、脱原発に向けて汗をかかなければなりません。公害や薬害の訴訟の歴史を振り返ると、様々な訴訟を起こし、最終的には国会や行政に働きかけ、被害者救済に関する立法や制度の創設につなげてきた歴史があります。脱原発に向けても、国会や行政への働きかけを積極的に行う必要がありますし、立地自治体も巻き込んで、様々な人々と連携していくことが重要です。

馬奈木厳太郎弁護士プロフィール

1975年生。福岡県出身。大学専任講師(憲法学)を経て、2010年に弁護士登録。 福島原発事故の被害救済訴訟に携わるほか、福島県双葉郡広野町の高野病院、岩手県大槌町の旧役場庁舎解体差止訴訟、文化芸術分野のハラスメント事案などの代理人を務める。

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